15-9-1. 『念願の【演算魔法】Ⅰ』
「…………」
目を閉じ、耳を塞いだ僕が今、頭の中で感じているのは。
『……では軍団長。お願いします』
『ガーッハッハッハッハ!! 了解した!』
独り砂漠の上で膝立ちになっている、『ニセモノの僕』の視界。
魔物の壁に周りを隈無く囲まれている、『ニセモノの僕』の聴覚。
僕の代わりに魔王軍と対峙している『ニセモノの僕』の体験を、そのまま生中継のように僕も感じ取っていた。
『ハッハッハッハッハッハ……『白衣の勇者』よ!! 『強化魔法』の器用貧乏さを嘆いて死ぬのだな!!!』
赤鬼の脚下に居るセットが、こちらを向いてそう叫び。
『ガーッハッハ!! ……では軍団諸君! あの『白衣の勇者』を蹂躙するのだ!!』
右手を挙げたまま、赤鬼が大声で声を掛け。
『行けェェェェェェェェェ!!!』
号令と共に、赤鬼が右腕を前に突き出し。
『…………ッ!!』
無数の矢と魔物が、『ニセモノの僕』目掛けて迫って来た。
…………うん。
『ニセモノの僕』、詰んだな。
今まで良い線行ってたんだけど、残念ながらコレまでだ。
……いや、打つ手が無くなったって訳じゃないんだけど、『ニセモノの僕』は十分に活躍してくれた。
家の外で何が起きてるか分かったし、魔王軍が何を考えてるのか、どうして僕を狙ってるのかとか……情報も色々と聞き出せた。
それに何より、まさかワープで僕達が散り散りにされるとは思いもしなかった。
まぁとにかく、情報収集は完璧。
偵察はコレでオッケーだ。
……そんじゃあ。
『ニセモノの僕』も頑張ってくれた事だし、このまま矢を浴びて全身ハリネズミになるのも可哀想だから、サッサと終わらせちゃおう。
『オッケー、分かった。偵察お疲れ様』
口を閉じたまま、心の中で念じる。
『おぅ。後は頼んだよ、本人』
間を置かずして返ってくる、『ニセモノの僕』からの念話。
『勿論。任せとけ、合同体』
そんな念話に、もう一度念話で返すと。
僕は、口を開き。
「そんじゃ……【合同Ⅰ】・僕、解除」
魔法を唱えた。
……と同時。
『ニセモノの僕』との通信は、途絶えた。
「…………フゥ」
溜息と共に瞼を開き、両手を耳から離す。
目に映るのは、僕の家のリビングダイニング。
腰掛けたダイニングテーブルには、麦茶が入った白のマグカップが手元に置かれている。
そんなテーブルの向かいに座るのは、目を瞑って耳を塞ぐシン、コース、ダン。
隣の椅子に目をやれば、同じく目を瞑って耳を塞ぐアーク。
今までの僕と同じように、4人もそれぞれの『ニセモノ』が今体験している事を感じていた。
「…………フゥ」
さて。
今、何が起きてんのかって言うと……だ。
それは今から2、30分前くらい前の事。
玄関の扉の覗き穴から、大量の熊や狼を見ちゃった僕達。
さらに偶然耳にしてしまった、『何故か僕だけ1人狙いされている』という事実。
……そんな状況を知った僕は、『家を出て何が起きてんのか調べに行こう』と提案した。
のだが。
『えーッ!? この状況でー!?』
『……きっ、危険です先生!』
『そうよ! アイツら、ケースケを殺すって言ってたじゃない!』
『ヤツらが先生を探してるってのに、わざわざ出ていく必要無えだろ?!』
全員からの猛反対。
……まぁ、そりゃそうだよな。魔物が蔓延ってる街に繰り出すとか。
……だけど、僕には考えが有る。
『僕達には【演算魔法】が有る。……アレを使えば大丈夫だろ?』
そう、告げると。
『あー、アレ使うのー?』
『……まあ、そうですね』
『それじゃあ……』
『……仕方ねえな』
シン達が渋々頷いた。
よし、なんとか説得成功。
って事で。
履いた靴を脱ぎ、作戦会議をしにリビングへ戻った。
――――まぁ、作戦会議と言っても単なる作戦会議じゃないけどね。
『それじゃあ……皆、1列に並んで』
全員がリビングに入った所で、4人に声を掛け。
シン達をリビングで一列に並ばせる。
