15-3. 酸欠
「魔王軍の、侵攻が…………始まった……ッ!!!」
砂漠を埋め尽くさんとばかりの魔物達を前にし、身体がガクガクと震える。
頭が真っ白になり、何も考えられない。
身体が言う事を聞いてくれない。
眼は群勢に釘付けになったまま、動いてくれない。
開いた口も塞がらないが、そんな事は気にもならない。
そんな中、思考停止した筈の脳がある『イメージ』を脳裏に映し出す。
「……ハッ!!」
それは…………ボロボロに壊滅させられたフーリエだった。
西門は無残にも破られ、建物は跡形もなく粉々に粉砕。
さっき見たような黒煙が市街地の至る所から立ち上り、港に停泊する船は一隻残らず爆破。
もはや廃墟とも言えない、『残骸』と化したフーリエが私の眼前に広がっていた。
「……ふっ……フーリエが…………ッ!」
私自身の脳が創り出しただけの想像とはいえ、リアル過ぎる『イメージ』に鳥肌が止まらない。
もしこの数の魔物がフーリエに押し入ってきたら……この想像が現実になりかねない……ッ!
「駄目だ…………そんなぁッ!」
……そっ……そんな事、魔物なんかにさせてはならない!
何とかしなければァッ!!
「……っ」
まだ回転の鈍っている頭が、半ば本能的に私の身体を動かす。
右手をズボンの右ポケットに突っ込み、右手の感覚を頼りに目的の物を手探る。
…………有った、コレだ。
この円筒型に、この金属の触感……、間違いない。
ポケットから取り出し、視認もせずそのまま口元に持っていき。
それの吹き口を差し込み、前歯でガッチリ噛み。
円筒型の部分を人差し指と親指でしっかりとつまみながら、息を深く吸って――――
ピイイィィィィィィィッ!!!
ホイッスルを、思いっきり吹いた。
ピイイィィィィィィィッ!!!
肺の空気が無くなると、もう一度息を深く吸って吹き続ける。
この金属製ホイッスルは、フーリエの門番なら全員持っている。非常事態が起きた時、救援の門番を呼ぶために使う道具だ。
これを聞いた門番はすぐさま音の鳴る方へ駆けつける事になっており、一度ホイッスルを吹けばどこからともなく門番がゾロゾロとやって来る。
日中ならば。
……だが、今はまだ夜明け。
門番の出勤時刻まではまだ有り、普段ならまだ誰も出勤していない。
……つまり、ホイッスルを吹いたところで誰も救援に来てくれないかもしれない。
……そんな事は分かっている。
けれど。
ピイイィィィィィィィッ!!!
「……頼むッ、誰か来てくれッ!」
仲間の門番の耳にホイッスルの音が届く事を信じて、笛を吹き続けた。
ピイイィィィィィィィッ!!!
ピイイィィィィィィィッ!!!
外壁の下から魔物達がザワザワ言っているが、ホイッスルの音で掻き消えて聞こえない。
ピイイィィィィィィィッ!!!
ピイイィィィィィィィッ!!!
次第に嘲笑も聞こえ始めたが、それも気にしない。
ピイイィィィィィィィッ!!!
ピイイィィィィィィィッ!!!
私1人では、この数相手にできない!
とにかく……とにかく、誰か助けを呼ばなければッ!
だが。
ピイイィィィィィィッ!!
ピイイィィィィッ!
「ハァッ……、ハァッ……」
ここにきて頭がクラクラして来た。
……くッ、酸欠かッ……!
ピイイィィィッ……
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」
口元に力が入って来なくなり、気を抜けば後傾しそうになる。
……いや、まだ倒れられない。誰かに笛の音を届けなければ、フーリエが……。
ピィィィィィ…………
「……ハァッ、ハァッ、…………」
だが、そうは分かっていても意識が遠のいてくる。
息も切れ切れになり、笛の勢いも無くなる。
そして。
ピィィ――――
うぅっ。駄目だ、意識が…………。
身体が後ろに倒れる感覚と共に、視界が明るむ空へと移っていき。
私の意識は、笛の音と共に消えていった。
パサッ
「ぃよっと」
……はッ。
一瞬の失神を経て背中に感じたのは、地面にぶつかる衝撃…………ではなく、ブッ倒れる私を優しく受け止めてくれる腕のような感覚だった。
「おいおい大丈夫かよ、ジャール?」
と同時、聞き慣れた声が私の名前を呼ぶ。
……酸欠気味でボーっとした意識の中、眼を開くと。
「……てっ、テイン……!?」
私と同じ西門門番の同僚、テインが私の顔を覗き込んでいた。
……どうやら、ブッ倒れる私を支えてくれたのはテインだったようだ。
「…………テイン、来てくれたのか…………」
「あぁ」
テインの顔を見て、途端に安堵を覚える。
……良かった。私の笛が、テインに……届いたッ……!
……ハッ! そうだ、安心している場合じゃない!
未だに酸素不足に陥っている脳を必死に動かし、現状をテインに伝える。
「テイン、非常事態だ――――
「見たよ。何処の群勢かは分からないけど、西門が包囲されてるって事だよな?」
「……ああ。だが、私達2人じゃ、あの数の魔物は到底相手に出来な――――
「大丈夫だ、ジャール。門番の先輩達がさっき続々と出勤して来てたからな」
「……ッ!!」
テインから聞かされた朗報に、酸欠気味だった脳がスッキリと晴れるような感覚を覚える。
「……本当かッ!?」
「勿論! 先輩方も直に応援に来てくれるハズだ!」
……良しッ!
私とテインの2人のみならず、ベテラン揃いの先輩方が来てくれるのなら……あの数の相手も抑えられるかもしれない!
とにかく……非常事態のホイッスルが、皆に届いて良かった。
敵は眼前に居るとはいえ……応援が来るという事実に、今度こそ一安心した。




