15-15. 悪口
シンとコースが狼と戦っていた、その頃。
僕とダン、アークの3人も熊を相手に戦っていた。
「ヒャハァァァァァァ!」
「ふんッ!」
カアァァァァン!
ダンが盾を構え、熊の振り下ろすハンマーを受ける。
そんなダンの後ろには、攻撃の隙を窺う僕とアーク。
「オラオラオラァ!」
「はァッ!」
カアァァァァァァン!
「さっきから守ッてばっかで良いのかァ?!」
「ぐッ…………!」
カアァァァァァン!
のだが、僕達は防戦一方。
「そんなンで良く『魔王軍を倒す』とか言ったモンだなァ!」
カアァァァァン!
「…………くっ、一撃が重え……」
ハンマーをブンブンと振り回す熊に、中々攻撃の隙が見出せないでいた。
「大丈夫か?!」
「無理しないでよ、ダン!」
「……ああ、俺は大丈夫だ! ちょっと手がジンジンするけどな…………」
そう言い、右手をグーパーするダン。
……DEFを7倍にした彼でもご覧の通りだ。僕達があのハンマーをモロに喰らうのは怖い。
「……とにかく、守りは俺に任せろ! 先生とアークは攻撃のチャンスを————
「おらおら勇者様よォ、反撃も出来ねえのか?」
「「「っ…………」」」
ハンマーを肩に担いでニヤニヤ笑う熊。
「守ッてばっかりじャ、いずれ力尽きてペッシャンコだゼ?」
「「「…………」」」
「ホラホラ、黙ッてねェで反撃しろよ!」
両腕を開き、大の字になる熊。
……完全に煽られてる。
「……クソッ! この瓦礫よ、あの熊に当たりますように————【確率演算Ⅱ】!」
転がっていた瓦礫を拾い、ダンの後ろから苦し紛れに投げる。
『熊に直撃する確率』を1にして投げ出した瓦礫は、ダンの頭を越えて熊の眉間一直線に飛ぶ。
のだが。
「……さっき見たゼ、それはよォ!!」
カァァンッ!!!
ハンマーを片手で振り抜き、瓦礫を叩き落とした。
「……ダメか…………」
粉々に砕け散った瓦礫が熊の脚下に転がる。
……同じ技が2度も通用する程、魔王軍は甘くないか。やっぱり。
「おい先生! 【確率演算Ⅱ】って必中じゃねえのかよ?!」
「……いや、違う」
【確率演算Ⅱ】は『色々な事が起こる確率』を好きな様に変えられるけれど、躱されたり防がれたり、他人のジャマが入ると話は別なのだ。
「おいおいマジかよ!」
「てっきり【演算魔法】って万能だと思ってたんだけど……」
僕もそう在って欲しいモンだよ――――
「オラオラ出て来い『白衣の勇者様』よォ!」
「「「…………っ」」」
……そんな事を話しているうちに、再び熊の煽りが再開。
「いつまで大盾に隠れてンだオラァ!! 手前ェは『勇者』どころか腰抜けのクソ雑魚男じャねぇのかァ?!」
「「「…………」」」
僕への悪口が飛んでくるけど、我慢だ我慢。
斉藤と芳川のセンスある悪口に比べりゃ、コイツの悪口なんて小1の戯言レベルだ――――
「『白衣の勇者』……どんな強ェ奴かと思いきヤ、とんだクソ雑魚男だなオラァ!!」
「「「…………」」」
まさかの2回目。
……僕が言うのもなんだけど、どうせなら他の悪口を使って下さい。
悪口が幼稚過ぎて聞いてるコッチが笑っちゃいそうだ――――
そんな事を考えつつ、ダンの後ろで必死に笑いを堪えていると。
「…………ケースケに……今、なんて言ったの…………?」
僕の隣に居るアークが俯き、プルプル震えながら呟いていた。
……えぇっ!?
あ、アーク……煽られちゃダメだ! あんな悪口気にすんなよ!
「あァん? 声が小っせェな、何つッったんだ?!」
「…………だから……ケースケの事を、なんて言っ――――
「全然聞こえねェんだよ!! クソ雑魚勇者の次はクソ雑魚女か!!」
「…………ッ!!」
……あっ。
僕だけじゃなくアークにまで言っちゃったよ、あの熊。
「……クソ雑魚勇者…………ケースケは決してクソでも雑魚でもない!!!」
「知るか!! 隠れてばッかりな勇者なんてクソ雑魚じャねェか!!!」
「違うッ!!!」
「黙れクソ雑魚女!!!」
「もういいッ!!!!」
アークの赤い長髪がフワフワ浮かび上がり、全開の眼は釣り上がり、瞳は紅く光り。
「ケースケを、そう言う奴は…………許さないッ!!!」
熊の煽りをモロに受け、完璧にキレたアーク。
激怒モードに突入し、アーク自身への悪口も気にせず熊へと特攻してしまった。
「……おいアーク待て!」
「勝手に突っ込むな!」
……クソッ! こうなったアークはもう止められない!
