15-16. 包帯
☆
「…………」
ドロドロに溶けてしまったフーリエ西門の扉を眺めつつ、考え事をしていると。
バサッバサッ
「おお、セットよ! トランスホークが帰ってきたぞ!」
私と軍団長の方へと1羽のトランスホークが帰ってきた。
「そのようですね、軍団長」
「彼奴が帰って来た、という事は………………えーと、確か……」
筋肉製の脳をフルに動かし、作戦を思い出す軍団長。
……さて、ちゃんと覚えているのだろうか。
「……『白衣の勇者を発見した』という報告であるか?」
「おぉ、正解です」
思わず感嘆の声が漏れてしまった。
「ガーッハッハッハッハッハ!! その反応、吾輩が作戦を忘れているとでも思ったな?!」
「…………はい」
正直に頷く。
「ガーッハッハッハ! 吾輩を甘く見過ぎだ、セットよ!」
「……申し訳ありません、軍団長。不出来な指揮官でして」
「なに、気にするでない! 正直で結構、重畳である!」
鬼の鋭くも暖かい視線が、私をギロッと見つめ。
「偽る事こそ、組織破滅への始まりだからな! ガーッハッハッハッハ!」
軍団長は腕を組みつつ、高笑いを上げた。
……流石、我らが軍団長だ。
先程の馬鹿力といい、軍団を纏める才能といい、ここぞと言う時は頭も使い…………この人なら、私はどこまでも着いていける。
改めて、軍団長の事を見直してしまった。
「ところでだ、セットよ! 『白衣の勇者』が見つかったのならば、次は何が起こるのだ?」
えっ……。
いやいや。
「作戦の通りですよ」
「作戦…………、作戦であるか………………」
そう言い、顎に手を当てて上を見る軍団長。
「……軍団長は作戦を憶えてたのではないのですか?」
「うむ、忘れた!!」
「……えぇ。軍団長、たった今『作戦は憶えてる』って――――
「此処から先は忘れたのだ!!」
……軍団長を見直してしまった私が馬鹿だった。
「……分かりました」
……ハァ、仕方ない。
軍団長にもう一度説明しよう。
「街を囲む『包囲』・街に攻め込む『侵攻』・白衣の勇者を誘き出す『誘出』までが今終わった所です。あとは白衣の勇者を『隔離』し、奴を『討伐』すれば作戦完了です」
「成程! では、吾々が白衣の勇者と対峙するのも直であるな!」
「はい。トランスホーク達の誘出部隊が、奴らを街の外に追い出す手筈になっています」
「そうか! 分かった!」
すると、軍団長はギュッと両拳を握り。
「さぁ……さあ! 早く来るのだ『白衣の勇者』! 吾輩は待ちきれんぞ!!!」
必死に『白衣の勇者』の登場を待つのだった。
☆
さて。
無事に熊と狼を倒した僕達は、すぐさま気を失って倒れている男達の下へと駆け寄り。
シンが備えていた包帯で、出血する頭に応急手当てを施していた。
「……はい、これで大丈夫です」
「わたしの方もオッケーよ、シン」
シンとアークが同時に応急手当てを終える。
……2人とも慣れた手つきだ。『怪我したら絆創膏を貼る』レベルの僕じゃ到底敵わないよ。
「シンもアークも凄いな。巻いてる姿がまるでプロだったよ」
「いえいえ。そんな事ありませんよ」
「フフッ。プロだなんて……大袈裟よケースケ」
包帯をリュックに仕舞いつつ、謙遜するシン。
アークはちょっと照れている。
「シンもアークも、どこかで応急処置とか習ったのか?」
「いえ、私は独学です。小さい頃、よく転ぶコースとダンの膝に巻いてあげてまして」
「あー、有った有った! あの頃はシンに良く助けられたぞ!」
「うんうん! 懐かしー!」
あー、成程な。
その頃からシンはダンとコースの御目付け役だったんだろうな。
「アークは?」
「わたしは……小さい頃に叩き込まれてね」
「「「「おぉぉ…………」」」」
……育ちの良さが垣間見えてしまった。
流石は領主の娘さ――――いや、元領主の娘さんだ、アーク。
「……痛たたたたたたたっ…………」
「…………ぅうっ……んんっ…………」
そんな事を話していると、2人の男が意識を取り戻したようだ。
「……頭痛ってぇ…………」
「…………ん、ここは………………」
目を開き、上体を起こして周りをキョロキョロする男達。
「あっ! 目が覚めたねー!」
「お2人とも、体調は如何でしょうか?」
そんな男達に声を掛ける、コースとシン。
「……あぁ、大丈夫だ。ちょっと頭が痛ぇんだけど…………」
「…………俺も、問題ない……」
そう言い、頭を掻く男達。
「……んっ、頭に包帯…………」
「これって…………君達が?」
「うん! シンとアークがパパッとねー!」
コースがすかさず答える。
「そうか……ありがとう、助かったぜ」
「いえいえ」
「どういたしまして」
感謝の言葉を言われ、シンとアークはちょっぴり照れていた。
すると。
「…………あの、血塗れの狼って……」
「それに……あの地に伏してる熊まで……」
小刻みに震える指で、狼と熊の死体を差す2人。
「アイツらを、倒したのって…………」
「……まさか…………」
「そーそー! 私たちだよー!」
『褒めて!』とばかりにコースが答える。
「…………マジ!?」
「そんな……まだまだ子どもなのに……?!」
オモムロに驚く男達。
「強いんだな、アンタ達」
「……フフーン!」
シンとアークに続き、褒められたコースもちょっぴり照れていた。
……っと!
