15-8. 閑静
という事で。
準備が出来た僕達は、リビングを出て玄関へと向かう。
「それにしても、あの大砲の音……西門で何かあったのかしら?」
「どうだろうな」
「門番さん方が砲撃訓練でもやってるんじゃねえか? 俺はそう思ったんだけどな」
「「「あー」」」
「そう考えりゃ、沢山聞こえた轟音は『色々な訓練をやってた』ッつー事になるだろ?」
「確かに」
この早朝の時間帯なら、街道にも人はほとんど居ない。
ダンの予想もあり得るな。
「または……西門に魔物が現れて戦ってる、とかでしょうか?」
「えぇー。考え過ぎだよー!」
「シン、そんな事は無えだろ」
……相変わらずシンは心配性だな。
コースとダンの無神経さを少し見習ってみるといいんじゃないの?
「ですけど……『西門を開くと、そこには大量のブローリザードが!!』みたいな————
「だーかーらー、シン考え過ぎだってー!」
「コースの言う通りよ。ダンの言ってた砲撃訓練か何かかもしれないんだし、もう少し気楽に行こう。ね、シン?」
「……ですが、アーク…………」
1階の廊下を歩きつつ、アークに宥められるシン。
「まあ、もしシンが言った様にブローリザードが襲って来たとしても、奴らにはあの外壁も門も突破できないだろうな!」
「そーそー!」
「……いえ、コース、ダン。もしかしたら、ブローリザードは外壁をよじ登って来てたりするかも……」
だが、玄関に着いてもシンの心配は止まらない。
……ってか、ここまで来ると『心配性』というより『たくましい想像力』の領域だと思う。
「ハッハハハ、面白えなシン! 『トカゲだけに』ってか?」
「フフッ。トカゲはトカゲでも、流石にあの巨体じゃ無理よね」
「ですが……既に外壁を乗り越えて、街に入ってきてたりしたら……――――
「だったら私たちが倒せばいーじゃん!」
……あっ、珍しくコースがマトモな事言った。
「…………っ」
コースの正論に、言葉が詰まるシン。
「そうじゃねえか! コースの言う通りだ!」
「街中にリザードが居たら、わたし達が仕留めちゃえば良いのよ!」
「俺らが特訓を初めてから、かれこれもう1か月だぞ。リザードくらい余裕だろ。な、シン?」
黙り込むシンに、一気に畳み掛けるダンとアーク。
そして。
「…………それもそうですね!」
「だよな!」
「なんたって、わたし達にはケースケの【演算魔法】だって有るんだしね!」
ついに、難攻不落なシンの心配性も打ち崩されました。
良かった良かった。
シンの心配性も解消したところで、皆それぞれ靴を履き。
これで家を出る準備は完了だ。
玄関の扉のドアノブに手を掛け、皆に向かって呟いた。
「それじゃあ、出発――――
っと。
「する前に」
「「「「……っ」」」」
揃ってコケる4人。
「どっ、どうしたのケースケ?」
「先生、忘れ物か?」
「いやいや」
そうじゃなくてさ。
「シン、確認しなくて良いのか?」
「……はい?」
『何の事?』っていう表情のシンを見ながら…………扉の覗き穴を指差し。
「もしかしたら、外は既にリザードがウジャウジャだったりしてなー」
シンを少し煽ってみた。
「……ッ!?」
シンの顔が途端に赤くなる。
「……バっ、馬鹿にしないで下さいよ先生!」
「『馬鹿にする』だなんて失礼だなぁ。僕はただ、シンの事を想って聞いたのに」
ウソじゃないぞ。
『煽ってない』って言ったら話は別だけど。
「いやいや先生、絶対馬鹿にしてますよね!? あからさまにニヤけてますし!」
「そうか?」
「そうですよ!」
「……フフッ。どの口が言ってるのかしらね?」
「全くだ! ついさっきまで『リザードがどうのこうの』ビビってたクセにな!」
