14-22. 火
港町フーリエ滞在6日目、特訓4日目。
17:00。
僕が住んでた市なら、夕方のチャイムが鳴る時間だ。
この曲が聞こえたら『お家に帰る』って約束だったんだよな。
だが。
「……完全に陽が暮れちゃいましたね……」
「もう暗くなってきちゃったー……」
砂漠のド真ん中で夕暮れを迎えてしまっていた。
日没までに家に帰るだなんて、とんだ無謀だったよ。
見上げれば、段々と紫色から黒に移りつつある空。チラホラと明るい星が輝き出している。
……まだ薄暗いからなんとか視界は確保できてるけど、早く帰らないと本当に真っ暗になっちゃうぞ。
急がなきゃ。
「ううぅぅぅ……寒っ」
「私もー……早くお家に着かないかなー……」
その上、さっきまであんなに暑かったハズの砂漠には涼しい風が吹き始めた。
コースと2人で背中を丸めて腕を組み、ブルブル震えながら砂漠を歩く。
「なんだか、風も涼しくなってきたな」
「涼しいというより、少し肌寒いくらいですね」
「……そう? わたしは丁度良いくらいかな」
ダン達も肌寒そうにしている。
……んだけど、見た感じそこまで寒そうじゃなさそうだ。
「……シン、ダン、アークは寒くないのか?」
そういや、僕とコースはこんなブルブルなのにどうして3人とも平気そうなんだろう?
……まさか、僕達が寒がりなだけ?
「ええ。わたしは大丈夫」
「俺もだ。ちょっと寒さは感じるけどな」
「得物を持って戦う戦士と魔法を扱う魔術師では、身体の動かし具合が違いますからね」
あー……そういう事か。シン達は武器を振り回したり、走り回ったりするから身体が温まってるんだな。
それに対して、僕とコースはあまり動かないし。
「ですから……、私達は大丈夫でも、先生とコースは寒く感じるのかもしれませんね」
「成程な」
魔法使いである以上、僕とコースは『寒がり』の運命からは逃れられないのか。
……アークみたいに『魔法戦士』になれば話は別だろうけど。
まぁ、仕方ないか――――
ブルルルッ
「……へくしッ!」
「大丈夫ですか、先生?」
「……お、おぅ」
「家に帰ったら、風呂沸かさねえとな」
あぁぁー……、良いなぁ風呂。
早く風呂に入りたい……。
……っといっても、フーリエの家まではまだまだ歩かなきゃいけないもんなー……。
馬車の灯りが横一列に並んで見える東街道までも、結構距離が有るし。
その上、東街道を20分くらい歩かないとフーリエの西門には辿り着かない。
このままだと、家に着くまでに風邪引いちゃいそうだ――――
ブルブル震えながら、そんな事を思っていると。
ポゥッ
「おっ……」
「あぁっ……!」
ふと僕の顔が暖かなオレンジ色の光に照らされ、眩しさに目を細める。
と同時に、身体全体で感じる温かさ。
……うゎぁ、暖かい…………。
生き返るような気持ちと共に、明るさに慣れた目を開くと。
僕達の前には、パチパチと穏やかに燃える火の槍。
キャンプファイヤーを思わせるような、優しい火が揺らめいている。
そして。
「……コースもケースケも、風邪引かないようにね」
火の槍を握り、心配そうに僕達の顔を覗き込むアークと目が合った。
「…………っ!」
思わず、ハッと息をのむ。
「…………」
「………………」
「……どっ、どうしたのケースケ? ぼーっとしちゃって」
「…………あっ……い、いやっ、何でもない」
オレンジ色の火に照らされ、心配しつつも優し気な表情の彼女に……つい見惚れてしまった。
「……あっ、ありがとう。アーク」
「いえいえ」
……なんだか、アークのお陰で身体が凄くポカポカしてきちゃった。
って事で。
夕暮れ時もとっくに過ぎ、完全に辺りが真っ暗になった頃。やっとの思いで僕達はフーリエの西門に到着した。
さぁ、そのまま家に帰ってお風呂ー……って思ったのだが、その前に冒険者ギルドを経由。
今日狩ったブローリザードを獲物買取カウンターに出してから、家に戻る事にした。
……それにしても、今日は『リザードを27体狩る』とかいうトンデもない大狩猟祭だったな。
リザード27体って……、鼠27体や鶏27体とは次元が違うし。
今考えれば、昨日の僕達は相当トチ狂ってんなって思うよ。
ちなみに、『トチ狂ってんな』って思ったのは僕達だけではなかった。
カウンターの上に置いたリザードに【展開Ⅰ】を使った直後、続々と山のように積まれていくリザード。
カウンターを埋め尽くす27体のリザードを目前にしたマッチョ兄さんの表情や、まさに唖然だった。
『……何やってんのお前ら。流石に狂ってんじゃない?』とのお褒めの言葉を頂戴しました。
まぁ、そのお陰もあって買取金額も別次元だった。
1体銀貨30枚のリザードが27体で…………ブローリザードの買取金額、締めて金貨8枚強。
言うまでもなく、日毎の買取金額で史上最高記録になりました。
……昨日1日の成果を出すのに、普段だったら果たして何日掛かるんだろう……?
とはいえ、魔物素材の需要不足で悩んでたマッチョ兄さんも大喜びだったし、僕達もお金が手に入ったんだし。
皆ハッピーだ。良かった良かった。
そして。
ガッポリの買取金を持ち、西門坂から空き家が並ぶ住宅街の通りへと入る。
この道を歩いて行けば、僕達の家まではもうスグだ。
明かりのついた家は少なく、人の声も聞こえない。煙突から煙が出ている家も僅かだ。
人気の無さ故に、この道は夜になると寂しさも怖さもグッと増えるハズなんだけど……。
「いやあー……俺、こんなに狩りを楽しんだのは久し振りだ!」
「そうですね、ダン!」
「すっごくジュージツした1日だったよねー!」
「ええ!」
そんな事は全然無かった。
狩りの興奮は冷めやらず、そんな寂しさも怖さも皆吹っ飛んじゃっている。
「お金も稼げるし、狩りも楽しめるし……なんたって、わたし達もどんどん強くなってるもんね!」
「ああ! 特訓サイコーだ!」
「フーリエに来て大正解でした!」
そうだな。
リザード相手に何度も戦っていると、少しずつ僕達が強くなってることが実感できるよ。
「ねーねー先生、明日も特訓行こーよー!」
「あぁ、勿論だ!」
今日頑張ったから明日はお休み?
……そんな甘い事言ってられないじゃんか!
もっともっと砂漠で鍛えて、経験値を溜めまくって、Lvを上げるのだ!
そんな事を話しながら歩いているうちにも、僕達の家が見えてきた。
……さて。今日は夕食食べて、風呂入って、早く寝よう。
「……さぁ、明日からも特訓だ!!!」
「「「「はい!!」」」」
さてと。
フーリエの特訓の日々が続く中、突然の逮捕。けれど、そのお陰でアークの抱える問題が無事解消した。シン達も『目標』達成まで近づきつつあるし、僕の演算魔法も増え続けているし、特訓も順調だ!
現在の服装は、麻の服に白衣。
重要物は数学の参考書。
職は数学者。
目的は魔王の討伐。
準備は整った。さぁ、もっともっともっと特訓しますか!