――――勿論、ドコに行くとか、どんな戦法をとるとかを話し合ったりもした。
『分かりました!』
『おう!』
僕の前に列を為す、シンとダン。
――――けど、メインは別だ。
『わたし……ケースケの【演算魔法】の中でもアレだけはちょっと苦手なのよね……。なんかゾクッとしちゃって』
『そーぉ? 私はスキだよ、アレ! なんだか不思議な気分になれるのー!』
あんまり乗り気じゃないアークと、逆にノリノリなコースも列に並ぶ。
――――僕達がやった作戦会議、そのメインは…………。
『それじゃあ、シンから行くぞ』
『はい! お願いします、先生!』
『おぅ』
――――そう。
『【合同Ⅰ】・シン!』
――――僕達の、分身作りだ。
魔法を唱えた、直後。
『気を付け』をピシッと決めたシンの、すぐ隣に。
ザァァァァァァァァァ…………
『『『『『…………』』』』』
現れたのは、人の姿の形をしたノイズ。表面を白と黒の砂嵐が覆い、輪郭しか分からない。
けど、僕達はソレをジッと見つめる。
そして。
表面を覆っていた砂嵐が晴れると。
ソレの表面が、段々と色を帯びていき。
『…………初めまして』
見た目も身長も、装備も声も、言葉遣いも振る舞いも全く同じ。
本物のシンとは見分けが付かない分身、『合同体のシン』が姿を現した。
『よろしくお願いします、シン』
『……ああ、はい。こちらこそ、シン』
現れて早速、シンに会釈で挨拶する合同体。
見とれていたシンも慌てて合同体に会釈で返す。
『……やっぱり、先生の【合同Ⅰ】で作り出された合同体って……いつ見ても本当そっくりですね』
『何を言ってるんですか、シン。無論ですよ。私と貴方は"合同"なんですから』
合同体をジロジロ見つめるシン本人に、合同体がそう返答。
『そっ、そうでしたね』
『はい』
……どっちも同じ声で、どっちも同じ振る舞い。
あー…………、なんだか見てて訳が分からなくなってきた。
まぁ良いや。
そんなシン達は放っといてだ。
『……よし、じゃあ次。コース行くぞ』
『はーい!』
2人のシンを列から追い出し、コースの『合同体作り』に取り掛かった。
【合同Ⅰ】。
消費MPが50と足りず、今まで使えなかった【演算魔法】の隠し子。
だが、フーリエ砂漠での特訓を繰り返していたある日、僕のLvがアップ。
MPの上限値が50を上回り……遂に、念願の【合同Ⅰ】を使えるようになったのだ!
数学の図形でいう『合同』とは、『二つの図形が形も大きさも同じ』という意味。
【合同Ⅰ】も、その意味から外れることは無く……その能力は『分身』。僕の魔力を使って、任意の対象と姿形が全く同じ『合同体』を作り出す事だ。
ステータスプレートによると、【合同Ⅰ】で作った『合同体』の外見や装備は勿論のこと、体調や性格・ステータス・個性・記憶や知識までも全く同じなんだそうだ。
ただ、『合同』とは言っても完璧に一緒な分身を作れる訳じゃないそうで。
本人と合同体で2点、違いがある。
その一。『合同体』は本人と術者にはシステム的に嘘をつけない。
例えば、今作り出した『シンの合同体』は本人と変わらず嘘を吐いたり、冗談を言ったりする事が出来る。
けど、シン本人と僕だけには嘘や冗談を言えないのだ。
その二。『合同体』は一度作れば半永久的に存在できる。
……けど、HPがゼロになるか、僕か本人が【合同Ⅰ】を解除するか、または【鑑定】等で『偽物だ!』って見破られると、合同体の身体が魔力となって即霧散してしまう。
死体は残らず、消えるのだ。
なので、もし合同体が死んだ時には『コイツ偽物じゃんか! まだ本物がどこかに居るぞ!』ってバレちゃうのだ。
これもシステム的な縛りなんだって。
けど、それ以外……喋り方やとる行動、身の振る舞いは合同体と全く同じ。
バレさえしなければ、本人だろうと合同体だろうと起こる事は変わらない。
……つまり、僕達の身代わりとして合同体が外の様子を見に行けば、僕達は安心安全なのだ!
