15-11. 砂漠
小さい砂漠と化した、西門広場。
砂は円形の広場にタンマリと積もり。
石畳が見える部分は微塵も無い。
広場の周囲に立ち並ぶ建物の屋根にも砂が山のように積もっており。
所々、屋根の上から砂が砂時計のようにサラサラと流れ落ちている。
広場の隅に並べられた輸客馬車も、揃って砂に埋もれ。
見えるのは、砂の積もった幌とそれを支える柱のみ。
広場にベンチが置いてあったかどうかは忘れたが、有ったとしても間違いなく砂に埋もれている。
まるで、街の外に広がる砂漠の一部分をココに切り貼りしたような…………正にそんな感じだった。
「さっ……砂漠…………」
余りにも大き過ぎる西門広場の変貌に、それしか言葉が出ない。
「「「…………」」」
今の今まで拷問レースとか言っていたダン達に至っては、言葉を発せずただ立ち尽くしていた。
「なっ……、何が起きたの…………?」
アークが呟く。
「……分からない」
……昨晩の特訓帰りには、西門通りは普通だった。
なのに、たった一晩で…………?
信じられない。
「どうやったらこんな事に……」
唖然としつつ、惨状に足を踏み入れる————
「あっ、先生」
後ろからコースの叫び声。
「っど、どうした?!」
「……あそこ!」
砂漠を指差し、再び叫ぶコース。
「あそこに誰か居るよーッ!!」
「誰かって……人か?」
「うん!」
そう問いつつ、コースの指す先を辿ると。
広場の中央左。
一段と砂が高く積もった所。
その頂上に————
「……本当だッ!」
人の姿が見えた。
「……俺も見えたぞ! ってか倒れてるじゃねえか!」
目を凝らすと、ダンの言う通り砂の上でうつ伏せに倒れている。
「何かあったのでしょうか?!」
「ここからじゃ分からない。一先ず助けに行くぞ!」
「ええ!」
倒れてる人を放っておくことなんて出来ないし、それに『あの人』なら何か情報を知ってるかもしれない!
そう思いつつ、僕達は小さい砂漠に足を踏み入れた。
∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
突然、身体が揺すられる感覚。
――ーい!」
―――夫――かーッ!」
ボーっとした頭に、誰かの声が響く。
「返――ろ! ―い!」
両頬が叩かれる感覚。
……うぅっ、痛いっ…………――――
「門番さんッ!」
――――はァッ!
「…………うおッ!!」
両頬の痛みで意識が覚醒し、私を呼ぶ声に身体が反応。
全身がビクッと大きく動き、眼がガッと見開かれる。
……が、ぼやけて良く見えない。
すると。
「目覚めたー!」
「無事で良かったわ!」
「ほら見ろシン! 俺の往復ビンタ、効くだろ?」
「それは分かりましたけど、少し強過ぎでは……」
私の頭上を、様々な声が飛び交う。
誰だ?
まさか……魔物ッ!?
「誰だッ!?」
上半身をガバッと持ち上げ、周囲を見回すと。
そこには。
「……その調子なら大丈夫そうね。お久し振り、門番さん」
私を囲んで座る、5人の人間。
その中心には――――いつの日かの『赤髪の少女』が微笑んでいた。
「…………あっ……あぁっ…………」
見た瞬間、思い出した。
決して忘れない。忘れられる筈がない。
「……あっ、あなたは………………」
そう。あれは1ヶ月前。
私とテインが、誤って投獄してしまった…………――――
「アーク……さん…………ッ!?」
「ええ。お久し振りね」
貴族のご息女、アークさんだった。
「怪我は無い? 大丈夫?」
「……はっ、はい」
1ヶ月前の事件を頭に蘇らせながら、半ば無意識にそう答える。
「そう。それなら良かったわ」
「……」
罪人でもないのに投獄してしまうという、とんでもない過ち。
只では済まされない、大失態。
「まさか倒れてたのが、あの日の門番さんだったなんてね。フフッ」
しかも、それについて私はまだアークさんに直接謝っていない。
この機会に……謝罪しなければ!
そう思い、口を開いた。
「ア――――
「ところで、門番さん」
……アークさんに先を越されてしまった。
「……なっ、何でしょうか?」
「教えて欲しい事があるんだけど……」
「はいっ、何でもッ!」
アークさんの言う事には、勿論逆らえない。
「ありがとう。……それじゃあ、お言葉に甘えて」
すると、アークさんは両手で足元の砂を掬い。
…………ん、砂?
「……今、このフーリエに一体何が起こってるか分かる?」
そう、私に尋ねた。
その途端。
「……あっ」
思い出した。
大量の砂で閉塞された、西門を。
そこにゆっくりと歩み寄る、赤鬼を。
そんな赤鬼が、砂で閉ざされた西門の前に立ち止まる姿を。
何か呟いた後に、大きく引かれた赤鬼の右腕を。
そして。
砂の壁に放たれた、拳を。
その直後。
拳から発せられた衝撃波は、トンネルを満たしていた砂を丸ごと吹き飛ばし。
大量の砂が、西門広場へと撃ち出される。
と、同時。
衝撃波の残渣は外壁を駆け上がり、外壁上の私にも襲い掛かり。
見えない壁に突き飛ばされたかのように、私の身体が空へと飛ばされる。
その時見えたのは、上空から俯瞰した西門広場。
その広場が、瞬く間に大量の砂に覆われる光景だった。
そして、私の視界は徐々に砂の敷かれた西門広場へと接近し……————
そこで私の記憶はプツリと途絶えた。
「……そっ…………そうだ」
思い出した。
今、このフーリエには…………ッ!
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突然目を見開き、顎をガクガクと震わせる門番さん。
そんな彼の口から発せられたのは。
「まっ……魔王軍だ…………」
その一言だった。
「「「「「魔王軍!?」」」」」
「ああそうだ! 魔王軍が襲ってきて門が破られた! 魔王軍の王国侵攻が始まったんだよ!!」
慌ててそう告げてくる、切迫した様子の門番さん。
……早口過ぎて全然頭に入って来ない。
けど。
「……成程な」
大体分かった。
『魔王軍』っていう単語が耳に入った瞬間、全てが繋がった気がする。
「……そういう事でしたか」
「さっき俺らが見た狼や熊は『魔王軍』だったッつー事か」
「ナルホドー! だから『フーリエぶっ壊す』とか言ってたんだー!」
「奴らがケースケを1人狙いしてたのも、ケースケが勇者だからって事かしら?」
「あぁ。多分そうだろうな」
うん。
門番さんのお陰で、僕達の疑問は全て晴れた。
「となれば、やる事は……」
そう言うと、シン、コース、ダン、アークが僕へと振り向き————
「「「「「うん」」」」」
お互いに頷き合う。
……よし。
今後の方針は決まった。
「……な、なぁ…………白衣の勇者様……」
「……はい?」
すると、後ろに居る門番さんから呼ばれる。
声のした方へと振り向くと。
「頼むッ!!」
門番さんは居直り、砂の上に綺麗な正座をしていた。
「俺ら門番は……打てる手を全て尽くしたが…………西門はこのザマだ! 軍の侵攻を、止められなかった……ッ!」
歯を食いしばり、目に涙を浮かべ。
「……だから…………」
俯き、膝下の砂に涙の染みを作りながら。
「……だから、勇者様…………」
門番さんは。
頭を下げ、叫んだ。
「……この街を、フーリエをォッ!! 魔王軍から守ってくれェッ!!!」
「あぁ、勿論。言われなくてもそのつもりだ」
そんな門番さんに、僕は笑顔で答えた。
「数学者舐めんな」




