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15-9. 空耳

『ヒャハー! 壊しまくれェー!』

『我ら森狼フォレスト・ウルフの脅威、思い知るが良い!』


濃緑の毛皮の()とハンマーを担ぐ茶色の()が、西門の方角から続々と猛スピードで駆け抜ける。



『俺のハンマーにかかりャ、どんな野郎でもペッシャンコだゼ!』

『フーリエを壊滅させるのだ!』


耳を澄ませれば、走り去っていく彼らの喋り声も扉越しに聞こえて来る。



普段は人通りのない、静かな住宅街。その中を今、熊と狼が走り過ぎていく。


……正しく、シンが言った事の以上でも以下でもない。

シンの言葉通り、そのまんまの光景が扉一枚先には広がっていた。




それをこの目で見た、僕は。



「…………本当だ」


覗き穴に目を付けながらただ一言、それしか言えなかった。




「……おいおい先生、どういう事だよ!?」

「いやいや、だから熊と狼が目の前の道を走ってるんだって」

「……本当に?」

「…………シンに続いて、ケースケも見間違えたんじゃなくて?」

「「いやいやいや」」


覗き穴から目を離し、シンと揃って首を振る。



「本当かよ?」

「「うんうん」」


揃って頷く。



「まさか……シンと先生、グルになって嘘ついてねえよな?」

「……有り得るわね。2人で口裏合わせて、わたし達にドッキリ仕掛けてたりして」

「違うって」


全く僕とシンを信じてくれないダンとアーク。



「嘘じゃないですって、ダン! そもそも私と先生が共謀した所で、何の得が有るんですか?」

「……けどなあ、シン。お前の驚き方…………大袈裟過ぎる気がするんだよ」

「私もそー思う! いくらビビリで心配性のシンでも、あの驚き方はちょっとねー……」


ダメだこりゃ。ダンもコースも信じる気ゼロじゃんか。




…………もう、こうなったら仕方ない。

ダンとコース、アークの3人にも『覗き穴の景色』を見てもらおうかな。



「あーもう良い、分かったよ。ダン、コース、アーク、目ぇ瞑って」

「えー、なになに先生(せんせー)ー?」

「……どうしたのケースケ、そんな突然?」

「…………まさか、俺らにドッキリか?」


僕の言葉を疑ってやまない3人。



「だから違うって。……いいから目を瞑れって」

「……分かったよ先生」


そうしてやっと目を閉じる3人。

……ハァ、目を瞑らせるだけでも一苦労だよ。全く。



……けどまぁ、コレで準備は完了だ。

横に並び、瞼を閉じる3人を見据えつつ――――魔法を唱えた。



「そんじゃあ……【共有Ⅱ】(コモン)!」






使ったのは『感覚を共有』する魔法、【共有Ⅱ】(コモン)

