15-22. 蹂躙Ⅱ
「セットォォォォォォォォォッ!!!」
「『白衣の勇者』ァァァァァッ!!!」
僕と互いに睨み合い、同時に雄叫びを上げるのは――――僕の真正面に立つ、セット。
そんな彼の直ぐ後ろには……デカい金棒を持って仁王立ちの、赤鬼。
その左右には……ズラリと並んだ大量の魔物。草人形は弓を引き、熊や狼は今にも飛び出すかの臨戦態勢。とんがり帽子のネコ達も魔法の杖を構え、後ろの巨大ロボもガガガガと動き始めている。
そんな準備万端の魔王軍が、西門から出て来た僕達を半円状に取り囲んでいた。
……あぁー、ハイハイ。
成程ね。
僕達が『西門から出て来る』って事、読まれてたのか。
それを見越した魔王軍は準備万端だと。
そして————
「ガーッハッハ!! 諸君、今一度奴らを蹂躙せよ!!!」
――――たった今、『本当の戦い』はスタートし。
攻撃が、始まった。
「弓撃部隊!!」
セットがそう叫ぶと、草人形が弓を斜め上に構え。
「撃てェェェェェッ!!!」
シュッ!!!!
セットの力の籠もった号令と同時に。
一斉に、矢が放たれた。
シュウゥゥゥ…………ッ!!
山なりの軌道を描いて飛ぶ、数え切れない程の矢。
1本1本だと気にもならないハズの風切り音は、重なり合って轟音と化し。
陽の出直後の明るい空を、まるで再び夜が訪れたかのように暗く覆い尽くした。
————曲射。
それは……標的を矢で狙う際に、直線的に射るのではなく、斜め上に矢を射る方法。
この射法には弱点が有る。
直線的に狙う時に比べ、命中率が低い事だ。
風の影響を受けやすくなるし、矢の軌道のコントロールも難しくなる。たとえ正確に狙っていたとしても、着地地点がランダムになりやすいのだ。
その上、標的に当たるまでに時間が掛かり、標的に避ける時間を与えてしまう。
……けど。
1本1本の矢は、着地地点がランダムだとしても――――無数に存在する事で、それはまるで『矢井』と化すのだ。
大量に矢を放っても、その殆どは命中しない。……のだが、中にはランダムで命中する矢が現れ始める。
そんな『命中する矢が来る』と分かれば、標的は勿論避けるだろう。
……だが。
もしも『避けた場所にも矢がいる』ってなったら?
もしも『どこに避けても矢がいる』ってなったら?
そんな状況になったら…………標的は、『詰み』だ。
『命中しない矢』だけじゃ、標的は射抜けない。
『命中する矢』だけでも、標的を射抜けない。
『命中しない矢』と『命中する矢』の両方が協力してこそ、標的を『詰ませる』事が出来る。
それはまるで……1本1本の矢が集まって出来た1枚の『天井』が、標的を上から押し潰すような技。
矢の天井、つまり――――『矢井』だ。
そんな『矢井』に、僕達は覆われていた。
「圧倒的な数の差に呑まれて死ねェェェェ!!! ハァァァァハハハハハハハハハハ!!!」
……今もなお、矢井は少しずつ高度を下げ。
セットの嘲笑と共に、僕達に襲い掛かる。
「おい先生! 俺の大盾じゃ5人も庇えねえぞ!」
ダンが大盾を頭上に持ち上げるけど、せいぜい3人分しか盾の下にスペースが無い。
「……わたし達、マズいかな…………」
「コレは避け切れないよー!」
「先生、どうするんですか……!?」
矢井を見上げるコース達も、圧倒されて足が止まり。
4人揃って、焦りの表情で僕を見つめる。
そんな彼らに、僕は。
「大丈夫。手なら有る」
そう、告げた。
さて。
シン達から視線を外し、徐々に迫る矢井を見上げ。
……さっきの考えに戻る。
矢井―――—それは、『命中しない矢』と『命中する矢』の合体技だった。
大量に矢を放つことでランダムに現れる、本命の『命中する矢』。
それと、命中する矢を作り出す過程で出来ちゃった……いわば副産物の『命中しない矢』。
矢井は、そんな本命と副産物の奇跡のコラボで成り立っている技なのだ。
…………だが。
よーく考えろ。
『命中する矢』はランダム、つまり確率で現れるのだ。
50%なら、2本に1本が命中。
10%なら、10本に1本が命中。
1%なら、100本に1本。
0.1%なら、1000本に1本。
0.0001本だとしても、10万本有れば1本が命中するのだ。
それじゃあ、さ……。
「シン、コース、ダン、アーク……絶対動くなよ」
もしも…………。
「どうか……あの『矢』が、僕達に命中しませんように――――
命中確率を0%にしたら、どうなると思う?
――――【確率演算Ⅱ】!!!」
そう、叫んだ直後。
シュゥゥッ…………
頭上を埋め尽くす矢は、矢尻を僕達に向け。
そのまま、重力に従って加速しながら。
「ヒャァァァァァァッハハハハハハハハハハ!!!」
サクサクッ
サクサクッ
サクサクッ
無数の矢が砂漠に突き刺さる音と、勝利を確信したセットの笑い声をBGMにして。
矢井は、僕達を呑み込んだ。
が。
「ヒャァァァハハハハ………………ハハ……ハ…………」
……セットの狂気じみた笑い声は、ゆっくりと減速していき。
「…………はぁッ……?」
『起こるハズが無い』、と言わんばかりの間抜けな声を零した。
……まぁ、それもそのハズなんだよな。
セットの視界に広がっていたのは、多分……無数の矢が突き刺さって針山のようになった、砂漠。
その上に…………無傷の5人の人間が、何事も無かったかのように立ってたんだから。
空を埋め尽くすほど有った矢が、1本たりとも命中してないんだから。
まるで僕達の身体を避けるかのように、足元の砂漠へと散っていったんだから。
命中確率を0%にしたら、どうなるか。
その答えは……何本、何万本、何億本の矢を射ったところで『1本も当たらない』だ。
「なぜ…………有り得ない。……有り得ないッ!!」
そんな様子を見て、ただ叫ぶセット。
周囲の『魔物の壁』からも、なんだかガヤガヤ聞こえてくる。
「全ての矢が……1本残らず、外れただと!?」
仮面越しで表情は見えなかったけど……明らかに奴は動揺している。
「何故…………何故、何故だ!!!」
ハハハッ、良いね良いねー! その驚きっぷり!!
【演算魔法】を披露した甲斐があるじゃんか!!
さて。
セットの反応を楽しむのはこのくらいにしてっと。
……魔王軍。
挨拶も何も無しに、いきなり本気で僕達を殺しに掛かって来てくれたな。
————という事で。
今度は、こっちの番だ。
「魔王軍…………お前らは————全員、抹消する!!!」




