14-8. 屋敷Ⅰ
港町・フーリエ滞在5日目。
15:09。
テイラーを照らす陽は少しずつ傾いてきた頃、僕達は西門の詰所を出発。
7時間ぶりにシャバの空気を味わいつつ、トラスホームさんを先頭に西門坂を下る。
「もうすぐで夕方なんだねー……」
「私達が牢に入っていた間に、お昼の時間はもう過ぎてしまっていたようですね」
坂からは、暗くならないうちにと港へ戻る船がポツポツ見える。
「あぁ、どおりで俺の腹がグーグー言ってる訳だ」
「わたしも、お腹空いちゃったかな……」
「では、私の屋敷に到着しましたら軽食をご用意致しますね」
「「「「「おぉー!」」」」」
それは良い!
今日は朝食以来、何も口に入れてないからな。僕も結構空腹だ。
……あの門番さん方のせいで。
「……それにしても、『お屋敷』かぁー。私たち、そーゆーのって初めてじゃない?」
「そうですね。トリグ村にはそんな所有りませんでしたし」
「なんだか、俺らがそんな所にお邪魔していいのか心配になっちまうな」
「アーク様のお仲間様なのですから、お断りする筈が御座いませんよ。シン様、コース様、ダン様」
微笑んでそう返すトラスホームさん。
「ヤッター! ホンモノのお屋敷だーッ!」
「楽しみです、本物のお屋敷……!」
「俺ら……ついに入っちゃうんだな! 本物の領主様の屋敷に!」
「……ハハハッ、そんなに期待されましても困りますね……。私の屋敷はそこまで大きい訳じゃないですよ」
その返事を聞くや否や、ハシャぎ出す学生達。
苦笑するトラスホームさん。
「なあなあ、トラスホームさん。トラスホームさんの屋敷には『デカいシャンデリア』って有るのか?」
「大きいかどうかは一概に言えませんが……シャンデリアなら御座いますよ、ダン様」
「「「おぉー!」」」
3人揃って目を輝かせる。
「ねーねー先生! うちにもシャンデリアつけよーよ!」
「いやいや要らないだろ」
僕達の家の天井じゃ高さが足りないって。
シャンデリアに頭ぶつけちゃうよ?
「それでは……トラスホームさん、床は絨毯張りなんでしょうか?」
「左様です」
「「「おぉーー!!」」」
更に目を輝かせる3人。
「ねーねー先生! うちにも絨毯敷こーよ!」
「……それは悪くないかもな」
そういや数原家のダイニングテーブルの下にはカーペットが敷いてあったんだけど、僕達の家のダイニングテーブルの下には何も敷いてないな。
今度探しとこっと。
「じゃあじゃあ……、デッカーい暖炉は有るのー?」
「フーリエは冬でも暖かいので、暖炉は備え付けていません。申し訳ございません、コース様」
「「「あぁ……」」」
目に見えて落ち込む学生達。
……トラスホームさんに失礼だから、そんな表情してやるな!
「ねーねー先生。うちに暖炉つけない?」
「だから要らないだろ」
今『フーリエは冬でも暖かい』って言ってたじゃんか。
それと、今の家は飽くまで借家だからな。ストーブならまだしも、改築レベルの暖炉は勝手に取り付けられません。
「暖炉は無いのはしょーがないけど……絨毯とシャンデリアがあるなら、ホンモノの屋敷だねー!」
「ああ! そりゃ間違いなく本物の屋敷だ!」
「正しく私達の想像する本物のお屋敷です!」
……ん、『本物』?
さっきから凄く耳にしてる気がするんだけど、何だろう?
「……皆様のご期待に応えられるかは分かりませんが……、喜んでいただけるよう、全力でおもてなしさせて頂きますね」
けどまぁ、トラスホームさんも気にしてないようだし。良っか。
……それより軽食だ軽食! どんな食べ物が出るんだろうかなー。
シン達と同じく、僕も楽しみになってきちゃったな。
西門坂を下りきり、海岸沿いの道に突き当たったら右折。
うっすらオレンジ色に変わりつつある海を左手に、新鮮な魚を扱うお店やレストランの並びを右手に見つつ、海岸沿いの道を歩く。
「ところでトラスホームさん。一つ聞いても良いか?」
そんな中、ダンが口を開いた。
「はい。何でしょう、ダン様?」
「トラスホームさんの屋敷までは、あとどのくらい掛かるんだ?」
そう尋ねるダンの右手は、お腹をさすっていた。
……おいおい。コイツっ、完全に昼食を目当てに……。
図々しいな全く。飽くまでアークがメインなんだぞ!
