14-5. 手錠
「…………あっ」
そうだ。
良い事思いついちゃったぞ!
「……なぁ皆、ちょっと良いか?」
壁に背をつけて体育座りのシン達を呼ぶ。
「なんでしょうか、先生?」
「どうした先生?」
体育座りのまま身体をこちらに向けるシン達。
そんな彼らに、こう尋ねた。
「皆……、手錠邪魔じゃない?」
「勿論よ!」
「邪魔だよーッ!」
「私達、何の罪も犯してないのに!」
「俺の手錠、少し小せえんだよ! 手首に食い込んで痛えッ!」
尋ねるや否や、4人の不満が爆発。文句が溢れ出し、手錠をブンブン振る。
……うぅっ、こんな狭い所で手錠の鎖をジャラジャラ鳴らさないでくれ! 金属音で耳が痛いんだよ!
「あーはいはい、分かった分かった」
「「「「……」」」」
とりあえず、文句ブーブーな4人を落ち着かせ。
静まったところで、彼らに宣言した。
「それなら、今から僕の『マジック』で皆の手錠を外してみせましょう!」
「「「「おぉー!」」」」
文句が歓声に、ジャラジャラがパチパチに変わった。
という事で。
「それでは、手錠を僕に向けて下さい」
そう言うと、皆それぞれ両手を僕に向け。
僕の前に、4つの手錠が並ぶ。
「良いか、皆。僕が『魔法の呪文』を唱えると……たちまち手錠が外れてしまいます」
「「「「おぉ……!!」」」」
「でっ、でも……鍵が無いと手錠は外れないですよ、先生?」
「まさか先生、俺らの手錠の鍵でも持ってんのか!?」
「それとも作っちゃうー?」
「いやいや、流石に解錠は無理だな」
有ったら欲しいな、『解錠』の能力とか。
「それならどうやって外すのよ、ケースケ?」
「まぁまぁ、それは見てのお楽しみだな」
「えー……」
「どうやって外すんでしょうか……」
ちょっと彼らを焦らしてみたら、期待半分疑い半分の視線を向けられてしまった。
「さっきの『イヴ』に続き、それも嘘じゃねえだろうな?」
「勿論」
信じてくれないダンからは、笑い半分でそう言われてしまった。
……クソッ、ふざけた事言いやがって……。
数学者舐めんな!
「それじゃあ……行くぞ」
もういい。そういう事言う奴には、実際に目にしてもらうしか無いな。
そんな事を思いつつ、『魔法の呪文』を唱えた。
「……ちちんぷいぷい【因数分解Ⅰ】ッ!」
……まぁ、魔法の呪文って言っても単なる【演算魔法】なんだけどね。
そんな魔法の呪文を唱えた、直後。
ボフッ
ボフッボフッ
ボフッ
「おっ!?」
「キャッ!」
4人の手首から、たちまち白煙が立ち上る。
ピッ
と同時、僕の手首にかけられた手錠に『ブラケット・ラベル』が現れる。
そして、白煙が霧散すると。
「ゲホッ、ゲホッ、…………あれ!? わたしの手錠が!」
「無くなってます!」
「……おぉ! 手首が痛くねえ!」
「どうなってんのー!?」
手錠が消えて自由になった手首に、目を丸くしていた。
「……先生、私達の手錠はどこに行ったんですか!?」
「それはだな…………ココだ」
驚きを隠せないシンに、僕の両手に掛かったままの手錠を見せる。
「あれ、先生の手錠だけはそのまま……――――
「いや、その『タグ』って! まさか……」
「おぅ、そういう事だ」
そう。4人の手錠を僕の手錠に纏めちゃったのだ。
その印に、僕の手錠には『(2M + 3S)』と書かれたブラケット・ラベルが書いてある。手錠のサイズの事かな。
「あとは…………【展開Ⅰ】!」
ピッ……
ジャラジャラッ!
ジャラジャラジャラ!
