15-0-5. 『フーリエ包囲作戦・出撃編』
フーリエ包囲作戦、7日前。
頭上には、雲一つない青空が広がる。
まるで、我ら第三軍団を送り出すかのように。
「ガーッハッハッハッハ! セットよ、遂に『この日』を迎えたな!」
「はい、軍団長」
普段よりも上機嫌で高笑いを上げるのは、私の隣に立つ軍団長。
城の外壁の上で2人並び、準備を進める第三軍団の魔物達を見守っている。
私が退院してから、6日が経った今朝。
遂にこの日が……『出撃日』が来た。
準備の遅れも6日間でなんとか取り戻し、懸念されていた出撃日の延期も回避。
道具や武器の作成も終え、訓練も一通り済ませた。あとは荷物を荷車に積み込めば出撃準備は完了する。
ここまでは予定通りだ。
残る予定は、『1週間掛けてフーリエに行軍する事』、そして『作戦通りに”白衣の勇者”を討伐する』事だけだ。
「流石は我らが軍団の頭脳、セットだな!」
「いえ、そんな事は有りません。軍団長をはじめ、軍団の皆が協力してくれたお陰です」
「ガーッハッハ、謙遜するなセットよ! 如何に貴殿の存在が重要か、この準備期間を通して身に染みる程知らしめられたぞ!」
「……でしょうね、軍団長」
「ああ!」
これを機に、指揮官の大変さも知って欲しい。
サボり症であったり気性が荒かったりという魔物を纏めるのは本当に大変なのだ。
「……貴殿の居らぬ間に、吾輩は思ったのだ。セットよ…………」
すると、軍団長は遠い目をして呟く。
……私の入院中に、何か有ったのだろうか。特段何か有ったという情報は聞いていないが。
…………もしや、指揮官の苦労を思い知ってくれたのか?
「何でしょう?」
「…………貴殿の居ない第三軍団など、単なる『筋肉の塊』だとな! ガーッハッハッハッハッハ!」
「……」
今更ですか?
良い返答を期待した私が馬鹿だった。
「いや、そもそも……サボって働きもしない奴らばかりだったな! もはや『肉の塊』だ! ガーッハッハッハッハ!」
「……」
……全く、私が居ないと本当にどうしようもないのだな。第三軍団は。
「……さて、最後の準備はどうなっているだろうか……」
高笑いが止まらない軍団長は放っておきつつ、準備の進行具合を確認する。
外壁の上から仮面越しに中庭を俯瞰すれば、そこにあるのは堆く積まれた木箱の山。
第三軍団の魔物達が何日も掛けて作った、武器や道具が大量に詰められた木箱だ。
「ぅおりャっ!」
「ぁアらょっ!」
「ぃよっこらセっ!」
「ぉラよっと!」
ハンマーベアがその木箱を次々と持ち上げ、中庭にズラリと停められた台車に積み込む姿が見える。
「森狼、2列縦隊!」
「「「「「ハッ!!!」」」」」
「各荷車に2頭ずつ付き、各個発車準備!」
「「「「「ハッ!!!」」」」」
そんな荷車の周りを、号令とともに2列で行進するフォレストウルフ。
ズラリと並ぶ荷車のハンドル部分に、続々と2頭ずつ収まって行く。
「……荷車は大丈夫そうだ」
ハンマーベアとフォレストウルフの喧嘩も発生しておらず、問題は無さそうだ。
着々と準備が進む中庭から視線を外し、魔王城の門へと目をやると。
「マジカルキャッツのみんなぁ! 分かってると思うけど、ちゃんと今の内に魔力を溜めておきなさい!」
「人間の【探知魔法】に引っ掛かるかどうかは、アタシ達の魔法に掛かってるんだからねぇ!」
「「「「「はーい!!!」」」」」
「人間の【広域探知】を掻い潜って、絶対バレずにフーリエまで行軍するのよぉ!」
「「「「「はーい!!!」」」」」
マジックキャット部隊・通称『マジカルキャッツ』が皆揃って俯き、集中。
第三軍団を丸ごと囲む『隠密魔法』を展開するため、魔力を溜めている。
その隣では、ウッドディアー達がコンコンと角を打ち付け会っている。
……多少耳障りにも思うが、お互いを鼓舞しているのなら構わない。寧ろ歓迎だ。
その隣では、大量のウッドゴーレムがドミノの如く所狭しと立ち並ぶ。
……誰か1体でもバランスを崩せば総倒れだが、そんな事は心配無用。
魔王軍の自動操縦技術は、人間共の言う『技術大国・帝国』でさえ追いつかない。
その隣では、トランスホークを肩に乗せた蔦の棒人間アイビィ・アーチャーが軍隊の如くピシッと整列。
アイビィもホークも喋る事こそ無かれど、『準備完了』と言う想いが行動から伝わってくる。
……ハンマーベア達には、是非ともこの姿勢を学んで欲しいものだ。
そうだ。指揮官権限を使ってベアをアイビィの下に付けるか。
………………駄目だ。そんな事をすればベアが暴徒化する。
それこそ半日で第三軍団がペッシャンコだ。
……まあ、ベアの件は今度考えるとしよう。
「セットよ、奴らの準備はどうだ?! あとどのくらいで出撃できそうか?!」
進み具合を粗方把握した所で、軍団長が話しかけて来た。
『出撃が今にも待ちきれんぞ!』と言わんばかりの落ち着きの無さだ。
「…………あと20分、と言ったところでしょうか。中庭に積まれた箱の山が無くなったら、いよいよ出発です」
「おお、分かった! もう少しだな!」
鼻息をフンフン言わせて中庭の木箱の山に目を釘付けにする団長。
……軍団長たるもの、もう少し落ち着いて頂きたい。
「はい。……ですので、軍団長は此方でもう少々お待ち下さい」
「了解したぞ、セットよ! ……あっ、どうせなら吾輩も木箱の積み込みに――――
「駄目です」
だからもう少し落ち着きを持ってくれ、軍団長……っ!
