15-1. 夜勤
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赤髪の少女御一行を誤認逮捕し、その上投獄するという大失態を犯した日から約1ヶ月。
陽はまだ昇らず、空も未だ明るみを帯びない未明。
「……ふゎああぁぁぁぁ」
外壁の上から独りフーリエ砂漠を眺めつつ、座って大欠伸をする。
新月であるため月明りも無く、今日のフーリエ砂漠は特に真っ暗。
目を一杯に見開いて眺めても、外壁の上から見えるのは普段と変わらないフーリエ砂漠の景色。
耳に入る音も、普段と変わらない夜風の音のみ。
……今日も全く変わりない。
「…………夜勤の見張りが一番ダルいんだよなー……」
そんな静かな砂漠に向かって呟く。
私は現在、門番の仕事の一つである『夜間の見張り』中だ。
フーリエでは夜間に門を閉じて出入りを止め、魔物や盗賊が入って来ないようにしている。
とはいえ、夜閉じたら日の出まで閉じっぱなしという訳にはいかない。夜の閉門までに帰って来れなかった冒険者や、大至急の荷物を携えた早馬商人が到着した際には特別に開門する事も有る。
そんな時のために、毎晩1人の門番が日替わりで見張りを行っているのだ。
……しかし、この『夜勤』は私達門番からすればしんどい仕事として有名になっている。
夜9時の閉門から朝6時の開門まで、一睡もせずに独りで見張りを行わなければならないのだ。
とはいえ、食料や飲み物は持ち込め、見張り中には適宜休憩も許されている。夜勤の特別手当も出るし、翌日は必ず休日。
待遇は決して悪くない。
……では、なぜ夜勤がしんどいのか。
その答えは……『見張りに無関係な私物』の持ち込みが許されていないからだ。
ボードゲームは勿論、本や照明といった私物は全部禁止。持ち込んでいいのは飲食物や防寒具だけ。
つまり……夜勤の9時間、独りぼっち。話し相手も居ない。暇潰しアイテムも無い。寝ても駄目。
そんな中でせいぜい出来る『暇つぶし』といえば、食事を楽しむか、星空を眺めるか、それとも頭の中で何かを考えるかくらいだ。
そんな憂鬱な見張りの番が、ついに今晩私に回って来てしまったのだ。
見張りをしようにも、何一つ変わらない砂漠の景色にすぐ飽き。
星空を眺めてみようにも、ロクに星座の知識も無い私には面白みも無く。
そういや月は何処だと探しても、新月だからか全く見当たらない。
グゥゥゥゥゥッ……
「……腹も減ったぁ…………」
食料という名の切札は、日付が変わった頃に早々使ってしまった。
計画性も無く食料を食べた私を、腹の虫が嘲笑うかのように鳴き声を上げる。
何か考え事をしようにも、空腹感と疲労感で頭が回らない。
……そして本来の仕事に戻ってみても、変わりもない景色にすぐ飽き。
星空を見上げてみたところで、何の面白みも無く………………といったループを、先程から延々と繰り返している。
「ハァ、早く家に帰りたい……」
もうそろそろ陽も昇って来ても良い時間ではだろうか……。
胡坐を掻きつつ、若干の期待と共に懐中時計を取り出して見ると。
「2時3分…………、まだ5時間しか経ってないのか」
まさかの2時過ぎだった。……もうそろそろ夜明けかとも思ったのに。
予想外に時間が進んでいなかった事に意気消沈する。
「まだ6時間……って事は、あと4時間も残ってるのかー…………」
残りの夜勤の長さを痛感して項垂れ、目を瞑る。
「……あー、駄目だ。眠いっ…………」
目を瞑るや否や、急に襲ってくる眠気。
私が現在戦っていた『空腹』『暇』という敵軍に、新たに『眠気』が加わる。
……私と敵軍とのパワーバランスが一気に敵軍に傾く。
…………空腹軍と暇軍ならギリギリ抑えられていた敵勢も、眠気軍が入られたら抑えきれない。
…………私と敵勢の均衡が崩れ、敵勢に一気に攻め込まれる私。
………………ううっ。食料も使い果たしてしまった私には、籠城戦も出来ない。
………………一体、私は彼ら敵軍とどう戦えば――――
ビクッ!
