15-0-2. 『フーリエ包囲作戦・確認編』
「作戦の詳細を、君達、部隊長に把握してもらうためだ」
ベッドの周りに座る皆の顔を仮面越しに見ながら、そう言った。
「「「「把握?」」」」
「そうだ。作戦詳細を、改めて皆に説明する」
一斉に首を傾げる、部隊長達。
「作戦の大まかな流れなら、もう聞いたわよぉ」
「左様。各部隊の役割も、指揮官殿直々にご説明頂いた筈だが」
「俺らがもっかい説明を受ける意味有んのかァ?」
「ああ」
彼らの言う事に間違いは無い。
魔王様の『認可』を頂いた翌日から、第三軍団全体で作戦準備を始めた。その際に軍団の全員には『作戦の流れ』と『それぞれの役割』を伝えてある。
「ガーッハッハッハ! 脳筋とは雖も、この吾輩を甘く見るなセットよ! 確か…………『包囲』、『侵攻』、『誘出』、『隔離』、そして『討伐』! この5ステップであったな!」
「その通りです、軍団長」
おお、まさか軍団長が5個のステップを全て覚えていたとは。意外だ。
絶対2個は忘れていると思ったのに。
「……ところでセットよ、『何を"包囲"する』のだ?!」
「…………」
…………感心してしまった私が馬鹿だった。
軍団長、それでは憶えていても意味が無いですよね。
「そういえば『誰を"誘出"するのか』も忘れた! 教えてくれ!」
「あーそうそう。セットさんよォ、『隔離』って何なんだ?」
「……」
憶えても意味が無いのは軍団長だけではなかったようだ。
ハンマーベアにおいては作戦を理解していない。
「……そういう所だ、ベア」
「うっ、うっせェ!」
物覚えの悪い軍団長に、語彙が無さ過ぎて理解が出来ない部隊長。
例え作戦が完璧であっても、その作戦を兵が理解しなければ完璧とは言えない。
この会議は、そのために開いたのだ。
「という事でだ。ベアや軍団長が仰った事も含めて、今から作戦の詳細を説明していく。……準備は良いな?」
そう尋ねると、病室の雰囲気がピンと張る。
……フゥ、やっと説明が始められる。
これだから第三軍団を纏めるのは大変なのだ……。
そんなことを思いつつ、右手に持つ概要の表紙を開いた。
「まず、作戦の目的だ。これは言うまでもないだろうが、『"白衣の勇者"の討伐』だ」
「そんぐらいは覚えとるわァ!」
まさかの説明を始めた一言目から、ベアが突っかかってきた。
「へぇ、意外ね。クマちゃんなら目的も忘れて暴れるのかと思ったんだけどぉ」
「黙れクソ雑魚猫がッ! ペッシャンコにされてェのか?!」
「そんな訳無いじゃない、低能クマちゃん」
……緊張した雰囲気が早速台無しだ。
「なッ……!」
「それにしてもアンタ、いつも『クソ雑魚』と『ペッシャンコ』しか言わないわねぇ。他の脅し文句でも覚えたら?」
「黙れクソ雑っ…………」
「フフフッ」
早くも言いそうになり、慌てて口を閉じるベア。
それを見て嘲笑うキャット。
「まあいいわ。いずれにせよ、やれるモンならやってみなさぁい?」
「手前ェ潰すッ――――
「ガーッハッハッハ! お前ら、やるなら病棟の外でやって来い!」
「「…………」」
……軍団長のお陰で、さっき以上に緊張した雰囲気に戻った。
「続いて、作戦の大まかな流れだ」
「これは軍団長殿が先程仰った通りであるな、指揮官殿?」
「ああ。『包囲』『侵攻』『誘出』『隔離』『討伐』、この5ステップで進める」
そう言いつつ、紙をを捲って作戦の流れを示したページに移る。
「それでは、作戦の詳細な流れを説明しよう………………」
作戦の詳細はこうだ。
その一、『包囲』。
白衣の勇者を逃がさず確実に仕留めるため、滞在中のフーリエを陸・海ともに包囲する。
フーリエの外壁に開けられた3つの門に大量の魔物を配置し、陸路を封鎖。
船による逃走も防ぐため、港回りには機雷を配置して海上も封鎖。
これによって人間の出入りを物理的に止める。
その二、『侵攻』。
人間は街門を閉じて抵抗するだろうが、それを突破してフーリエの街に侵入。
そのまま、街を手当たり次第破壊していく。
王都に潜入中のバリーからの情報によれば、幸いにもフーリエの冒険者の人数が最近急減しているとの事。
人間の抵抗も少ないだろうから、侵攻部隊には街を壊滅させるつもりで暴れてもらう。
その三、『誘出』。
その四、『隔離』。
奴が使う『謎の強化用魔法』、その最も恐るべき所は『我々の敵になり得ない筈の人間でさえ、脅威に作り変えてしまう』点だ。
そしてこの能力は、奴の周囲に仲間が多いほど能力を発揮する。
