15-6. 閉塞
門番長の号令で発射された、3度目の砲撃。
しかし、氷壁に阻まれ、到底赤鬼には届かない。
何度やっても、結果は変わらなかった。
……それどころか、事態は悪化した。
「ガーッハッハッハッハ!! 門番共、勇敢なる貴殿らの命を絶つのは実に惜しいッ! 惜しいとは思っていたのだが……今話は変わった!」
笑顔だった赤鬼が一転、落胆した表情を見せる。
「貴殿らの攻撃は、どれ程受けようと吾々に届かぬ。だが、侵攻を妨げる者は……魔王様の理想に楯突く者は皆殺さねばならぬッ!」
そう叫ぶ赤鬼の表情は、苛立ちでもなく。
怒りでもなく。
本気で赤鬼は私達門番を憐れんでいるようだった。
……だが、状況は真逆。
「弓撃部隊構えッ!!!」
ザッ
赤鬼の号令の直後、一斉に動き出す草人形。
1万を優に超える草人形の部隊が、同時に蔓の腕を弓状に変形させ。
こちらに向かって矢を引き————
「目標・外壁上部、弓撃部隊一斉曲射!!!」
シュッ!
シュッ!
シュッ!
赤鬼の号令と同時に、矢がこちらへと放たれた。
「これは…………」
大量の矢は、私達の眼の高さを超えると。
頭上で勢いを失い、その鏃を私達へと向け。
「……まっ、マズい!」
「ヤバイよ門番長!」
雨のように降ってきた。
白んできた筈の夜明け空は無数の弓に覆われ、再び暗くなったような錯覚を覚える————
「総員退避ィィッ! 矢をやり過ごせ!!」
「……はッ」
門番長の声が響き、我に返る。
……だが、外壁の上に矢を躱せる場所は無い。
全身を矢に貫かれる姿が、頭によぎる。
「……このままじゃ————
「ジャールくん! こっち!!」
若門番・ナッチから声が掛かる。
振り向けば、彼は移動砲台の下にしゃがんで私に手を振っていた。
……これなら躱せるっ!
「はい!」
すぐさまナッチの砲台へと走る。
大砲までは距離があるが……意地でも間に合わせる!
それしか生き延びる手は無いのだッ!!
「急げ新入りィ!」
「早く!」
頭上から矢が迫る中、門番長とパパさん門番・ラルの声が私の背中を押す。
……どうやら、門番長はラルの移動砲台の下に居るようだ。
————あとは私さえ砲台に潜ればッ!!
「うおぉぉぉ!!」
「ジャールくん!」
矢が近づいて来た。時間はもう無い。
死ぬ気で砲台へと駆ける。
……早く、あの砲台の下へ。さもなくば————死ぬッ!!
「フっ!!」
ザァァァァァァッ
右足で身体を蹴り出し、左足を真っ直ぐに伸ばす。
スライディングだ。
ナッチが空けてくれた砲台下のスペース目掛け、地面スレスレの姿勢で地面を滑る。
ザラザラな外壁の地面で尻と足、肘が擦り切れるが、興奮で痛みは感じない。
そして、そのまま。
「はァァァァッ!」
大砲の下に滑り込み、砲口の真下でピタッとしゃがむ。
…………間に合った!
「ナイス・スライディング!」
ナッチの声が、私の直ぐ後ろから聞こえる。
と、同時。
シュシュシュシュシュシュシュシュッ!!
カンカンカンカンカンカンカンカンッ!!!
私の右から、左から、眼前から、頭上から。
無数の矢が地面を射て跳ね返される音が鳴り始めた。
「「………………」」
まるで雨のように降り注ぐ矢を見て、思わず絶句する私とナッチ。
……あと一瞬でも遅れていれば…………私は先程の想像の通りになっていたかもしれない。
そう考えると、全身にゾワッと鳥肌が立つ。
「「………………」」
私とナッチの沈黙は続く。
無数の矢といえど、流石にこの移動砲台を壊して私達を襲う事は無い。……そうとは知っていれども、恐怖心は消えない。
しゃがんだ身体の全身が、ドックドックと小刻みに揺れる感覚。
1秒がとても長い……————
すると。
「弓撃部隊、曲射止めッ!」
鳴り止まない矢の雨音の中、うっすらと聞こえた赤鬼の声。
その後、程無くして……矢の雨は急に降り止んだ。
「ガーッハッハッハッハッハッハ! 流石だ門番共! 弓撃部隊アイビィ・アーチャーの的確な射撃からも難を逃れるとは…………!!」
赤鬼の声を聞き、砲台の下から恐る恐る顔を出すと。
「覚悟も有り、機転も利き……やはり殺すのには勿体無い! 勿体無さすぎるぞォ!!」
本日一番の高笑いと共に、赤鬼は上機嫌で叫んでいた。
……彼の言葉が偽りでない事は、あの表情を見れば言うまでもない。
敵ながら、私達の生存を本気で喜んでいるようだった。
……しかし、それでも奴は私達の敵。
それに変わりは無い。
「だがッ! 必死で矢を躱す間に、貴殿らが守るハズ門は無くなってしまったぞ!! ガーッハッハ!!」
「「「「何ッ!?」」」」
赤鬼の台詞に驚きつつも、外壁上から顔を出して西門を覗き込むと……————
「門が……無ぇ!?」
「どこ行ったんだ!?」
数分前までそこに有り、固く閉ざされていた筈の鋼鉄の門は…………無くなっていた。
「違う…………融かし切られてしまったのだ!」
「クソォッ! あのアホみてぇに堅い門が……ッ!」
「融かされちゃオシマイかー……」
いや。
門番長の言う通り、厳密には門は融かされて煮えたぎるスライムと化していた。
門が有った筈の場所に横たわる、白煙を上げて赤熱するドロドロの物体が何よりの証拠だった。
そんなドロドロの鉄も、猫の魔物が繰り出す【氷系統魔法】に冷やされて半ば鉄の塊になっている。
「ガーッハッハッハ! 吾々の魔撃部隊を以ってすれば、分厚い鋼鉄も一瞬で鉄屑だな!!」
「「「「……」」」」
何も言い返せない。
だが。
門を破られた、という事は……————
「おっ、反対側が見えるぞ! ガーッハッハ! フーリエは随分と守りの弱い街だな!!」
「…………はッ!?」
しゃがんで門の奥を覗き込む、赤鬼。
……鋼鉄の門が破られた、という事は……西門は単なる『魔物受け入れ口』。
もう……奴らを抑える物は無くなってしまった!
