15-12. ガラス
皆様、大変お待たせ致しました。
……言われなくてもやってやるさ。
なんたって、僕は勇者だ。
魔王を倒すためにこの世界にやって来た……勇者なんだから。
そう、思いつつ。
「数学者舐めんな」
笑顔で門番さんに答えた。
「…………ゆっ……勇者様………………」
ゆっくりと頭を上げ、僕達を見上げる門番さん。
「僕が数学者だからって、勇者失格とか思うなよ」
「……いや、そんな事は微塵も思ってな――――
「僕、これでも割と頑張ってんだからな」
「…………」
門番さんを黙り込ませてしまった。
「……まぁいいや」
門番さんは置いといてっと――――
ガッシャァァァァン!!!
「「「「「「……ッ!!?」」」」」」
何だ今の音は!?
……まるでガラスがバリバリに割られたような音が、西門広場中に響————
ドォォォォォォォォンッ!!!
ガラガラガラガラッ…………
間髪置かず、今度は何かが崩れる音が広場に響く。
外壁に反響して轟音が広場内にこだまする。
ズゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!
ガラガラガラガラ…………
「何だ何だ!?」
ガッシャァァァァン!!!
「何が起きてんのー!?」
ダァァァァァァァァンッ!!!
ガラガラガラガラ…………
立て続けに僕達へと届いてくる、何かの破壊音。
音源は…………西門坂の方か!?
「シン! どっから聞こえる?!」
「西門坂の方だと思います、先生!」
シンと意見が合った。これで多分間違いないだ――――
すると。
「まっ……、まさかこの音…………!?」
顔を真っ青にした門番さんが口を開く。
「どうしたの、門番さん?」
門番さんの横に座るアークがすかさず尋ねる。
「……まさか、突破を許した魔物達が…………フーリエを破壊し始めてッ…………!!」
『突破を許した魔物達』って……。
もしかして、さっき僕達が玄関の覗き穴越しに見たアイツらか!?
「それって……狼とハンマー持ちの熊の事か?」
「あ……、ああ! そうだ! ソイツらだ!」
……マジかよ!
じゃあ、この破壊音はアイツらが街中で暴れ始めたって事じゃんか!!
ヤバいヤバいヤバいヤバい!!
フーリエの街が……フーリエの市民が襲われてる!!
一刻も早く行かねばッ!!!
「シン、コース、ダン、アーク!!」
そう呼ぶと、皆の眼つきに鋭さが表れる。
「準備オッケーです!」
「うん、先生!」
「やってやろうぜ!」
やる気に満ち溢れた表情に切り替わる3人。
「分かってるわ、ケースケ!」
門番さんの横に座っていたアークも立ち上がる。
「アークさん、勇者様…………私は大丈夫だから、どうかフーリエをッ!!」
「あぁ!!」
土下座間近の姿勢でそう告げてくる門番さんに、そう返しておく。
まぁ、『大丈夫だ』って言ってるんだし、1人でも動けてるし……彼なら置いてっても大丈夫だろう。
……よし! それじゃあ皆!
「魔物倒してフーリエを守るぞッ!!」
「「「「はいッ!」」」」
「フーリエを頼むッ!!!」
門番さんの声を背中に受けつつ、僕達は再び街の中に向かって小さな砂漠を駆けた。
「……ハァ、ハァ…………」
「先生、出口までもう少しですよ!」
「……おぅ、見えてきたな!」
街からの破壊音を何度も耳にしながらも砂漠の上を駆け抜け、広場の入口までだいぶ近づいて来た。
広場をグルリと囲むように立ち並ぶ建物の中、1箇所だけ大きく途切れている部分……あそこが広場の入口にして、西門坂の頂上だ。
あそこまで行けば港のある麓まで西門坂を一望できる。
今の西門坂がどうなっているのかも見渡せるハズだ――――
ズゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!
ガラガラガラガラ…………
「クソッ! アイツら……ッ!」
が、破壊音は止まらない。
魔物達が大暴れしている証拠だ。
……疲労が溜まり始めてるけど、今足を止める訳にはいかない。
早く……早く、魔王軍の侵攻を止めないと!
そして。
「……つ、着いた…………」
なんとか僕達は西門広場の入口まで帰って来た。
足元の砂の層は薄くなり、段々本来の石畳が見えてきている。
「ハァ、ハァ、ハァ…………」
そんな入口で膝に手をつき、項垂れて呼吸を整える。
……朝からずっと走ってたからか、息は切れ切れだ。結局、1ヶ月の特訓を経たところで僕のステータスは上がらなかったからな。
残念。
…………あぁっ! そっ、そんな事より!