それ故、我々が白衣の勇者を相手にするには『奴を独りにする事』が必要不可欠。
『侵攻』の過程で奴を見つけ次第、人間の居ない『街の外』へと強制的に引き摺り出す。
最後に、その五『討伐』。
街の外へと引き摺り出した白衣の勇者を大量の魔物で囲い込み、どんな手を使ってでも討伐する。
……指揮官である私がこう言うのもなのだが、奴の討伐には多少の犠牲も覚悟している。
奴も只で死ぬ事は無いだろう。例え単独であれど、奴がどんな反撃をしてくるかは私にも予想できない。
しかし、10万の数を以って『人海戦術』を取れば、確実に奴を仕留められる筈。
「……以上だ。第三軍団の全勢力を注ぎ、白衣の勇者を討伐する」
「承知。……流石は我らが指揮官殿、綿密な作戦であるな」
「ガーッハッハッハ! お前もそう思うだろう、ウルフよ!」
「…………左様」
バシバシとウルフの背中を叩き、高笑いの軍団長。
……ウルフが痛そうな表情を浮かべている。可哀想に。
「お前らもそう思うよな! アイビィ、ホーク、ディアーよ!」
喋れない魔物達も、頷くような仕草で返す。
……彼らは喋れないけれど、我々の言葉はしっかり理解しているようだからな。
脳筋野郎のハンマーベアよりはよっぽど優秀だ。
「フフッ、これなら白衣の勇者もお陀仏ねぇ!」
「ヘッ! 白衣の勇者、地獄送りにしてやらァ! 」
かく言うベアはこんな感じだ。
全く……、どうせ言うのなら、もう少し聞こえないようにしてくれれば良いのだが。
「……何か言ったかしらぁ、クマちゃーん?」
「あァん? 俺は何も言ってねェけど?」
白を切るベア。
「まーたそんな嘘を。聞こえたわよぉ?」
「はァ? 俺に喧嘩売ってンのか手前ェ――――
「…………ハンマーベアよ。吾輩の膝の上に座りたいか?」
軍団長の重低音が病室に響く。
普段の高笑いも無く、笑顔も無い、本気の怒りモードだ。
……久し振りに聞いた。
「「「「「……」」」」」
病室がまるで凍ったかのように、静寂に包まれる。
……叱られてるわけでもないのに、全身に寒気が走った。
「……………………さっ……さァせんしたっ……」
……そんなベアも、プルプルと震えて縮こまるしか無かったようだ。
「ガーッハッハッハ! ではセットよ、続けろ!」
「……分かりました、軍団長」
若干のやりにくさを感じつつも、紙をパラパラと捲って『部隊割り当て』のページに飛ぶ。
「では最後に、各部隊の割り当てを再確認する………………」
今説明した作戦の順に、役割を読み上げる。
包囲部隊:ウッドゴーレム。
木製の巨大ロボが、フーリエの各門を囲い込む。
弓撃部隊:アイビィ・アーチャー。
魔撃部隊:マジックキャット。
弓と魔法で門の攻防戦を行う。
奴を包囲した時には、白衣の勇者に斉射をお見舞いする。
侵攻部隊:ハンマーベア(半数)。
侵攻部隊:フォレストウルフ(半数)。
攻防戦の間に門を破壊し、街に侵入。
そのまま暴れ回り、街を壊滅させる。
誘出部隊:ソニックホーク。
上空から街を監視し、奴を捜索。
発見次第、街の外へと誘き出す。
討伐部隊:ハンマーベア(半数)。
討伐部隊:フォレストウルフ(半数)。
街の外で白衣の勇者を待ち構え、奴を討伐する。
白衣の勇者を街の外へ引き摺り出した後は、討伐部隊が相手をしている間に各部隊を集結させ、奴を討伐。
最後は部隊関係なく、第三軍団全体で奴を袋叩きにする。
「……以上だ。何か不明な点が有る者は居るか?」
「大丈夫よぉ」
「この前聞いたヤツと変わり無ェな」
「承知」
揃って頷く、部隊長達。
流石にハンマーベアでも『各自の役割』くらいは把握していた様だ。
質問が有る者は居ないようだ――――
「ハイッ!」
……居た。
「セットよ! 吾輩は何処に居れば良いのだ?!」
軍団長だった。
ああ、しまった……。
軍団長の立ち位置を考えていなかった。
「軍団長はー…………包囲部隊でお願いします」
「えー…………」
眉を八の字にし、私を見つめる軍団長。
…………はいはい、軍団長の仰りたい事は分かりましたよ。
「……討伐部隊でお願いします」
「ガーッハッハッハッハ! 流石だセット、吾輩の事を良く分かっているな!」
全く…………。
第三軍団が纏めるのに苦労するような集団なのは、軍団長がこんなだからだろうか。
「任せておけ!」
とはいえど、そんな性格でもイザという時に頼りになるのが軍団長だ。
やはり、私が軍団長を……この第三軍団を指揮していかねば。
「はい。よろしくお願いします、軍団長」