「………………ハッ」
しまった、座ったまま眠ってしまった。
……眠気で正気が保てず、私自身でも訳の分からない事を考え始めている。
「……いや、駄目だ駄目だ」
しかし、万一居眠りがバレたりしたら領主様に今度は何と怒られるだろう……。
頭をブンブンと振り、眠い目を擦って眠気に抗う————
「………………んっ」
のだが、目を擦りながらも一瞬意識を失ってしまった。
…………あー……駄目だ、これは……。
頭では分かっている……のだが、どう……しても眠気が………――――
そう思ったのを最後に、私の意識は途切れた。
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同日、午前5時12分。
まだ陽も昇らず、真っ暗な港。
沢山の船が係留されている中、俺ら3人は一番乗りで漁に出る準備をしている。
「おい、遅ぇぞ若造共!」
「ちょっと待って下さいよ、大将!」
「大将の出港準備が異常に速いんですって!」
俺の声と情け無ぇ若造2人の泣き言が、夜明け前の港に響く。
「そんな出港準備に時間が掛かってちゃ、折角の魚も逃がしちまうぞ!」
錨を上げつつ、未だに船の準備をしている若造共の船に向かって声を掛ける。
「それは分かってますけど!」
「どうやったら大将みたいに早く準備できるんですか!?」
「んなモン、経験だ経験! 手前ぇらも一流の『漁獲商人』を目指すんなら、文句言って無ぇで手ぇ動かしやがれ!」
「「……はーい…………」」
若造共のひ弱な返事を聞き、漁船の魔道エンジンのスイッチを点ける。
ブゥゥゥゥゥゥゥゥン…………
漁船が小刻みに震え、エンジンの重低音が港に響き始める。
……よっしゃ、今日も俺の漁船の調子は最高だ。
長年乗り続けてきた『相棒』、今日もいつも通り頼むぜ。
俺が釣ってきた魚を笑顔で食ってくれる嫁、娘、息子…………それと、王国中の野郎と嬢ちゃん方の為に。
……よし、準備完了!
「俺は先に出るぞ若造共! いつものポイントで先に漁を始めてっからな!」
「はーい!」
「大将もお気をつけてー!」
……全く、手前ぇらに『気を付けて』なんか言われて堪るか。
ベテランの俺に言う前に、まず手前ぇらが気を付けやがれってんだ。
「……仕方ねぇ奴らだ」
そう呟き、俺は相棒と共にいつも通り漁に出た。
ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥン…………
「…………」
船の一隻も浮かんでいない夜明け前の海を、魔道エンジンの音と共に沖に向けて進む。
沖に向かうにつれ、空も薄っすらと白み始める。
「……この時間が最高なんだよな」
俺を邪魔する者は誰も居ねぇ。
誰かに漁を邪魔される事も無ぇ。
俺の絶好の漁場を若造共と3人で囲むんなら、やっぱりこの時間じゃねぇとな。
……おっ、若造共と言えば。
そろそろ追いついて来やがってもおかしく無ぇんだが…………。
「…………まだか」
後ろを振り返るが、若造共の船はまだ見えねぇ。
……チッ、出力も普段の半分まで抑えてるってのに。奴らは一体いつまでノロノロ準備してんだ。ひよっ子共め。
そんな事を考えつつ、顔を前へと向けると。
「……ん?」
海上に黒い『何か』が浮かんでいる。
「何だありゃ?」
水面上に上半分を出してゆらゆら浮かぶ、黒くて丸い『何か』。……長年俺は漁師やってるが、あんなモンは見た事無ぇ。
船に取り付けてある魔道レーダーを確認。
このレーダーなら他人の船や落し物、魚を感知してモニターに表してくれるハズなんだが…………。
「……モニターに映らねぇ、だと?」
『何か』は徐々に俺の船へと近づいて来てるんだが、そんな影はモニターには映らない。
レーダーがイカれちまったか?
……だが、周囲の魚は映っていやがる。故障してるって訳じゃ無いようだ。
……そうなりゃあ、やる事は1つ。
「俺が直接確かめてやらぁ!」
操縦席を離れ、船首へと向かう。
「何でも掛かって来やがれ!」
船首に足を掛け、もう直ぐぶつかるって所まで近づいて来た『何か』を視界に収め。
「【鑑定】ッ!」
『何か』を直接確かめてやった。
ピッ
「さあ、誰なんだ手前ぇは……?」
この歳になっても衰えねぇ好奇心と共に、目の前に現れたメッセージウィンドウに目をやると。
===【鑑定】結果========
機雷
製造者:不明
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「……きっ……!?」
『何か』が何であるか知ると共に、嫌な汗が全身からドッと吹き出す感覚。
そう思ったのも、束の間。
カッ————
俺の船を目前にして、機雷が突然白い光を放った。
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