15-19. 蹂躙Ⅰ
「ガーッハッハッハッハッハ!!」
突然僕の耳に、聞いた事の無い声の高笑いが響く。
「…………えっ……」
砂に手を突き、上体を起こして周囲を見回すと。
「………………」
砂漠に倒れる僕をグルリと囲む…………無数の草人形。
緑色のツタで出来た草人形が、僕に矢を向けて構えており。
……その後ろに控えるのは、見覚えのある緑狼とハンマーを担いだ熊。
奴らからの無数の鋭い視線が、僕の全身を貫いており。
そして熊達の後ろに立ち並ぶ、謎の巨大ロボ。
日本でよく見た信号機よりデカい。……僕なんて一捻りだろ……。
「…………ヤバい」
そう。
僕がワープさせられた先は…………正にシメンソカ。
3重構造の分厚い『魔物の壁』に360°グルッと囲われた、魔王軍のド真ん中だった。
「……コレはマズい」
シンもコースもダンもアークも居ない。
独りぼっちの僕に対するは、数え切れない程の魔物が為す包囲網。
…………完全に嵌められた。
コレはヤバい————
「ガーッハッハッハッハッハ!! 待っていたぞ!」
そんな僕に追い討ちを掛けるような、高笑い。
その声の主は……壁の中に居る、一際目立った存在。
腕を組み、天を仰いで高笑いを上げる————赤鬼。
全身真っ赤で、筋骨隆々とした身体。
頭に生えた、2本の太い角。
黄と黒の虎柄のパンツ。
そして、肩に担いだ金棒……。
「…………鬼だ」
絵本とか絵巻物とかに載ってるような、赤鬼。
正に、赤鬼そのもの。
オトギ話、作り話の世界だと思ってたハズの鬼が…………眼の前にいた。
「遅かったではないか! 『白衣の勇者』よ!!」
赤鬼の重く低い声が、膝立ちの僕に浴びせられる。
「…………っ」
見てるだけで鳥肌が立つような、凄まじいオーラ。
……鬼のプレッシャー気圧され、言葉が出ない。
「吾輩が貴殿の為にわざわざ来てやったのだ! 誇って良いぞ!」
「…………」
「まあ、それも貴殿がこの完全包囲を抜けられれば、だがな! ガーッハッハッハッハ!!」
「…………っ」
独りで爆笑する、赤鬼。
「……んん?! どうしたのだ『白衣の勇者』よ! 何か喋れ!」
「…………えっ」
腕を組んだまま、訝しげに僕を見つめる赤鬼。
……頭が真っ白になる。
「…………えぇ、えっと――――
「どうした! 何か言え『白衣の勇者』!!」
「…………」
……今言おうとしてたのに。
「……まさか、貴殿は『白衣の勇者』ではないのか?! 人違いか?!」
「…………いや、多分僕ですけど……」
あんまり僕を『白衣の勇者』って呼ぶ人は少ないけど、それはきっと僕だ。多分。
……どっちかって言うと『狂科学者』の方が多いけど。
「ガーッハッハッハッハッハッハ! それは重畳!! 人違いでジャンプラビットを無駄にしたかとドキドキしたぞ!」
「………………」
「吾ら10万の兵を以てしても、『魔王の森』でジャンプラビットの数を揃えるのは時間が掛かるからな!」
「……じゅっ、10万!?」
訳の分からない数字に、一瞬頭が真っ白になり。
思わず聞き返してしまった。
「ああ、10万だぞ10万! 貴殿を殺すため、魔王軍の精鋭、総10万の兵を率いてきたのだ!」
「…………」
10万か……。10万…………。
……凄い『10万』を押されても、数字がデカ過ぎていまいちピンと来ない。
…………けど、コレはマジでヤバい状況かもしれない。
「だからな、『白衣の戦士』よ! 貴殿は1人で魔王軍の兵10万を動かさせた存在なのだ! 誇って良いぞ!」
「…………」
…………ん?
そのセリフ、さっきも聞いた気がする。
「まあ、それも貴殿がこの完全包囲を抜けられれば、だがな! ガーッハッハッハッハ!!」
「…………」
そのセリフ、さっきも聞いた。
「…………」
「んん、また黙り込んでしまったか!! 何か言うのだ『白衣の勇者』よ!!」
敢えて黙ってると、再びそう言われてしまった。
……そっ。
それじゃあ…………。
「とっ、ところで――――
「おぉ! 喋る気になったか『白衣の戦士』よ!」
僕の言葉に勢い良く喰いつく赤鬼。
…………再び噴き出した凄まじいオーラに気圧され、思わず口を噤む。
……けど、こんな所で黙ってちゃダメだ。
喋れもしないんじゃ、ロクに戦えないだろ。僕。
「…………そっ……」
意を決し、口を開く。
眼をキッと開き、赤鬼を見上げる。
「何でも良いぞ、『白衣の勇者』よ! 吾輩を動かさせた貴殿の力に免じ、どんな話でも聞いてやろう!」
大音量でそう告げて来る、赤鬼。
……それなら、お言葉に甘えてだ!
「お前は…………誰だ!!」
『初対面の人には安定の丁寧語で』が僕のマイルールなんだけど、あの赤鬼は……敵だ。戦う相手だ。
僕自身への鼓舞も含め、思い切って尋ねた。
「……ガーッハッハッハッハ!! これは失礼した! 吾輩、最近は名乗らなくとも生きていける立場になったモノでな!」
……『名乗らなくても良い』、って…………。
まさか……――――魔王!?
あの赤鬼が、魔王!!