「魔物達はッ!!」
酸素の少ないながらも、脳が現状をパッと思い出し。
頭を上げて西門坂を見下ろすと――――
「…………へっ……」
その光景を見て、思わず間抜けな声が零れる。
左右に並ぶ建物の窓ガラスは軒並み割られ、ヒビの入った破片だけが窓枠に辛うじて残っている。
扉が有った部分は周囲の壁ごと打ち破られ、ポッカリと円く開けられた穴からは店々の玄関が覗く。
掲げられていたハズの看板は地面に落とされ、バキバキに割られている。
割れた窓からは黒い煙が立ち上り、何かが焦げたような臭いが鼻に届く。
建物の白い壁に所々残された、鮮やかな赤いシミが目に飛び込んでくる。
そんな坂道の背景にズッシリと構えるのは、海から立ち上るキノコ雲。
「…………ちっ、血…………!?」
「……酷え…………ッ!」
横に並ぶシン、ダンは揃って絶句。
「えェェーッ……!?」
「…………嘘でしょ…………ッ!?」
コース、アークも口を覆って目を見開く。
昨日までココにあったハズの、地中海風の白い建物が並んでいた西門坂。
今や、そこは――――ガラス片と瓦礫と血痕の撒き散る戦場と化していた。
そんな西門坂の、途中に。
「ヒャハァァァァーッ!」
「壊せ壊せェ! 何もかもペッシャンコだァ!」
ガッシャァァァァン!!!
今まさに建物を壊している、奴らが居た。
2頭のハンマーを持った熊と、1頭の緑狼。
坂の下の方に向かい、建物を壊して進んでいる。
「その調子だ熊共! 『白衣の勇者』を誘き出すのだ!」
「あァ! ……おーらよッと!!」
ズゥゥゥゥゥン!!!
「こッちも行くゼ!」
ドォォォォォォォォンッ!!!
熊が大きなハンマーを振るう度に建物からは白い砂煙が立ち上り、瓦礫が西門坂に飛び散る。
「司令官殿曰く、フーリエを壊滅させる事こそが『白衣の勇者』を誘き出す近道!」
「あァ分かってるぜ! 俺らの得意なヤツだ!」
「幾らでもやッてやらァ!」
意気込む熊と、熊の後ろに立って緑色の狼が見守る。
「おィ、ところでウルフ! 手前ェもちゃんと『白衣の勇者』の在り処、聞き出してンだよなァ?!」
「俺らだけ働いて手前ェだけサボってるとか、絶対許さねェからなァ!」
「無論! 熊共に言われずとも行っている!」
そう言う狼の、前脚には。
「ぅあアァァァァァァァァッ!!! 痛い痛い痛い!!!」
「ウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!! あっ脚を放せェェェェェッ!!!」
右と左それぞれに、男が顔を踏み付けられていた。
「……おい人間。貴殿は奴を知らぬのか?」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ!!!」
右脚の男の頭に鉤爪が刺さり、ダラダラと血を流しながら叫ぶ。
「聞け人間! 『白衣の勇者』を知っているかどうか、問うているのだ――――
「痛痛痛痛痛痛いッ!!!」
「良いから早く言え!! 『白衣の勇者』、知らぬのか?!」
――――……えぇっ…………。
――――あっ、あの男は…………。
――――僕の所為で、あんな目に遭って…………ッ!?
「うぅッ…………! なっ……、名前は聞いた事が有るけど――――
「おお、左様か!? 今何処に居る?!」
「……場所までは知らない! 名前しか聞いた事無いし、見た事も無い――――痛痛痛ッ!」
「…………残念だ」
溜息を1つして落胆する狼。
「では此方の男、貴殿はどうだ?!」
「ゥウウアアアアアアッ!!! ……脚を退かせ! 放してくれッ!!」
手足をバタつかせて暴れる左脚の男。
だが、一向に脚の拘束は抜けないどころか鉤爪が深く刺さっていき、額から血が溢れ出す。
「貴殿が『白衣の勇者』について話せば退けてやる。だからさっさと教えろ!」
「………………とっ、時々……西門坂で、見た事が……有る」
「おお! ならば、奴が何処の宿に入っていくかも見た事はあるだろうな?」
「…………いや、無い……ッ! アイツは……この辺の宿には居ない! だから脚を放してくれッ!」
「……チッ」
左脚の男の答えを聞くなり、舌打ちするウルフ。
「おいウルフ! 『白衣の勇者』が何処に居ンのか、掴めたか?!」
「……いや。どちらも駄目だ」
そして、狼は熊達にそう返すと……両脚に踏みつけていた男を――――
「ィ痛アアァァァァッ!!!」
「ぐぁあアアッ!!!」
蹴り飛ばした。
「イタイタイタイタイタ――――…………」
「ウゥッ、ぐふっ――――…………」
蹴り飛ばされた男達は、身体ごとグルグルと道の上を転がされ――――
「「………………」」
気絶した。
――――その瞬間。
プチッ
頭の中で、何かが音を立てて爆発した。




