14-9. 屋敷Ⅱ
雲一つない空がオレンジ色に染まった頃。
噴水の音や鳥の囀り、それとシン達の声が響く庭園。
そんな庭園の中、綺麗な噴水や花壇を眺めつつトラスホームさんとアークの背中を追う。
「……綺麗な庭園ね」
「有難う御座います、アーク様。この庭園は曽祖父の頃からずっと手入れされているのですよ」
へぇー……。そんな古くから続いてるんだな。
そう思いつつ庭園を見回してみると……、走り回るシン、コース、ダンの他にはベンチに腰掛けた若い夫婦が居る。
折り畳み式の椅子を置いて、色鉛筆で屋敷の絵を描いているご老人も居る。
「ココは誰でも入れるんですか?」
「左様です、ケースケ様。フーリエの皆様に開放しており、休日になると散歩や絵描き、ピクニック等の方々で賑わいますよ」
成程な。
街のオアシスみたいな場所になってるんだね。
「そういえば……、フーリエの周りは砂漠だけど、ここ一帯は緑が凄く多いのね」
「確かに。フーリエの街には街路樹とかが全く見られなかったけど、この丘は良く茂ってるよな」
「ああ、そうですね。この丘辺りにはフーリエ砂漠の地下を流れてきた地下水脈が湧き出ているようで、木々が良く育っている様で御座います。…………おっと、屋敷に到着致しましたね」
そんな事を話している間に、庭園を抜けて屋敷の前に到着。
金色のドアノブが取り付けられた濃茶色の大きな扉が、僕達の目の前に聳えている。
さて、ついに屋敷にお邪魔しちゃうぞ。
トラスホームさんの屋敷の『お食事』……どんな料理が待ってるんだろうかなー……。
……っと、その前に庭園でハシャいでるシン達を呼び集めなければ。
「おーい、シン、コース、ダン! 集合――――
「もう皆居るよー!」
「うぉっ!?」
庭園に向かって声を掛けると同時、背後からコースの声が聞こえる。
ビクッと全身が震える。
「何でしょうか、先生?」
「俺らなら揃ってるぞ」
「……あぁ、いや。皆居るんなら大丈夫」
振り返れば、今の今まで庭園を走り回ってたハズの3人が揃っていた。
……いつの間にッ!?
でもまぁ、呼ばなくても3人揃ったのなら大丈夫。
さぁ、気を取り直して……お屋敷にオジャマだ!
「フフッ、皆様お揃いですね」
「ええ」
「承知しました。……それでは」
そう言い、トラスホームさんがドアノブに手を掛け。
「ようこそお出で下さいました、我が屋敷へ!」
扉を開いた。
「「「「「おおぉーッ!」」」」」
ゆっくりと扉が開かれた、その先には。
扉を入って直ぐに足元に広がるのは、真っ赤な絨毯。
そんな絨毯が、うちのリビングより広い玄関ホール一杯に敷かれ。
その天井には、金色のシャンデリアが輝いており。
玄関ホールとシャンデリアの先には、これまた赤い絨毯が敷かれた大きな階段。
僕も初めて入る、イメージ通りの『西洋風屋敷』が僕の目の前には広がっていた。
「ひっ…………、広ーい!」
「コレが本物の屋敷かよ……!」
「シャンデリアも絨毯も……本物の屋敷、ビックリです!」
人生初という『本物のお屋敷』に、3人の目がギラギラと輝く。
「……これは凄いわね」
アークも3人程じゃないけど、ビックリしてるようだ。
……領主の娘さんがビックリしてるんだから、このトラスホームさんの屋敷はきっと相当凄いお屋敷なんだろうな。
「アーク様、皆様、どうぞお入りください」
「……あっ、はい!」
「お邪魔しまーす!」
まだ玄関しか見てないのに立ち尽くしてしまった僕達5人に、トラスホームさんがそう促す。
……玄関でこんなに驚くんじゃ、お屋敷にオジャマしたらどんだけ驚かなきゃいけないんだろうな。
そんな事を考えつつ、玄関の扉を潜った。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「ああ、只今戻りましたよ」
「それと……、アーク様、お仲間様方、ようこそおいで下さいました」
「こんにちはー!」
「お邪魔してます」
玄関に入るなり、メイド服を着た使用人さんが出迎えてくれる。
……使用人さんが居るなんて、さすがお屋敷だ。
「旦那様。アーク様のご面会までは『あちら様』のご都合も有り、少し準備に時間が掛かるのですが……」
「そうですか……」
使用人さんの話を聞くなり、彼女とトラスホームさんの表情が曇る。
……まさか、また待たなきゃいけない感じなのか?
「ならば、ご対面の前にまずはアーク様方を食堂へとご案内致しましょう。皆様が御食事を楽しまれている間に『例の御方』との御面会の準備をさせて頂きますね」
「「「「「ヤッター!」」」」」
そんな事は無かった。それどころか念願のご飯だ!