「……そうだった!」
今は男達とノンビリ話してる場合なんかじゃないんだ!
この2人を逃がさないと!!
「お2人とも、ひとまずココから逃げて下さい!」
彼らの背中から声を掛けると。
「あぁ、そうだった!!」
「魔物達からに襲われちまう!!」
ハッと思い出したように、立ち上がる2人。
「済まねえ、助かった!」
「ありがとう!」
シン、アーク、ダンにコースと1人1人にそう述べていき。
「アンタもありがと――――
「助かったぜ――――
最後に僕の方へと、振り向いた途端。
「「…………はっ!?」」
2人は、目を見開き。
「……はっ…………」
「「白衣ッ!?」」
僕に向かって叫んだ。
「……アンタ、『白衣の勇者』か!?」
「はい。そうです」
「……本当に『白衣の勇者』なのか!?」
「そうですよ」
「…………本当の本当に『白衣』なのか?」
ビックリの表情で固まっちゃったままの男達に、何度も聞き返される。
「そうで――――
「なら早く俺らと一緒に逃げよう!!」
「お前魔物に狙われてんぞ!!」
3度目の質問に答えるや否や、物凄い剣幕でそう言われる。
……いや、狙われてるのは知ってるけど、逃げるなんて無い無い。
「いや、僕なら大丈夫で――――
「大丈夫なんかじゃない!!」
「早く遠くへ……出来る限り遠くへ逃げるんだ! アンタも殺されちまうぞ!!」
白衣の袖を掴まれ、一緒に連れて行かれそうになる。
……いや、駄目だ駄目! そんなフーリエを見捨てる事なんか出来ないって!
「僕達がフーリエを守らないと――――
「若いのに無理すんなって!」
「こんな魔物くらい、門番達がなんとかしてくれるぜ!」
「そうだ! だから門番さん方に任せて俺らは逃げるぞ!」
一向に僕の話を聞いてくれない、男達。
……いや。
狙われている僕達を逃がそうとしてくれるのは、嬉しいんだよ。
嬉しいんだけどさ…………。
「ダメなんです」
「「……っ?」」
僕の言葉に疑問を浮かべる、2人。
「…………ダメって……」
「なんでだよ……?」
ああ。
なぜなら……。
「…………門番は負けたんです」
「「……えぇッ?!」」
それに……。
「さっき、倒れた門番さんを見つけて…………約束したんです。『フーリエを守る』って」
「「…………ッ!!」」
この坂の上に広がる『西門広場』で出会った、あの門番さんと。
『彼の代わりにフーリエを守る』って、そう約束しちゃったのだ。
「それに……魔王を倒すために召喚された『勇者』が戦わなくてどうすんだ、って話ですし」
「……ハハッ、そうだったな」
「勇者様が『この世界』に来てくれた意味が無くなっちまうもんな」
そして。
「……分かったぜ。勇者様」
「…………無理すんなよ!」
男達も僕達の事を分かってくれたようだ。
僕の白衣の袖を放し、西門坂の下に身体を向け。
「「……フーリエを頼んだ!」」
そう言い、西門坂を下って行く男達。
そんな彼らを、5人で見送った。
……さて。
「……それじゃあ、皆」
狼を1頭に熊を2頭、なんとか倒した。
けど……玄関の覗き穴から見えただけでも、魔物の数は100や200ってレベルじゃなかった。
きっと、今のフーリエには……何千、何万ってレベルの魔物が蔓延ってるかもしれないのだ。
フーリエを守るため、どんどん魔王軍を倒さなきゃ!
「……じゃあ行くぞ、皆!!」
「はい!」
「うん!」
「おう!」
「ええ!」
そう言い、西門坂の上へと振り返ると――――
「えぇ…………ッ!?」
僕達の、目の前には。
「発見したぞ、『白衣の勇者』!!!」
「ヒャハー!!! 意外とすンなり見つかったモンだなァ!!!」
「魔王軍に屈して出て来たンじゃねェのか?」
「いずれにせよ、我々が貴殿を喰い殺してくれる!!!」
「ペッシャンコにしてやるゼ!!!」
西門坂を塞がんとばかりに、大量の緑狼とハンマーを担ぐ熊が集まっていた。