という事で。
『お久しぶりー、私!』
『うん! お久しぶりー!』
『なんだか、鏡も無えのに俺自身が見えるのって……』
『変な気分だな!』
『ああ、全くだ!』
『うーん……やっぱりわたしは、【合同Ⅰ】苦手かな……』
『そんな事言わないでよ、アーク』
『ええ。……勿論、凄く有用な魔法ってのは分かってるんだけど…………なんかね』
リビングには、5組10人の僕達が勢揃い。
……なんか、こうやって見ると凄く気味が悪いな。
それと騒がしい。
そしてリビングの人口密度が非常に高い。
『なぁ、本体。リビングってこんなに狭かったっけ?』
『……僕もそう思うよ、合同体』
僕の合同体も、僕の隣に立ってこのカオスな状況を眺めている。
そういや、『自分の声』を聞くと凄く変な気持ちになるよね。まるで僕自身の声なんじゃないか、って感じで。
【合同Ⅰ】で僕の合同体を作るのは今日で3回目なんだけど、毎回そう感じる。なんでなんだろうね、あの現象。
今度、アキでも聞いてみっか。
……まぁ、それは良いとして。
『はいじゃあ皆、注目!』
この場に居る9人(【加法術Ⅳ】等利用:5 + 5 - 1 = 9)に向かって手をパンパンと叩き、呼び掛ける。
『『先生なにー?』』
『『何でしょうか?』』
シンもコースも、ペア揃って見事なシンクロを見せる。さすが『合同』だ。
……けどまず、不便だからチーム毎に分かれて貰おう。
『本人組は左。合同組は右に分かれろ!』
『『『『『はいっ!』』』』』
『『『『はいっ!』』』』
そういうなり、各ペアがササッと左右に分割。
あっという間に二組のグループが出来上がる。
……のだが、コースのペアだけ2人揃って本人組に。
『『どっちがホンモノでしょーか!』』
『…………』
……何やってんだよ。
『『先生、どーっちだ?!』』
『…………』
ドキドキワクワクな表情で僕を見つめる彼女達。
……見た目だけじゃ、どっちが本物か僕も分からない。
……ったく、答えなきゃ動いてくれないヤツだな。コレ。
仕方ないなぁおい。
『じゃあ……』
僕が出した、答えは。
『……コースの合同体、右に動け』
『はーい――――あっ、しまった! 身体が勝手にー!!』
そう言うと早速、合同体の『ウソをつけない縛り』が発動。
コースの片割れが右に移動する。
『……エへへっ、バレちゃった』
『先生ずるーい!』
『ハッハッハ! これが術者の特権ってモンだ!』
……まさか、縛りに救われる事になるとは。
……それじゃあ、気を取り直して。
『よし、作戦発表だ。…………今から、それぞれのペアを【共有Ⅱ】で繋ぐ。そしたら、合同組は家を出発して情報収集。フーリエで何が起きてんのか、どうして僕が1人狙いされてるのか、探って来い!』
『『『『『はい!』』』』』
合同組の5人が元気な返事を返す。
『本人組は家で待機。【共有Ⅱ】を使い、合同組の感覚を通してフーリエの状況を確認!』
『『『『はい!』』』』
残った片方が元気な返事を返す。
『……作戦は以上。何か異議のある人は?』
………………無し。
はい、作戦会議終了。
『それじゃあ、【共有Ⅱ】が終わり次第合同組は出発! 普段通りの僕達みたいに頑張って来い!』
『『『『『はい!』』』』』
……で、今に至るって訳だ。
「…………」
ふと皆の様子を見ると、4人ともまだ目を閉じて耳を塞いでいる。【共有Ⅱ】中のようだ。
……なんか、シンだけ妙に苦しそうな表情をしてるんだけど。何か有ったのかな。
いやー、それにしても『身代わり作戦』、予想以上の大成功だったな。
情報収集もバッチリだし、西門坂でも良く対応してた。何より、ワープで散り散りにさせるとか……もし僕達本人だったら一大事だ。
多分、冒険者不足で悩んでるフーリエは壊滅確定だったかもしれない。
さて。
現状は確認できたし、魔王軍の情報も色々と掴めた。
オマケに、この軍勢の親玉とも顔合わせしちゃったしな。間接的だけど。
ククッ、今頃セットと赤鬼達は死ぬ程ビックリしてんだろうなぁ。
ココで全員の【合同Ⅰ】を解除しても良いんだけど……もしかしたら、皆は皆で新たな情報を手に入れてるかもしれない。
とりあえず、麦茶でも飲みながら皆の【共有Ⅱ】が終了するまで待つか。




