14-10. 相手
陽もほとんど沈み、オレンジ色の陽射しの代わりに頭上のシャンデリアが食堂を照らすようになった頃。
「「「「「ごちそうさまでした!」」」」」
「いえいえ。お粗末様でした」
空っぽになったお皿を前にして、そんな声を食堂に響かせた。
「トラスホームさん家のご飯、もうサイコーだったよ!」
「魚のカルパッチョ、凄く美味しかったわ」
「海鮮丼にお刺身に……、もう海の幸を堪能しました!」
「俺もお腹一杯だぞ!」
「そう言って頂けると幸いです」
いっぱいになったお腹を満足気にさすりつつ、トラスホームさんに答える。
出された料理は海鮮系だった。フーリエらしかったな。
使用人さん方が次々と出してくれた料理は勿論美味しかったし、それだけじゃなく量も凄かった。
……けど、牢獄で腹を空かせた僕達には一瞬でペロリだったな。
「……しかし、こんな豪華な料理をご馳走になってしまい……」
「なんだか俺らの方が申し訳なく思っちまうな」
「いえいえ、お気になさらないで下さい。ダン様、シン様」
申し訳なさげな顔のシンとダンに、そう声を掛けるトラスホームさん。
「先程の『領主の娘』さんに『勇者様』を投獄するという失態……、そのお詫びと思って頂ければ――――
「フフッ。まだわたし達の事を気にしてたの、トラスホームさん?」
俯くトラスホームさんに、アークがそう声を掛ける。
「えっ……」
「もう大丈夫よ」
「……とは仰いましても――――」
アークの声に、驚いて声を上げるトラスホームさん。
「わたし達はこんな美味しい食事をご馳走になったんだし、それで『罪滅ぼし』って事にならないかしら?」
「……は、はい…………」
「じゃあ、これで『誤認逮捕』の件はお終い。お互い領主の家系同士、仲良くしましょう?」
「…………はい、アーク様!」
そう言い、アークとトラスホームさんがお互いに微笑んだ。
……これでトラスホームさんの心配も解消できたようだ。
良かった良かった。
すると、そんな悩みが晴れたトラスホームさんは元気を取り戻し。
スッキリとした顔で、僕達を見て言った。
「それでは、皆様。本題の『アーク様の面会』に参りましょう。もう準備も整ったようですので、ご案内致しますね!」
「ええ! 宜しく頼むわね!」
さて。
お腹も満たされたところだし、『本題』だな!
食堂を出た僕達はトラスホームさんの背中を追い、屋敷の廊下を歩く。
「……ところで、『アークに会いたい人』って誰なんだろー?」
「私も気になります!」
「誰なんだろうなー?」
面会の場へと向かいつつ、『例の人』が誰なのか慮るコース達。
「そもそも、アークに何の用が有って来てるんだろうな?」
「わたしもさっきからずっと考えてるんだけど……、未だに思い当たる点が無いのよね」
「……もしかしたら、アークが好きになっちゃった人の告白だったりしてな!」
「えッ……? そっ、そんな……!?」
顔を赤くし、頬を手に当てるアーク。
あからさまに僕達の方から目を反らす。
「アーク照れてるー! かわいー!」
「……そっ、そんな事言わないでよコース!」
……アークが更に照れる。
「トラスホームさんが僕達に『屋敷に来てからのお楽しみ』って焦らす程の人だからな」
「確かに。有り得ますね!」
「でっ、でも……わたし、ケースケ達以外の人とはほとんど会わないし。他の人とは出会う機会がないんだけど……」
「なら、アークの『魔法戦士スタイル』に惹かれちゃった男とかだったりしてな!」
「「「あぁぁ!」」」
「そッ……!?」
それは有るかも。
僕もアークの『魔法戦士スタイル』にはカッコイイって思っちゃったからなー。
「アーク、もし『その人』からコクハクされちゃったらどーすんのー?」
「こっ、告白ぅ!?」
コースに煽られ、アークの顔が更に赤く染まる。
顔を手で覆い、ブンブン首を振るアーク。
「いやいやいや…………」
「その時はどーすんの、アーク?」
「えっ、えぇっ……」
そんなアークは、顔を覆ったまま指の間から瞳を見せ。
「えっと…………わっ、わたしは……けっ、ケ――――
「皆様、到着致しました」
おっと。
そんな事を話していると、もう到着したようだ。
とある扉の前でトラスホームさんが立ち止まり、それと一緒に僕達も足を止める。
「おっ! ココか!」
「このドアの奥に『アークに会いたがってる人』が居るんだねー!」
「左様です。アーク様、ご準備は宜しいでしょ…………如何なさいました?」
トラスホームさんが振り返ると、そこには顔が真っ赤なまんまのアークが居た。
「……えぇっ」
「アーク様、お顔が真っ赤ですが……大丈夫でしょうか?」
「…………ちょ、ちょっと待ってぇ……」
「ふぅ…………、よし。トラスホームさん。お待たせしたわ」
「はい」
という事で、数分後。
廊下の扉の前でなんとか気持ちを落ち着け、アークもいつも通りの彼女に戻った。
顔色もいつも通りだ。
「宜しいでしょうか、アーク様?」
「ええ。」
そして。
「それでは皆様、どうぞお入りください」
トラスホームさんが開いた、その扉の先には。
うちのリビングくらいの広さに、赤い絨毯が敷かれた部屋。
天井には照明が取り付けられ、部屋の奥には大きな窓。窓からは紫色の薄暗い空が見える。
そんな部屋に家具は置かれていないけど、部屋の真ん中には黒い箱が載った机が1つ。
そして……。
「おお、来たな! えーと…………白衣の兄ちゃん!」
「カズハラさんです」
「それと……赤髪の姉ちゃん!」
「アークさんです、先輩」
「あぁ、そうだったそうだった!」
その机の横、部屋の壁際に立つ『軽装の馬乗り』な見た目の男女2人組。
「おっ、お久しぶりです。コバトさん、リアンさん」
「あぁ! 東街道以来だな!」
「あの時はお世話になりました」
轟の馬車でフーリエに向かっていた時に出会った、『早馬商人』のコバトさんとリアンさんだった。
……まさか、コバトさんとリアンさんが『アークに会いたい人』なのか?