『食事』と知るなり、アークやシン達も全力で喜ぶ。
「それでは旦那様、お食事のご用意を致します」
「はい、宜しくお願い致します。私の分は要らないので、アーク様方の5人分を直ぐに」
「承知致しました」
トラスホームさんの命を受けると、使用人さんは屋敷の奥へと歩いて行ってしまった。
「……それでは、アーク様、皆様。私達も食堂へと参りましょう」
「「「「「はい!」」」」」
……という事で、『例の人』との面会の前に、まずは腹ごなしだ!
「お食事が出来上がるまで、もう少々お待ちください」
「「「「「はい!」」」」」
白いテーブルクロスが敷かれた長机に着いて、使用人さんにそう返す。
「どんな料理が出てくるんだろうー?」
「朝食以来の飯だからな。俺はどんな料理でも嬉しいぞ!」
「そうね。わたしも結構お腹が空いちゃったし」
という事で、トラスホームさんに案内されて入った食堂で料理の完成を待つ。
グラスに入った水を飲みつつ、出来上がり待ちだ。
窓からはオレンジ色の夕陽が射し込み、ちょっと眩しい。
時刻はもう4時。昼食の時間はとっくに過ぎており、おやつの時間にしても遅いくらいだ。
……けどまぁ、こうやってご飯をご馳走してくれるなら全然気にならないかな。
……あぁ、そういえば気になった事が有ったんだったな。
今のうちに聞いとこう。
「なぁ、シン」
「はい。何でしょう先生?」
「シン達はさっき『本物の屋敷だ本物の屋敷だ』ってずっと言ってたけど、どうしてそんなに『本物』を強調するんだ?」
「……ああ、その事ですか」
「そうそう。逆に『本物じゃない』屋敷って何なんだろうって、少し気になっちゃってね?」
「先生、それはねー……」
すると、シンの隣のコースが口を開いた。
「『ジイさまが作った廃墟屋敷』のことなのー!」
「廃墟屋敷……?」
「そうそう、ジイさまが作ってくれた『廃墟屋敷』な。懐かしいぜ」
ダンも懐かしげに腕を組んで頷く。
……えっ、何それ。
「なんだその『廃墟屋敷』って?」
「それはですね、先生。……私達がまだ職も手に入れてない程小さかった頃の話なのですが、私とコース、ダンの3人で村のはずれに秘密基地を作ったんです。村中から要らない資材や角材を貰って回り、3人で協力して作って……今となっちゃ『単なるテント』とほとんど一緒ですが、私達3人が入れるくらいの『秘密基地』が出来たんです」
「俺らの秘密基地、今となっちゃ良い思い出だよな」
「今も残ってると良いなー!」
「へぇー……」
秘密基地か。面白そうだな。
僕も小さい頃は公園の隅とかにそれっぽいのを作ったりしたっけ。
「すると後日、それを見たジイさまが私達に対抗心を燃やして『そんなテントより良い秘密基地を……いや、屋敷を作る!』とか言い始めたんですよ」
「……なんだそれ」
「今考えちゃ、ジイさまってオトナゲナいよねー!」
「ハハハッ。俺もそう思うな」
そもそも秘密基地って『秘密』だから良いんじゃんか。屋敷まで行ったらもう別物だと思います。
……あと、コースに『大人げない』って言われたらお終いじゃない? ジイさま大丈夫かよ。
「……で、ジイさまの作った屋敷はどうだったんだ?」
「……………………未完に終わりました」
シンの答えに思わず笑ってしまった。
「マジかい」
「ジイさまもトリグ村の村長だったので、屋敷づくりにそこまで時間がとれず……、時間が取れないので屋敷づくりは思うように進められず……、そして、見た目『テント』ながらも中々出来の良かった私達の秘密基地のレベルを超えられないと分かったジイさまは屋敷づくりを辞めました」
成程な。
「だから『廃墟屋敷』なのか」
「はい。なので、私達が『屋敷』と言われて想像するのは……あの『廃墟屋敷』なんです」
「屋根も無く、ロクに壁も無く……辛うじて建てた骨組みの中に集めた建材がバラバラに置かれている、正に『廃墟』だな」
「だから私たち、『本物の屋敷』に入れてすっごく嬉しかったんだー!」
……だから『本物の屋敷』に執着してたんだな。
納得納得。
……しかし、君達にそんな過去が有ったとは。
なんてかわいそうな子達なんだ……。
「皆様、お食事のご用意が出来上がりました」
っと、そんな話をしている間にもご飯の準備が出来たようだ。
美味しそうな匂いがこちらに漂い、腹がグゥゥゥゥっと唸る。
牢獄で捕まってたから、朝食以来の久し振りの食事だ!
どうせだし、僕も遠慮なく頂いちゃおっかな!