「くッ、皆まで…………」
僕のみならず、アークとダンまでさっきのビビりを弄り始めてしまった。
「ねーねーシン、とりあえず確認しとけばー?」
「…………うぅっ」
更に、コースのトドメの一撃がクリティカルヒット。
完全に黙り込んでしまった。
……そして、散々言われたシンは。
「………………もう、分かりましたよッ! 確認すれば良いんですよね外を?!」
開き直ってヤケクソになってしまった。
「別に確認しなくても良いんだけど」
「……します! してやりますッ!」
引っ込みがつかなくなっちゃったようで、怒り半分にズンズン扉へと歩み寄る。
「……まぁ、どうせ覗き穴から見えるのは小鳥ぐらいだろうな」
「ええ。ここの通りは人通りも少ないし、道端に遊びに来てるかもね」
「シンー、小鳥さんが居たら私にも見せてー!」
「…………フン」
ダン達の会話には目もくれず、扉に手をつくシン。
覗き穴に目を近づける。
「……どうだ、シン。リザード居たか?」
「もう、ダンしつこいですよ。リザードなんて街中に居る訳無いじゃな――――
…………シンの言葉が、不意に止まった。
ん、どうしたんだろう?
そう、思った直後。
「…………なっ」
そう叫んだシンは。
ガッと覗き穴から目を外し。
2歩後ずさり。
「……何故ですかッ!?」
……覗き穴に向かって呟き、玄関に尻餅をついた。
「ん?」
「……有り得ない……有り得ないです…………」
さっきまでの怒りの表情は搔き消え、顔面蒼白。
口は塞がらず、腕もプルプルと震える。
「えっ、えっ…………どーしたのシン?」
「おいおい、大丈夫かよ……?」
「……落ち着け、シン。何があった?」
心配になり、シンに恐る恐る声を掛ける僕達。
「……い、居るんです…………外に」
「「「「…………っ!?」」」」
「『居る』って……ま、まさか…………!?」
「……もしかして、本当にリザードが……?」
「ウソでしょー!?」
……えっ、マジ?!
「い、いや……リザードじゃないです」
なんだよ。
「……なーんだ。つまんないのッ」
「ふぅ……ビックリしたわ」
「てっきり、冗談のリザードが本当に居たのかと思っちまったぞ」
シンの返答を聞き、安堵する僕達。
だが。
安堵したのも束の間だった。
「……りっ、リザードは居なかったんですが…………」
シンの震える口から出てきた、答えは。
「……そこ通りを、熊と狼が走ってたんです」
「「「「えええェェェェェッ!!?」」」」
熊と……、狼!?
「……いやいやいや、どういう事だよシン?」
「…………い、いえ、ですから先生……熊と狼が居たんです」
それは分かったよ。
……けど、おかしい。
砂漠に棲む魔物と言ったら蜥蜴か蛇か蠍。周囲3面を砂漠に囲まれるフーリエに熊や狼が現れるのは不自然だ。
「……見間違いじゃないのか?」
「い、いえ、先生…………覗けば分かります」
そう尋ねると、シンはプルプル震える手で覗き穴を指差す。
……僕も見てみろ、ってか。
「分かったよ」
そう頷いて、扉の前に立ち。
扉に手をついて、覗き穴に目を当てると。
……目に入った、家の前の光景は。
良く言えば閑静、悪く言えば空き家だらけ。
僕達の家があるのは、そんな人通りのない住宅街。
普段なら、この道を通る人なんて居るかどうかも定かじゃない。
野良猫や野良犬すら、この道で見かけた事は無い。
なのに、今日は…………————
『ヒャハー! 壊しまくれェー!』
『我ら森狼の脅威、思い知るが良い!』
目の前の通りを、続々と左から右へ流れていた。
ハンマーを担ぐ茶色の熊と、濃緑の毛皮の狼が。