「ハハハッ……」
トラスホームさんも乾いた笑いを浮かべちゃってるじゃんか。
困らせてあげんなよ。
「ま、まあ……私の屋敷までは、あと15分と言ったところでしょうか。このまま真っ直ぐ進んで行きますと、この道はやがて海岸線から逸れて丘を登っていきます。屋敷はその丘の中腹に御座いますよ」
「成程」
「という事は、まだ結構距離が有るのね」
「はい……申し訳御座いません、アーク様。こんな遠くまでご足労をお掛けしてしまい……」
再び頭を下げるトラスホームさん。
「いえ、気にしないで。『行く』って決めたのはわたしだしね」
「そう言って頂けると……それでは、皆様には軽食どころか豪華なお食事をご用意しましょうかね」
「フフッ、そうしてくれると嬉しいわ」
そう言うアークは、なんだか凄く嬉しそうだった。
……なんだかんだ言って、結局は皆食べ物に惹かれちゃうんだね。
という事で。
海岸沿いの道は次第に海岸を離れ、道は少しずつ上り坂に。
道沿いの建物も減ってきて、木の茂る丘の中をくねくねと進んでいき。
「皆様、到着致しました」
海岸沿いの道を歩くこと、15分。
トラスホームさんの言葉を聞き、視線を足元から前に上げると。
「「「「「おぉぉー……」」」」」
そこには。
緩やかな上り坂の左右を覆っていた枝葉が、突然晴れたかと思いきや。
そこに現れたのは、波をかたどったオシャレな装飾付きの鉄格子の門。
門越しに中を見れば、その先に広がるのは綺麗に整えられた庭園。
植え込みには鮮やかな花が咲き、木々は美しく切り整えられ。
噴水は透明な水を勢いよく噴き出し、水しぶきが夕陽に照らされてオレンジ色に輝いている。
そして。
「庭園の奥が私の屋敷になります」
噴水の奥に焦点を合わせると。
そこには、白い壁に沢山の窓ガラスが嵌められており。
建物の左端には、円筒型の部屋が作られ。
所々に装飾が施されつつ、紺色の屋根を被った巨大な西洋風の屋敷が建っていた。
「すっ……、凄い………………」
こんな大きな『屋敷』なんて、狭っ苦しい土地で育った日本の都会っ子じゃ見た事無い。
どこぞのテーマパークとかじゃないと感じられない世界だ。
門越しとはいえ、その大きさと美しさに言葉を失ってしまった。
「綺麗ね。……テイラー家の屋敷だと、比にならないかな」
「そう仰って頂けると光栄です」
アークがそう言うと、トラスホームさんが上品に礼で返す。
「……デけえ…………」
「ホンモノだぁー……」
「しかも、広大な庭園付きだなんて……」
ダン達も、門の鉄格子を両手で握って覗き込んでいる。
「ダン様、コース様、シン様……、いつまでもそう門越しでお眺めにならず、どうぞ我が屋敷へお入りください」
「……良いんですか?」
「無論です」
そんな3人に見兼ねたのか、微笑んでそう答えるとトラスホームさんは門を開く。
「お邪魔します!」
「ヤッター! 広ーいっ!」
「ぅおーッ! キレイだなー!」
……と同時に、よーいドンの勢いで庭園へと足を踏み入れる学生達。
どんどん中へと走って行ってしまった。
「……すみません、トラスホームさん。落ち着きのない子達で」
「いえいえ、構いませんよ。……それではアーク様、ケースケ様、私達も参りましょう」
「はい」
「ええ」
という事で、僕達も『アークに会いたい人』に会うため、トラスホームさんの屋敷へと足を踏み入れた。




