14-14. 現社
港町・フーリエ滞在5日目。
19:09。
あの後、アーク父との通信は彼の捨てゼリフを最後に切断。
モニターがフッと消えると、言いたい事を言い切ったアークは凄く気持ちよさそうな顔をしていた。
そんな盛大な親子喧嘩の一部始終を目撃してしまったトラスホームさんとリアンさんは、少し気まずそうな顔をしていた。
コバトさんは『良くやったぞ! 赤髪の少女!』とハシャいでいた。
で、通信室を出た僕達は用も済んだので屋敷を退散することに。
庭園の入口まで見送りに来てくれたトラスホームさん、コバトさん、リアンさんに感謝の言葉と『またよろしく』って挨拶し、お互いに手を振って屋敷を後にした。
という事で。
「はぁー、スッキリしたわ!」
「お疲れさん、アーク」
月明りを頼りに林の中を縫って進む道を歩き、丘を下る。
行先は勿論、家だ。こんな時間から狩りなんて有り得ないし、買い物をしようにも店が閉じてるしな。
トラスホームさんの屋敷でご馳走も頂いてしまったので、お腹も全然減ってないし。
「アークのお父さん、すごく悔しそうだったねー!」
「ええ。最後の最後でしっかりギャフンと言わせてやったもんね」
「さっきのアーク、とてもカッコ良かったです!」
「フフッ。ありがとね、シン」
コースとシンに、笑顔でそう返すアーク。
「そういや、俺らがテイラーの草原でアークと出会った時ゃ……アークは『ステータスの低さ』を凄く気にしてたのにな」
「ですが、アークはその『ステータス』でお父様を倒しちゃうとは……」
確かに。
僕が言える事じゃないけど、『残念ステータス』で悩んでた頃が懐かしく思えるよ。
すると、アークは空高くに昇る青白い月を見上げ。
「それは、わたし一人じゃ絶対出来なかった。勿論ケースケの【演算魔法】は言うまでもないけど……、一緒に旅をして、一緒に生活して、一緒に特訓してくれた、みんなのお陰よ」
そして、視線を月から僕達に移し。
「だから、シン、コース、ダン、ケースケ…………わたしを仲間に入れてくれて、ありがと」
月明りに照らされた飛びっきりの笑顔で、そう言った。
「おぅ」
「……いえいえ」
「うん!」
「気にすんな!」
僕達も、満面の笑みでそう返してあげた。
「……じゃなかったら、今頃わたしはテイラーの家で籠の鳥か、カーキウルフにガブガブされて骨になってたかな」
「「「「アハハ…………」」」」
最後のアークの一言には、ちょっと苦笑いしてしまった。
そんな話を5人で交わしながら木々が茂る丘の道を下っていくと、道の右に現れたのは海岸。
穏やかな波に薄っすらと磯の香りが漂い、青白い月と無数の星が揺れる水面に反射している。
通りには人も少なく、聞こえるのは気持ちいい波の音と背後の林から聞こえるフクロウっぽい鳥の鳴き声、それと僕達の声だけだ。
「うぉっ、夜の海も綺麗だな……」
「そうだな」
そんな船の一隻も浮かんでいない夜の海を眺めて、ダンが呟く。
「朝昼の賑やかな海も結構好きですが、こういう静かな海も結構良いモンですね」
「うん。なんか気持ちが落ち着くねー……」
目を瞑り、波の音に心を寄せるシンとコース。
僕も皆と同じく夜の海を眺めつつ、今日の出来事を振り返る。
……フゥ。
今日は朝から晩まで色々有ったけど、なんだかんだ言って悪くなかったかもな。
特訓は出来なかったけど、丁度良い休憩日になったかもしれないし。
あぁ、『休憩』といえば。
アキが『何事も"休憩"は大事だ。調子が良いからってバリバリ続けてても、いずれガス欠を起こすからな』とか言ってたっけ。
……まぁ、それは頭の片隅に仕舞っといてと。
「そんじゃ、皆。夜の海を堪能出来たか?」
「はい、先生!」
「うん!」
「おぅ!」
「ええ」
「よし。そんじゃ、家に戻ろうか」
という事で、僕達は家に向かって海岸通りを再び歩き始めた。
☆
海岸通りを真っ直ぐ歩いて、西門坂に辿り着いたら左折。
わたし達の家に向かって、坂をひたすら上る。
そこそこ急な坂を上りつつ、ちょっと考える。
……さっきの通信では、思い付きで口に出しちゃった『結婚』っていうセリフ。
そのセリフを言うまでは、飽くまでも『テイラー家の呪縛』から脱するための口実だったんだけど。
そのセリフを言うまでは、嘘でもいいから何とかお父様を……いや、あの男を説き伏せようとしてただけなんだけど。
今考えたら、わたしってトンデモナイ事言ってたのね……。
……どっ、どうしよう…………、もしケースケが『あのセリフ』を真に受けてたら。
い、いや、わっわたしは別に問題ないんだけど……、ケースケは何て言うかな……。
うーん……、ケースケに直接聞くのも気が引けるし……――――
って、ていうかケースケは『勇者様』よ、勇者様!