「あなた方が『わたしに…………?」
アークがそう問うと。
「いやいや、違うぞ!」
「コバト先輩と私は『速達手紙』をフーリエに持ってきた単なる早馬商人です」
……なーんだ。コバトさん達じゃなかったのか。
「じゃあ……、なんでコバトさん達は此処に?」
「お仕事は終わったんじゃないですか?」
「ああその通りだ! 俺らの『早馬』の仕事は終わってるぞ!」
「ですが、トラスホーム様がご厚意で私達を屋敷に泊めて下さり、お言葉に甘えている所なんです」
「そんで、たまたま屋敷に邪魔してると、道中で出会ったー……『赤毛の姉ちゃん』がココに来ると聞いてな」
「アークさんです先輩。……という事で、少し気になった私達も同席させて頂こうと思って此処に居る次第です」
成程な。
「まあ、この広い屋敷ですから。客間なら余るほどありますので」
「……そ、そっすか」
さすが領主様だ。言う事が違う。
……とまぁ、コバトさんとリアンさんの件は置いといて。
「……それじゃあ、『わたしの面会相手』は誰なの? トラスホームさん?」
「ああ、そうでした」
アークがトラスホームさんにそう問うと、トラスホームさんは部屋の中を真っ直ぐ進み。
「この先に居られますよ」
机の上に置かれた黒い箱に手を掛け、そう言った。
…………ん、どういう事だ?
「何ですか、その箱って?」
「ケースケ、アレは『魔力通信機』。遠くの通信機と『動画通信』が出来るの」
そう聞いてみると、隣のアークが答えてくれた。
動画通信かぁ……、つまり『テレビ電話』って所かな?
「……ということは、『わたしの面会相手』ってのは……」
「はい。この『通信先』という事です。現在は通信保留中にして御座います」
「……という事は、保留を解除すれば『その相手』が映し出されるってことね」
「左様です」
成程な。
ついに『例の相手』とご対面の時が来たな。
「……では、アーク様。心の準備が宜しければ、保留解除致します。宜しいでしょうか?」
トラスホームさんがそう告げると、アークは目を瞑って深呼吸を1つ。
そして。
「……ええ。大丈夫」
「承知致しました。他の皆様も準備は宜しいでしょうか?」
「「「「はい!」」」」
「承知致しました」
……さぁ、これで『面会』の準備は整った。
部屋に居る人は誰も喋らず、静寂。雰囲気がピンと張る。
と同時に、全員が黒い箱・通信機を見つめる。
あの通信機の先には『アークに会いたい人』が居る。
朝から僕達を牢に閉じ込め、トラスホームさんの屋敷にわざわざ連れて来させたその『張本人』と言っても良い。
……一体、誰なんだろう……。
「それではアーク様、皆様」
そんな事を考えている間にも、トラスホームさんの声が掛かり。
「どうぞ」
そして、通信機に付いているボタンを押した。
その瞬間。
ピッ
聞き慣れた電子音が部屋に響き。
と同時に、箱の上に大きな青透明の板がプロジェクターのように現れ。
そんなプロジェクターに映されていたのは。
マッチョ兄さんよりも厳つく、額に沢山の皺を寄せた老人。
……いや、老人というよりは『お父さん』だ。僕の父と同じくらい、50歳くらいだろうか。
そんなシャツにカーディガンを羽織った『男』が。
『…………あっ、アーク!』
モニターに映るや否や、口を開いた。
そんな男に向かって、アークも目を丸くして叫んだ。
「………………おっ、お父様!!?」