そう唱えるなり、纏めた4つの手錠が僕の周りに出現。
そのまま床に落ち、鎖が金属音を響かせる。
「こうすれば手錠は元通り! 手錠のすり抜けマジック、完了ッ!」
「おぉー! 先生凄え!」
「マジックすごーい!」
「また先生の【演算魔法】が多才になってしまいました……」
「【因数分解Ⅰ】にそんな使い道が……」
本当だよね。
『魔物の運搬』だけだと思ってたんだけど、まさか『手錠すり抜け』にまで使えちゃうとは……。
思い付きのアイデアってステキだ。
「それじゃあ、僕の手錠も……【因数分解Ⅰ】、からの【展開Ⅰ】っと」
ジャラジャラッ……
同じように僕の手錠も【因数分解Ⅰ】と【展開Ⅰ】で『すり抜け』れば、僕も手錠とはオサラバ。
僕達の足元には、5つの手錠が並んだ。
「やったー!」
「コレで俺らは自由だな!」
「……と言っても、両手だけですけどね」
腕をブンブン振り、肩を回すシン達。
両手が自由になった喜びを身体で表現していた。
良かったね、皆。
という事で。
「先生、次はこの缶詰をお願いします」
「おぅ、分かった。……【因数分解Ⅰ】!」
ボフボフボフッ……
シンの取り出した缶詰7個が、白煙と共に1つに纏まる。
「おお、1つに纏まりました! これで荷物が減ります!」
手錠からも逃れて自由になった僕達は、再び領主の到着を待つことにした。
……のだが、全然やって来る気配も無く、暇を持て余し過ぎて荷物整理を始めてしまった。
シン達は【因数分解Ⅰ】に目を付け、リュックの容量を減らしているようだ。
「ねーねー先生、今度はコレやってー!」
「はいはい、『MPポーション』ね。……【因数分解Ⅰ】!」
ボフボフボフッ……
「おお凄ーい! えーっと、タグには…………ゲゲッ、低質ばっかりー!?」
1本に纏まったMPポーションに付いたブラケット・ラベルを見て、ショックを受けるコース。
「コース、前に俺が言った事忘れたのか? MPポーションはケチっちゃ駄目なんだって」
「……ううっ。でも、やっぱ安いヤツを買いたくなっちゃうんだよねー……」
「……まあ、コースがそうしたいんなら俺は構わねけど。……そんじゃ先生、俺もお願いして良いか?」
「おぅ。どれを纏める?」
「んー……、じゃあこの『缶詰』を頼む」
そう言うと、ダンは次々とリュックから缶詰を取り出し…………。
……あっという間に、ダンの前には缶詰の山が出来ていた。
「全部で幾つだよ、ダン?」
「えーっと……23個だな」
「多いな」
シンの約3.3倍だ(【乗法術Ⅳ】利用:23÷7=3.28・・・)。
「まぁいいや。……【因数分解Ⅰ】!」
ボフボフボフボフッ
「おお! ……ってあれ? 1個じゃねえぞ」
「本当だ」
白煙が晴れると、缶詰の山が有った所にはまだ4個残っていた。
ブラケット・ラベルが取り付けられた缶詰が1個、それと普通の缶詰が3個だ。
「先生の魔法が失敗したのか?」
「いや、ブラケットラベル付きの缶詰も有るし……、失敗はしてないと思う」
「って事は……、先生の【因数分解Ⅰ】にも、纏められる個数が有るんじゃないですかね?」
「成程」
となると、23個のうち残ったのは3個だから……。
「僕の【因数分解Ⅰ】で一度で纏められるのは20個までなんだな」
「そういう事か。……けど、いずれにせよリュックが一気に軽くなるぞ! サンキュー先生!」
「おぅ」
……とまぁ、皆の荷物整理が終わったようだし。
それじゃ僕も荷物整理するか。
「んー、何か有るかなー……」
リュックをガサゴソ漁り、【因数分解Ⅰ】で何を纏めるか考える。
「………………そうだな、これにしよっと」
そんなリュックの中から取り出したのはMPポーションの空き瓶。
試験管みたいな細長い瓶を18本、床に並べる。
……結構溜まっちゃってる。今度薬屋に返さないとな。
「【因数分解Ⅰ】!」
ボフボフボフッ
とまぁ、そんな溜まりに溜まった空き瓶も、呪文を唱えれば一発で空き瓶1本に早変わり。
『纏める』のもだいぶ手慣れたモンだ。
「最後に、念のため袋に入れればっと」
衝撃で割れないように空き瓶を小さい麻の袋に入れ、口を紐で結んだら完了。
これで僕のリュックに空き瓶17本分のスペースが確保できたな。
助かります、【因数分解Ⅰ】。
……ところで。
「んー……」
タグ付き空き瓶を入れた袋を眺めつつ、考える。
もしも、18本を1本に纏めた瓶を袋に入れた状態で【展開Ⅰ】したらどうなるんだろう?
ちょっと気になるな。
……よし、気になる事は試すまで!
空き瓶も袋もそう高価なモンじゃないし、やってみよう!
皆から少し遠ざかった所で床に瓶入り袋を置き、とりあえず魔法を唱えてみた。
「【展開Ⅰ】!」
すると。
ボフッボフッ
ボフボフッ
「おぉ!」
床に置いた袋がどんどん膨れていき、紐で結んだ口からは白煙が勢い良く噴き出す。
袋の中に瓶が現れ始めているようだ。
ボフッボフッ
ボフボフッ
その後も袋の中で空き瓶は増え続け。
「……ちょ、ちょっとヤバいかも…………」
口から噴き出す白煙の勢いは止まらず、袋は空き瓶でパンパンになってきた。
……マズい。【展開Ⅰ】しちゃいけないヤツだったかも。
麻袋は元々空き瓶5、6本くらいしか入らない大きさだったから……このままじゃ袋が破裂しちゃうぞ!
ボフボフッボフッ!
ボフボフボフ!
「……ちょっ、やっぱり【展開Ⅰ】キャンセルで……」
尚も空き瓶の勢いは止まらず。
袋には空き瓶の形が浮かび上がり、麻の袋がブチブチ言い始めた。
……ヤバいヤバいヤバいヤバい! 袋が――――
ブチブチブチブチブチッ!!!
カランコロンッ!!
カランコロンッ!!
「うわっ!」
そして。
麻袋は限界を迎え、中に詰め込まれた空き瓶を大放出して破裂した。
「あー……」
『やっちゃった』という後悔と、破裂の驚きに呆然とする僕。
その目の前には、麻袋だったものと大量の空き瓶が散乱。
…………でも、お陰でまた良い事を思いついちゃったぞ。
【因数分解Ⅰ】で纏めた物を袋に入れ、【展開Ⅰ】を使って中身を溢れさせ、破裂。
うん、良いな。使える。
使えるぞ、この作戦!
その名も……
「展開爆弾だ!」