この世界を救うためにわざわざ異世界から来てくれたのに、そんなわたしが結婚するとか……絶対烏滸がましいって!
……で、でも気になる……。ケースケの気持ち……――――
すると。
「ねーねーダン、シン!」
「何でしょうか、コース?」
「コッからお家まで競争しないー?」
「えっ……」
「おっ、良いな! やろうぜ!」
「シンもやろーよ!」
「……仕方ないですね。分かりました」
シンとコース、ダンの競争が始まるみたい。
「……先生、家の鍵をお借りしても良いですか?」
「おぅ。落とさないように気をつけろよ」
チャリン
「ありがとうございます! 勿論です!」
「それじゃあ先生、スタートの合図やってー!」
「はいはい。…………位置についてぇっ、よーいっ」
「「「…………」」」
スタートダッシュの構えで止まる3人。
そして。
「ドンッ」
ケースケの合図と共に、3人は一気に坂を駆け上がって行ってしまった。
「……アイツら、体力有り余してんなー…………」
みるみるうちに小さくなっていくシン達の姿を眺めつつ、呆れ半分でそう呟くケースケ。
坂の中腹には、そんなケースケとわたしの2人が取り残されていた。
……いえ、2人きりになった。
……そうだ。
どっ、どうせなら今のうちに聞いちゃおうかな。
ケースケの気持ちを。
☆
「ね、ねぇ……ケースケ」
「ん?」
まるで某カートゲームのようなスタートダッシュと共に走り去ったシン達を見送ると、今度は隣に居たアークから声が掛かる。
「どうしたアーク?」
「あの……、さっきの通信で…………」
……ん?
青白い月明りで良く分かんないんだけど、なんだかアークの顔がこころなしか赤いような……。
どうしたんだろう。
「わたしが言った……けっ、『結婚』についてなんだけど……」
あぁ、あの話ね。
「あぁ、アレか。いやビックリしたよ。突然アークがそんなこと言うからさ――――
「ちっ、ちなみにケースケはどう思ってるの?!」
「……っ!?」
突然、アークが真顔で尋ねてくる。
えぇっ…………。どうしたよ、そんないきなり喰いついて!?
「ど、どうって……『結婚』について?」
「勿論じゃない!」
そう言い切るなり、僕の目をじっと見つめるアーク。
「……」
何か言いたげな目をしている。
……これが『目は口程に』ってヤツか……。
まぁ、そんな事は置いといて。
「『結婚』についてかぁー……」
「ええ」
「………………正直に?」
「勿論よ」
うーん、正直にかー……。
「まぁ……実際、そんな事全然考えてなかったな」
「……そうよね」
正直のところを話すと、若干目線を下げるアーク。
……ん? っていうか、そういえば……。
「……前に現社の授業で習ったんだけど、そもそも僕はまだ17歳だから結婚できないかも」
……ふと思い出した、現社の授業の内容。
国語と社会は壊滅してるハズだったんだけど、意外と覚えてるモンだな。
「…………そういう事じゃなくて――――
「けどさ、アーク」
☆
「……前に現社の授業で習ったんだけど、そもそも僕はまだ17歳だから結婚できないかも」
……何それ。ひょっとして年齢制限の話?
そういう事じゃないの、わたしが聞いてるのはッ!
「…………そういう事じゃなくて――――
「けどさ、アーク」
ちょっと怒り気味なわたしの声に、ケースケの声が被さり。
ふと黙り込むわたしに向かって、ケースケは口を開いた。
「仲間として一緒に居て欲しい。そう思ってるよ」
……その瞬間の、青白い月明りに照らされたケースケの顔が脳裏にくっきり焼き付いた。
☆