「それでは、遅ればせながらだ…………」
赤鬼は、一度俯くと。
再び頭を上げ、僕をジッと見て爆音の名乗りを上げた。
「吾輩は魔王軍・第三軍団が軍団長、『ガメオーガ』である!!」
「………………だっ……」
第三、軍団……!?
魔王じゃないの!?
この、見てるだけで震えが走るような赤鬼が……第三軍団の長!?
第三軍団がどんなモンかは良く分からないけど……、第三でコレだ。
だとしたら、第二と第一ってどれだけの強さなんだ……。
きっとその上に居るであろう魔王なんて……強さの想像も出来ない。
……けどまぁ、それは置いといて。
「……なんで、そんなお偉いさんが僕なんかを殺しに来たんだ?! 勇者には戦士や魔術師だって沢山居るじゃんか!」
……まるで戦闘職の同級生を売りに出すような発言で大変申し訳ないんだけど、そこは気にしない。
僕が1人狙いされてる理由を、どうしても知りたいのだ。
すると。
「ガーッハッハッハッハ! 成程! 貴殿は憶えがまるで無いようだな!!」
「憶え……?」
「ああそうだ! 吾が軍のある者が、貴殿に随分と世話になったようでな!!」
…………世話になった……?
僕、何かしたっけ…………?
「此度は、貴殿にそのお礼をしに来たのだ!!」
「…………」
……ヤクザか。
すると、赤鬼は視線を下げ。
彼の脚下に立つ男に、言い放った。
「さあ、貴殿からも言ってやるのだ!」
ドクロの仮面を被り。
黒いマントに身を包んだ、男。
絶対忘れない。
「吾が軍の指揮官、セットよ!!」
テイラーの迷宮合宿の、最後の最後で。
奇襲を仕掛けてきた…………セットだ!!
「……久し振りだな、『白衣の勇者』」
「……あぁ」
仮面の裏から、くぐもった声が聞こえてくる。
……表情が見えなくとも、怒りの感情が声に乗ってるのが分かる。
「……………どうして私が、お前を憎んでいるか……分かるだろ?」
「……あぁ」
セットが出て来た事で、大体分かった。
僕がセットにした事と言えば……――――
「2ヶ月前の洞窟の時も! その前の王都の襲撃でも!! お前は、本当に……私の作戦を邪魔する!!!」
「……」
セットの怒りが突如爆発。
「お前は私にとって……いや、魔王様にとっての邪魔者だ!!!」
激昂し、声を荒らげるセット。
身振り手振りの大きさが、仮面で隠した感情を代弁する。
「だから私は……お前を殺すッ!! 殺すッ!!! 殺してやる!!!」
「「…………」」
セットの怒りが止まらない。
上司であるハズの赤鬼も若干引き始めている。
「ぅおぅ…………セットよ、落ち着くのだ――――
「良いんです軍団長!! 作戦は遅滞なく進んでいます!!!」
「……そ、そうであるか」
赤鬼までセットに気圧され始めた。
……なんだコレ。
だが。
状況は、突然一変した。
「……だからな、『白衣の勇者』」
「…………」
再び、セットの口調が元の冷静さを取り戻すと。
「今回の作戦で……私の第3の作戦で、絶対に私は勝つ」
「…………っ」
そう、言い放った。
「先の2作戦で、私が敗れた原因……それは『お前を隔離しなかった事』だ。お前が『強化魔法』を火系統魔術師に掛けた所為で、大量の溶岩にウッドディアーが呑まれた。弓使いに掛けた所為で、腹を穿たれた。……ならば、お前を隔離してしまえば……『白衣の勇者』、お前は無能だ」
「……くっ」
……確かにそうだ。悔しいけどセットの言う通りで間違いない。
ステータス加算をウリにしている僕の【演算魔法】は、強い人に掛ける事で更に強くなる。
……けど、僕みたいに特に強みの無い人にはあんまり効果が無い。
つまり、敵に囲まれた状態で独りぼっちの僕は……ただDEFが高いだけの人間。
ロクな反撃も出来ず、ただ攻撃を受け続けるだけの長寿命サンドバッグ状態だ。
「……では軍団長。お願いします」
「ガーッハッハッハッハ!! 了解した!」
すると、赤鬼は右手を真上に挙げる。
と同時。
草人形の弓が引かれ、矢が向けられ。
その後ろの狼と熊も、臨戦体勢になり。
更にその後ろのロボも、ガガガガと動き出す。
…………ヤバいぞ、コレ……。
「ハッハッハッハッハッハ……『白衣の勇者』よ!! 『強化魔法』の器用貧乏さを嘆いて死ぬのだな!!!」
遮る物は無い。
躱す術もない。
逃げる道も無い。
為す術無し。
……遂に来た、この瞬間。
ヤバいヤバいヤバいヤバい!!!
「ガーッハッハ!! ……では軍団諸君! あの『白衣の勇者』を蹂躙するのだ!!」
だが、無情にも赤鬼の掛け声は掛かり。
「行けェェェェェェェェェ!!!」
号令と共に、赤鬼の腕は前に突き出され。
全方位から、矢が、狼が、熊が、ロボが、僕に迫ってきた。
その時。
『成程。そういう事か』
突然頭に響いて来た、僕の声。
『オッケー、分かった。偵察お疲れ様』
そんな頭に直接響いてくる僕の声に対し、僕も口を閉じて念じる。
『おぅ。後は頼んだよ、本体』
『勿論。任せとけ、合同体』
そんな返って来た念話を、最後に聞き。
矢が僕の身体を蜂の巣にする直前。
僕の身体は砂嵐のノイズになり、消えた。
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