目を閉じているダンとコース、アークに『僕の視界』を共有させた。

これで3人には『僕の視界』……ダン、コース、アークの3人を前にしているこの光景が見えるようになるハズだ。



すると。




「あっ、見えた! ……って私たち!?」


魔法を使った直後、そう叫んだのはコース。

急に自分自身が見えたようでビックリしている。



「そうか。コレが先生の視界か」

「……自分で自分を見るのって、ちょっと恥ずかしいわね」


目を瞑りつつ、ちょっと恥ずかしがるアーク。

照れ笑いしている。




……まぁ、そんな事は置いといて。



「じゃあ……扉の外を見るぞ」


そう一言声を掛け、カメラを録画してる時のようにゆっくり扉へと振り返る。

あまり速く振り返ると、僕の視界にダン達が酔っちゃうからな。



『ダン達がこの視界を見てる』って事を意識しながら、そのまま身体を180°回転させて扉と正対し。

1歩足を出し、扉に手をつき。

僕の右目を扉に近づけ。


視界を、扉の外に向けた。






「おっ、見えた見えた」


覗き穴越しに、『()()()()』に映ったのは。




さっきと変わらず、ひっきりなしに家の前の道を横切っていく熊と狼だった。



「……熊に、狼……ッ!?」

「…………嘘だろおい!?」

「あっ本当だ! スゴーい!!」


ダンとアーク、コースの驚く声が聞こえる。

声だけで3人のビックリする顔が想像できちゃうよ。




……まぁ、とにかく。

この様子を見てくれれば、僕とシンを散々疑ったダン達も信じる他ないだろうな。


「……なぁ、アーク、コース。俺らが今()()()熊と狼って……野生動物か?」

「いえ、恐らく違うわ。……もし野生動物の熊だったら、あんな大きいハンマーで武装なんかしないはず……」

「それに、フツーに言葉喋っちゃってるしー」


確かに。



「となると……アイツらは『魔物』って事になるか……?」

「……ええ。多分ね」


ダンの問いに、揃って頷く僕達。



「つまり……、今家の外には『魔物』がウジャウジャ居るッつー事か……?」

「…………アレを見れば、そうとしか考えられないわね……」


再び、ダンの問いに揃って頷く。




「……って事はよお…………」


ダン達が目を開き、【共有Ⅱ】(コモン)の視界共有を解くと。



「……つまり、今のフーリエって……」

「まさか…………」

「そっ……()()()()()!?」

「……多分な」

「恐らく……そうですね」




顔を見合わせ、頷き合った。



あの光景を見た僕達にはもう、コレしか考えられなかった。




「「「「「()()()()()()()()!!!?」」」」」













僕達の意見が一致した。


のだが。

口には出したものの、その現実を信じることが出来ず。



「「「「「………………」」」」」


叫んだ直後、5人揃って黙り込む。




……フーリエの中に、大量の魔物が入り込んでいる。

って事はつまり、あの分厚い外壁が……頑丈な西門が破られたんだろう。



西門で門番さん方と魔物が攻防を繰り広げ、その結果門が破られた。

さっきの『大砲の音』は、西門で魔物達と戦ってた時の音だ。きっと。

色々響いてた轟音もその時の戦闘音かもしれない。

そして今……破られた西門から、大量の魔物が街に溢れ込んでいる。


『フーリエを壊滅させる』と叫び散らしながら。



……そう考えれば、全て合点がいく。




「「「「「……」」」」」


チラッと皆の顔を窺うが、黙ったまま真剣な顔で俯いている。

……恐らく、全員考えている事は同じようだった。




ひとまず、状況を整理すると……こうだ。


今、港町・フーリエは魔物の群勢に攻め込まれている。

西門は突破され、魔物達は既に街の中に侵入。

彼らの目的は、『フーリエの壊滅』。


飽くまでも、僕の推測の領域だとはいえ……状況は最悪だった。




……マズいぞコレはッ!

このままだと、フーリエが――――











そんな事を考えていると。




『おいウルフ!』


静かな玄関に、家の外から魔物の声が届く。



『何だ、熊?』

『さっき……俺ェ、人間の声が聞こえた気がしたンだけどよぉ?』




「「「「「……ッ!?」」」」」


外から響いてくる声に、心臓がバクッと脈打つ。

全身にゾワッと鳥肌が立ち、眼が見開かれる。


……ヤバいヤバいヤバいヤバい!

さっきの叫び声で、僕達の存在がバレたのか!?




『……いや、我には何も聞こなかった。貴殿の空耳であろう』

『そうか?』

『ああ。そもそも、指揮官殿曰くこの辺りは空き家地帯。人は棲んで居らぬ筈と仰っていたが』

『あー、そういヤそうだッたな!』


…………フゥ。バレてはいなかったようだ。

5人揃って胸をなでおろす。




のだが。

彼らの話はまだ終わらず、扉越しに玄関へと響いてくる。



『確か……大通り沿いの宿を徹底的に襲えば良いンだよな?』

『左様。……筋肉製の脳の割には、よく作戦を覚えていたな』

『黙れクソ雑魚犬が!』

『フン、何とでも言え。……ともかく、我々の目的は"街を破壊し、()()()()()を探し出して殺す"事!』


…………えぇっ?

今、何て……………?




『あァ! 勿論分かッてるぜ!』

『ならば良い! 行くぞ熊!』

『おう!』


それを最後に、彼らの会話は終了し。

段々小さくなっていく足音だけが玄関に響いた。











「……先生(せんせー)…………?」


足音が消えたところで、小声で尋ねて来るコース。



「…………どうしたコース?」

先生(せんせー)、狙われてるの?」

「……コースにもそう聞こえちゃった?」

「うん」


……やっぱり?



「……シン、ダン、アーク。皆にもそう聞こえた?」

「おう」

「……ええ、確実に」

「はい。先生、狙われてますね」


……そうか。

空耳でも聞き間違いでもなかったのか。




……たった今、衝撃の事実が判明しました。


状況を整理し直すと……こうだ。


今、港町・フーリエは魔物の群勢に攻め込まれている。

西門は突破され、魔物達は既に街の中に侵入。

彼らの目的は『フーリエの壊滅』。

それと……『"()()()()()"、つまり()()()()』。


もう()()じゃなく――――()()に、状況は最悪だった。






「…………先生(せんせー)、どーして狙われてるの?」

「僕が聞きたいよ」


なんで僕が殺人の対象にされなくちゃいけないんだよ!

僕、何か狙われる事でもしたっけ!?


……ってかそもそも、僕を殺すためにフーリエに攻め込むとか正気じゃないだろ。

どうせ僕を殺しに来るんなら、砂漠で特訓中の所を狙った方が絶対楽じゃんか。

狙われてる身で言う事じゃないけどさ。




…………よし、こうなったら。



「とりあえず、どうして僕が狙われてるのか調べに行こう」


分からないなら、調べに行くまでだ。



「えーッ!? この状況でー!?」

「……きっ、危険です先生!」

「そうよ! アイツら、ケースケを殺すって言ってたじゃない!」

「ヤツらが先生を探してるってのに、わざわざ出ていく必要無えだろ?!」


全員に猛反対された。

……まぁ、そりゃそうだけどさ。



「けど……元々、『西門で何が起きてるか確認しに行く』予定だったじゃんか。そのついでに『なんで僕が狙われてるのかを確認する』のが増えただけだって」


そのために、僕達は着替えと装備まで済ませて玄関に立っているのだ。




「それに、僕達には【演算魔法】が有る。……()()を使えば大丈夫だろ?」

「あー、()()使うのー?」

「……まあ、そうですね」

「それじゃあ……」

「……仕方ねえな」



よし、説得成功だ。

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本作は、以下リンク(後編)に続きます。
以下リンクからどうぞ。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで eˣᴾᴼᴺᴱᴺᵀᴵᴬᴸ

本作の『登場人物紹介』を作りました。
ご興味がありましたら、是非こちらにもお越しください。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで』巻末付録

 
 
 
本作品における数学知識や数式、解釈等には間違いのないよう十分配慮しておりますが、
誤りや気になる点等が有りましたらご指摘頂けると幸いです。
感想欄、誤字報告よりお気軽にご連絡下さい。
 
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