「…………アークを守りつつ、奴を倒すしかない! 行くぞダン!」
「おう先生!」
「ハアァァァッ!!」
熊に特攻しつつ、槍を大きく引くアーク。
「ペッシャンコになりやがれェ!!!」
対する熊もハンマーを片手で振り落とす。
ハンマーの軌道がアークに直撃する――――
「させねえよッ!!」
カァァァァンッ!
その瞬間、大盾を構えたダンが加速。
アークの眼前に割り込み、大盾でハンマーを受ける。
「邪魔しないでッ!!」
「してねえよ!」
アークを守ったハズのダンがアークに怒られる。
「仲間割れはアノ世で仲良くやリやがれ!!」
その隙に再びハンマーを振り上げる熊。
「おルァッ!!!」
言い争っているダンとアークに向かって振り下ろされた。
それに合わせ、ダンの大盾も突き出される。
が。
ハンマーと接触する、直前。
「俺が何度も同じと思うな!!」
ダンが大盾を斜めに傾け。
カンッ!!
「うぉッ!?」
熊のハンマーを、地に滑り落とさせた。
――――ダンが特訓で練習を重ねた、『捌き』だ。
ガキンッ!!!
「ぐッ……やるじャねえか…………」
勢い余ったハンマーが西門坂の石畳を砕き、小さなクレーターが出来る。
熊も予想外の事態に身体のバランスを崩す。
ブゥオオォォッ!
「ハアアアァァァァァァッ!!!」
そこに突き出される、燃え盛る炎を帯びたアークの槍。
「【強刺Ⅵ】ッ!!!」
ブスッ!!
両手で突き出された炎の槍が、熊の腹に突き刺さる。
特訓で何度も何度も練習した、アークの【強刺Ⅵ】。スキルレベルはⅥまで上昇し、その威力も特訓前とは比較にならない。
ジュウウゥゥゥゥゥゥゥ!!
「……ぐゎぁぁぁアアァァァァァッ!!!」
炎に焼かれた傷口からは、鮮血の代わりに香ばしい蒸気が噴き出す。
「よくも、ケースケの事をッ…………ハァ!!!」
ズブッ
アークが両手に力を込め、槍をもう一押し。
「ガァァァぁぁぁぁぁッ!!!」
更に腹の奥を焦がし、西門坂に漂う香ばしい匂いが強くなる。
だが。
「痛ッてぇ…………」
苦しい表情をしながらも右腕のハンマーを振り上げる熊。
「痛ェじゃ……ねぇか……――――
その視線の先には、熊と至近距離のアーク。
「よォ!!!」
「…………っ!?」
そんなアークを目掛け、熊はハンマーを振り下ろした。
……だが、槍をブッ刺したままのアークは身動きが取れない。
「……ヤベぇ!」
ダンが跳び、ハンマーの軌道に割り込む。
体勢を崩しながらも大盾を構えてアークを庇う。
のだが。
カアアアアァァァァァァァァァン!!!
「ぐうぉッ!!?」
ハンマーの衝撃に耐えられず、快音と共にブッ飛ばされるダン。
「つッ……、次こそ…………殺す」
腹の傷の痛みに耐えながらも力を振り絞り、再びハンマーを振り上げる熊。
対するアークは……槍を抜きも刺しも出来ず、身体を動かせず。
眼を瞑り歯を食いしばるアークに、ハンマーが振り落とされた。
「死ねクソ雑魚女ァァァ!!!」
「うぅ…………ッ!!!」
「させるかよ」
そう呟き、魔法を唱えた。
「【定義域Ⅳ】・ 1 ≦ y !!」
シュンッ!!
アークの頭の上に、青透明の板が現れ。
ガァァァァァァァァンッ!!!
ハンマーの一撃が、青透明の板に受け止められた。
「ぐゎアッ!!?」
板に弾かれたハンマーの反動が熊の腕を襲う。
「…………何が起きやがッた!?」
「……これは…………」
何が起きたか分かっていない、熊。
なんでハンマーが直撃していないのか分かっていない、アーク。
……だけどそんな事はどうでも良い!
「今だアーク! オマケの【加法術Ⅳ】・ATK40!!!」
【乗法術Ⅵ】に【加法術Ⅳ】を重ね掛け。
今の僕が出来る、最大のステータス加算だ。
「……け、ケースケ!?」
「早くトドメを……アーク!!!」
そう言うと。
「…………言われなくてもやるわッ!!」
状況は掴めてなさそうだけど、僕の言いたい事は分かってくれたようだ。
熊の腹に突き刺さった槍を、両手で握り直し。
ボォォオオォォッ!!!
「ガァァァッ!!!」
槍の火力を、さらに強め。
左足を一歩、踏み込み。
「ハァァァァァアアアッ!!!」
槍を握る腕に、力を込め。
「ぐぅォォォォオオオオオオオッ!!!」
ズボォッ!!!
西門坂に響く断末魔の叫びと共に、炎の槍が熊の背中から飛び出した。