「それでは……侵攻部隊、作戦通りフーリエを暴れ散らすのだ!!!」
「「「「「オオォォォォォォォ!!!」」」」」
赤鬼の号令が掛かるや否や『待ってました』とばかりに沸き上がる、熊と狼の魔物。
役目を終えた猫の魔物と草人形は左右に散り、後ろから続々と熊と狼が出て来る。
「も、門番長! このままでは魔物がフーリエに————
「大丈夫だ、ジャール」
熊と狼が門へと迫る。
「早く魔物を止めないと————
「だから大丈夫だ」
先頭の狼が門に到達し、トンネル状の西門へと入っていく。
「……ふっ、フーリエが————
「落ち着けジャールッ!!!」
門番長の一喝が飛び、ふと我に返る私。
「……っ」
「大丈夫だジャール。直に来る」
「……来るって、何が……――――
焦る私に、門番長は言った。
「セジン爺の『閉塞』だ」
……へっ、閉塞……?
私がそう思ったのと、同時。
私達の足元にある、西門から。
外壁をトンネル状にくり抜いて作られた、西門から。
ザアアアアアアァァァァァァァッ!!!
轟音と地響きが、西門一帯を襲った。
外壁から乗り出し、西門を見ると。
「……ハッハハ! 間に合ったな、セジン爺!」
トンネル状になった西門の入口、そこから砂煙がモクモクと上がっていた。
砂煙に覆われ、何が起きているのかまだ分からない。
「何が起きたんですか、門番長!?」
「ジャール、これがフーリエ最後の砦……『閉塞』だ!」
「『閉塞』…………?」
閉塞と言われても、如何なるものか想像すら出来なかったのだが…………砂煙が晴れると、その正体が露わになった。
「……すっ、砂!?」
「そうだ」
トンネル状になっている西門、その入口は――――砂で満たされていた。
「トンネルの中を砂で充満させ、門を丸ごと閉じる……それがフーリエ最後の砦、『閉塞』だ」
「…………」
「既にトンネルの中だった魔物共は今頃、砂の中でもがき窒息でもしている所だろう」
……知らなかった。
そんな最終兵器が、この西門に備わっていたとは。
「……なあっ!?」
これに驚いたのは、どうやら私だけではなかったらしい。
守りの皆無だった筈の西門が突然塞がれ、目を丸くする赤鬼。奴もこの存在には驚きを隠せなかったようだ。
……ともかく、トンネル状の西門を塞いでしまった。
魔王軍も、これならそう簡単には攻略できない筈である。
これで暫くは時間も稼げたし、如何にフーリエを守るか対策を練らねば。
と、思ったのだが。
「……ガーッハッハッハッハ!!! 凄い、これは凄いぞ!!」
赤鬼が腕を組みつつ、高笑いを上げると。
「やるではないか、フーリエ!! ……これはもしや、早速吾輩の出る幕が来たようだな」
そう言い、組んでいた腕を解き。
金棒を足元に置き、西門に向かってゆっくりと歩き出した。
「侵攻部隊、一度下がれ。吾輩に任せるのだ」
今までとは異なる、静かで深い声。
その命令が下されると。
砂の溢れ出す門を前にタジロいでいた狼と熊の魔物は、左右に散らばる。
「……さて、『白衣の勇者』の前の準備体操といくか!」
何か独り言を呟きつつ、左右に並ぶ魔物の間を悠々と歩く赤鬼。
左手を右肩に当て、大木の如き右腕をグルングルンと回す。
「……久し振りであるな、この技を使うのも」
そんな肩慣らしをしながら門へと歩み寄り、溢れる砂の前に立ち止まる赤鬼。
すると。
「……お前ら、少し下がってろ。余波で死ぬぞ」
周囲の魔物に、赤鬼が告げる。
途端、ザザッと赤鬼から距離を取る魔物。
それを確認すると。
赤鬼は目を瞑り、深く深呼吸し。
膝を曲げ、腰を下ろし。
左掌を、砂の溢れる西門に向け。
右手を固く握り、右肩と右肘をグッと引き――――
拳を、放った。
「…………【鬼直拳】ンンンンッ!!!」
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