15-2. 楽観
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ドオオォォォォォォォンッ!!!
「…………うぉぁッ!?」
突然の爆音に目が覚め、上半身をガバッと持ち上げる。
……寝ぼけた目に映るのは、明るくなり始めた空。
それと、私が今まで横たわっていた外壁上の地面。
「……し、しまったッ!」
その光景を見て直ぐに気付いた。
……眠気に耐え切れず、見張りをサボってつい居眠りを……ッ!
マズい……これはマズいぞ…………。あれから1ヶ月も経ってないのに、再び領主様に叱られる……。
あぁ…………一体、何と言い訳をすれば――――
……そっ、それより!
「何だ今の爆音は!!」
立ち上がり、爆音が聞こえた真後ろを振り向くと。
日の出が近づき、オレンジ色に輝きつつある東の空。
その下に広がる、海。
その海のド真ん中で。
「…………ふっ……船が爆発!?」
漁船らしき影が、黒い煙を上げながら燃えていた。
……あまりにも突然で非日常的な光景に、全身の鳥肌が立つ。
「…………事故か!?」
大量の船が所属するフーリエにおいて、船の事故は付き物。
船同士が衝突したり、転覆や遭難、船に積んだ魔道エンジンが爆発したりすると言った事故は偶に聞く。
……けれど、さっきみたいな物凄い爆音を上げたり、あそこまで黒煙が上がるような事はまず無い。
となると、あの漁船には一体何が起こったんだ……?
……まさか、私が居眠りした所為で…………ッ!?
そのせいで、もし居眠りがバレたりなんかしたらッ…………!!
そう考えた途端、背中を冷たい汗が流れる――――
……いやいや、そんな訳は無いか。
私は『西門の見張り番』。王都方面からやって来る速達馬車や閉門に間に合わなかった冒険者のために立っているのだ。
市街地を挟んで正反対にあるフーリエ東の海とは、全くと言って良いくらい関係は無い。
そう考えれば、あの爆発事故のせいで私の居眠りがバレる事も無い筈だ。
私が居眠りしていた所為であんな事故が起こるだなんて……馬鹿げている。どうやったらそういう風に繋がるんだか。
「……大丈夫だ、バレないバレない」
そう自分に言い聞かせ、ドキドキしていた心臓を落ち着かせる。
……まさか『見張り』を見張るような馬鹿な事をする人も居ないだろうし、私の居眠りがバレる理由は思い当たらない。
私が自首でもしない限り、居眠りはバレない筈だ。
決して居眠りはバレないし、何の問題も無かった。
居眠りはバレないし、何の問題も無かった。
大丈夫、大丈夫。
海難事故はそちらの専門家に任せて、私は西門の警備に徹しよう。
さて。
気持ちも落ち着いたし、心拍も戻った。
それなりに寝たからか、頭もスッキリ。眠気も吹っ飛んだ。
懐中時計を取り出して見れば、現在時刻は5時21分。
日の出も近いし、午前6時の開門の時刻まではもう少しだ。
「あと40分間だな」
せめて最後ぐらいは見張りをこなして夜勤を終えよう。
私だって、門番としてのプライドはそれなりに持っている。
……あの船の漁師さんにはご冥福をお祈りしつつ、海からフーリエ砂漠の方へと身体を向けると。
「よしっ、見張りもラストスパートだ――――
「……えっ………………」
思わず、気の抜けた声が漏れる。
普段なら、何も無い筈のフーリエ砂漠。
私の真下にある西門から真っ直ぐに伸びる東街道を除いて、文字通り何も無い筈の砂漠。
だが、今そこには。
「…………うっ、……嘘だろ……」
まるで砂漠の砂も見えなくなる程の『群れ』が、私の眼下を一杯に埋め尽くしていた。
手前は外壁の真下から、奥は『群れ』の端が分からなくなる程まで、無数の魔物に西門を包囲されている。
「……あっ、『人間』が現れたわよぉ!」
『群れ』の何処からともなく聞こえる、女らしき声。
それが聞こえた瞬間。
数えきれない程の狼が、とんがり帽子を被った猫が。
武器を持った熊が、鷹のような鳥が。
謎の草人形が、木製の巨大兵が。
「「「「「「おぉぉぉ!!!」」」」」」
一斉に私に注目し、『群れ』が歓声を上げた。
……まるで衝撃波のような歓声を全身で浴び、思わず尻餅を突きそうになる。
「どこだどこだ? どこに居ンだよ!」
「門の上部だ。……熊共よ、立っている『人間』が見えぬか?」
「あっ、居た居た!」
「熊共、覚えておくと良い。魔王様の理想のために討伐する『人間』、それが彼奴らだ」
「俺、初めて『人間』ッて奴を見たぜ!」
『群れ』の其処彼処から声が聞こえてくる。
……が、信じられない光景を前にして内容が頭に入って来ない。
「俺もだ。…………なんか猿みてェだ!」
「そうねぇ。アタシ達とは違って、毛の無いサルちゃんみたぁい!」
「果たして我らの如き毛皮を持たず……凍え死なないのであろうか?」
「もし俺らハンマーベアが毛皮を丸々剥がれちャ……一瞬で凍死だな!」
「とりあェず、あの猿共を殺しャあ良いんだな!」
「左様、熊共。我ら侵攻部隊は『人間』を殺して回れば良いのだ」
「おぅ、分かッたぜ!」
会話が進んでいくにつれ、次第にテンションを上げていく『群れ』。
「…………うっ」
いやいやいやいや、何だこれは。
誰なんだ、この『群れ』は。
この『群れ』の数、一晩でどうやって。
何が起こっているのか理解出来ない。
この『群れ』は幻か? 私は夢か幻でも見ているのか?
……いや、そんな事は無い。私の目は醒めているし、現実だ。
となると、この『群れ』は魔物の急襲か?
……いや、それも無い。砂漠に棲むブローリザードの群勢ならともかく、砂漠には棲んでいない狼や猫、熊の魔物が襲ってくるのは異常だ。
ましてや、乾燥する砂漠地帯では草人形なんて無縁の筈。
だとしたら、この『群れ』はどこぞの国が嗾けてきた軍隊か?
……いや、そんな事は無い。他国の軍隊が攻め入って来るなら、事前に宣戦布告が有る筈。
その上、外から王国に攻め入るには『魔王』が居る王国南の森を通って来なければ――――
「……ぁぁっ…………あぁぁっ…………」
その時、私は閃いてしまった。
この『群れ』が、一体何者なのか。
この『群れ』が、どこの軍なのか。
全て合点がいってしまった。
「まっ……まさかッ、…………この軍勢って…………」
それが分かると同時、外壁の下から聞こえてくる『群れ』の――――『魔王軍』の騒めきも耳に入らくなる。
全身がガクガクと震え、恐怖でブワッと鳥肌が立ち、心拍数がバクバクと急上昇する。
……この瞬間がいずれ来るって事は、分かっていた。
……このティマクス王国にも、いずれは隣の帝国と同じようになる事は分かっていた。
……けれど、その時はまだまだ先だと思っていた。
……ただ楽観していたのかもしれない。けど、こんなにも早く、突然にやって来るなんて思いもしなかった。
……信じられない。
……いや、信じたくもない。
……けれど、今現実に起きてしまった。
……こっ、この……王国にも…………――――
「魔王軍の、侵攻が…………始まった……ッ!!!」