その後も暫く、軍団長は中庭を一点凝視。
左膝の貧乏ゆすりは止まらず、中庭を見つめる目も見開きっぱなし。
『早く運ぶのだハンマーベアよ!』という呟きも何度聞いた事か。
……しかし、そんな軍団長にも落ち着きを取り戻す時が来た。
「……失礼致す。軍団長殿、指揮官殿」
「おおっ、来たなフォレストウルフよ!」
中庭に積まれた木箱が無くなるのと同時、外壁に上ってきたのはフォレストウルフの部隊長。
彼とは事前に、全ての準備が完了した時に私達を呼びに来るよう打ち合わせていたのだ。
……つまり、彼が来たという事は……。
「準備が終わったんだな」
「左様です、指揮官殿」
「そうかそうか! それは重畳! さあ、下に降りるぞセットよ!」
準備完了を知るなり、外壁から降りる階段に向かって走り出す軍団長。
……あのはしゃぎ具合、背中が大きいだけの子どもにしか見えない。
「はい」
「お前も一緒に降りるぞ、ウルフよ! さあ出撃だ出撃!」
「承知致した、軍団長殿」
……ドスドスドスと音を立てて駆ける軍団長の背中を追い、私とフォレストウルフも階段に向かった。
外壁から階段を下り、地上に降り立つ。
軍団長と共に行列の先頭に立ち、皆の方を振り向くと。
そこには。
「おお! 凄い数だな!」
「おぉ……」
完全に準備を済ませた第三軍団の総員が、列を為して待機していた。
私と軍団長の目前に広がるのは、右にも左にも、そして奥は中庭までズラリと並ぶ軍団。
その数、締めて10万。
手前から順に、トランスホークを肩に乗せたアイビィ・アーチャー、マジックキャッツを背中に乗せたウッドディアー、ハンマーベア、フォレストウルフが曳く荷車、そして最後尾に並ぶのは巨体・ウッドゴーレム。
アイビィはともかく、その後ろのディアーも、協調性ゼロの筈であるハンマーベアーでさえも……整然と並んでいた。
……ただただ壮観だ。
「なあ、セットよ! ……第三軍団にはこんなにも沢山の魔物が所属していたのか?」
「そのようですね」
……グワッと目を見開いて驚きつつも、ニヤッと牙を出し笑みを浮かべる軍団長。
軍団長も、これ程の数の魔物が居た事は把握していなかったようだ。
……っと。
感動している場合ではない。
折角、第三軍団の魔物達が急いで準備したのだ。
一刻も早く『白衣の勇者』を討伐するため、出撃せねば。
「それでは、団長。出撃しましょう」
「ああ、そうだな!」
驚きと感動でフリーズする軍団長に声を掛けると、軍団長は目を閉じて深呼吸。
……そのまま、数瞬の後。
目を開き。
叫んだ。
「ぅお前らァァァァァァァッ!!!」
腹の底が震えるような、ただただ低くて大きい声。
魔王城の建物に反射し、城中に軍団長の声がこだまする。
「「「「「「ハッ!!!」」」」」」
その直後、目の前から返ってくる10万の返答。
思わず仰け反りそうになる。
「準備は良いかァァァァァァッ?!!」
「「「「「「ハッ!!!」」」」」」
軍団長の掛け声と共に、第三軍団のテンションが急上昇する。
「目標は『白衣の勇者』ッ! 首を刈れッ! 燃やし尽くせッ! 喰い千切れッ! 跡形も無く潰せッ! 何として奴を殺すのだァァッ!!!」
「「「「「「ハッ!!!」」」」」」
次々と武器を手に取る、軍団。
「全てはッ…………!」
「「「「「魔王様の理想のためにィィィィィッ!!!」」」」」
「開門ッ! 第三軍団、出撃ィィィィィィィッ!!!」
「「「「「ゥオオオオオォォォォォォォォッ!!!」」」」」
ガガガっと開いていく門と共に。
軍団長と私を先頭に、総勢10万の軍がフーリエに向けて駆け出した。
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この1週間後。
港町・フーリエに於いて、王国と魔王軍は初の本格的な接触。
王都・南門襲撃事件、テイラー・迷宮奇襲事件に次ぐ、王国史に残る第3の事件が勃発した。




