13-23-1. 『策謀認可』
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一人部屋でそこそこ広く、窓からの眺めも良い病室。
骸骨を模した仮面は、ベッドの横の机に置かれている。
静かな病室には、ポタポタと魔力点滴が滴下される音が微かに響く。
「……」
そんな病室で、私は一人ベッドの上で横になり、病室の窓から魔王の森と昼過ぎの青空を眺めていた。
……あの忌まわしき『白衣の勇者』を討伐するため、数日を掛けて練りに練り上げた『フーリエ包囲作戦』。
それを軍団長に提出したあの日から、3日が過ぎた。
今、私の作戦は魔王軍の中でによって順調に確認・承諾が進められ……作戦発効まであと一歩の段階まで来ている。
あぁ……、今日の夜が待ち遠しい…………。
早く、早く『作戦』を開始して、あの『白衣の勇者』の首をこの手でッ……!
軍団長は私の口頭での概要説明を聞かれた後、分厚い作戦書を自室に持ち帰って精査して下さった。
私が手渡した手書きの作戦書は200ページ程まで至っていたのだが……、まさか1日で読了、更には改善点まで指摘して下さるとは思わなかった。
おかしい。軍団長の脳は筋肉で出来ていた筈なのに……。
とはいえ、こうやって普段は頼りない軍団長が時々見せる『長たる資質』こそ、私が軍団長を慕い続ける理由なのかもしれない。
作戦提出の翌日。
再び私の病室に訪ねて下さった軍団長と共に、改善点の修正。
……と思ったのだが、改善箇所は全て軍団長の読み違え。
作戦にミスは無かったようだ。
そして、『邪魔したな』と言って頭を掻きつつ私の病室を出ていく軍団長は、去り際にこう仰って下さった。
『全く以って完璧な作戦だな、ガーッハッハッハ! さすがは第三軍団の指揮官、セットだ!』
また少し、軍団長を慕ってしまった気がした。
その後、私の作戦書は軍団長の手によって次々に承認を得ていった。
まず、第三軍団内での『臨時役職級会議』に掛けられ、全会一致で承認。
続いて、帝国へ進行中の第二軍団・第一軍団に機密回線通信を飛ばして『軍団会議』を行い、承認。
更に、魔王軍の近衛隊にも提出され、『近衛会議』でも承認。
小規模・中規模な作戦ならば、この段階で作戦が発効する。
しかし、今回のように軍団規模の作戦には更にもう1段階。
それこそが私の残す、最後のチェック。
魔王様への『具申』だ。
私が直接魔王様の下へと赴き、概要を直々に述べる。
魔王様がそこで作戦を『認可』すれば、作戦は魔王様の名の下に発効される。
そして、具申は今晩行われる。
あと5時間半も時間が有るのだが…………あぁ、待ちきれない。
寝ようと思えど、『この手で"白衣の勇者"を殺せる時が来る』と思えば眠気も一瞬にして吹っ飛んでしまう。
身体を動かしたくて堪らなくなるが、そんな事をすれば腹の傷口が開いてしまう。
かといって何か他の事を考えようとも、直ぐに『白衣の勇者』が頭にちらついて離れない。
「……フゥ。落ち着け、私……」
…………そんな自分の心を落ち着けるため、深呼吸して再び窓の外を眺めて気を紛らわすのだった。
コンコンッ
……はッ。
病室の扉から聞こえたノックで、ふと我に返る。
気が付けば、窓の外は真暗闇。
時計を見れば『具申』の時間まであと30分。ボーっとしている間にかなりの時間が経っていたようだ。
そして今、軍団長が約束通り私を迎えに来て下さっている。
『おいセット、起きているのか?』
そんな事を考えていると、扉越しに聞こえる軍団長の声。
……しまった、軍団長をお待たせしてしまっている。
大慌てで部屋の魔力灯のスイッチを点け、仮面を被り。
気を落ち着けて、扉の奥の軍団長に向けて言った。
「お待たせしました。どうぞ」
ガラガラガラっ
「ガーッハッハッハ、失礼するぞ! 傷の具合は如何だ、セットよ!」
「軍団長、お陰様で順調に回復しています」
「そうかそうか、それは重畳! ノックしても中々返事が返って来なかったから、腹の傷如きで死んだかと思ったぞ! ガーッハッハッハ!!」
「…………」
「冗談だ冗談!」
「存じております」
「ところでセットよ、貴殿の作戦書は全く以って素晴らしいな!」
「ありがとうございます、軍団長」
「うちらの役職会議はともかく、第二軍団の奴らも第一軍団の奴らもスンナリ承認だったぞ! 近衛隊の奴らに至っては『史上稀に見る出来だ。魔王様の認可も間違いない筈』とか言っていたな!」
「……そこまで言って頂けるとは」
「まあ、流石は第三軍団の頭脳だ! 誇らしいぞ! ガーッハッハッハッハッハ!」
「…………」
「ん、何だ? 照れてるのか?! そんな恥ずかしがるな。胸を張れぃ!」
「………………はい」
「それより、さっさと魔王様の間に行くぞ! 車椅子は用意してやったから、早くコイツに乗るのだ!」
「……すみません、軍団長に車椅子まで用意させてしまって――――
「構わん! 怪我人は、上の者であろうと誰でも使いまくって怪我を治せ! そして治ったら全力で恩を返せ!」
「……さすが軍団長。他の軍団長さん達とは言う事が全く違いますね」
「あんな奴らの戯言など気にするな! 奴らは『上下関係』が口癖みたいなモノだからな!」
「ハハッ、確かにそうですね。軍団長」
「ああ! 上下関係は大事なのは勿論だが、あそこまで厳しいと却って軍の柔軟さが無くなる! ソレナリで良いのだソレナリで!」
「成程――――
「良いからさっさと車椅子に乗れ、セットよ!」
「分かりました」
キィーッ
キィーッ
キィーッ……
「さて、魔王様の間まではもう少しだな!」
「すみません、軍団長。車椅子を押してもらうのまでお願いしてしまい…………、本当に頭が上がりません」
「だから気にするな! 貴殿は怪我人、今はさっさと怪我を治せばいいのだ!」
「……はい」
「そして治った時には――――
「治った時には…………軍団長のため、必ずや命を懸けて戦います!」
「ほう、その意気や良し! それでこそ第三軍団のメンバーである! ……だがッ!」
「……だが?」
「貴殿は指揮官、吾輩と副長に次ぐ立場の者である! 貴殿が死ねば軍団全体が死ぬ! 命は懸けるな! 命を懸ける思いで指揮に徹せよ!」
「……はッ、はい!」
「あと、『吾輩のため』でなく『魔王様のため』に戦うのだぞ、セットよ! ガーッハッハッハ!」
「……そうでした。全ては魔王様の理想のために」
「ああ! 全ては魔王様の理想のために!」
「……時間ギリギリでしたね、軍団長。具申2分前に到着するなんて」
「吾輩もヒヤヒヤだったぞ!」
「普段なら10分の道のりが、車椅子だと25分も掛かるとは……」
「全くだ! ……しかし、先程の魔力昇降機で先を譲って貰った魔物共には感謝せねばな!」
「はい。今度会った時には、彼らには何か恩を返してあげたいです」
「ああ! それもまずは『治してから』だな!」
「……セットよ、間も無くだ。準備は良いか?」
「勿論です、軍団長」
「良し。それでは作戦具申の一切、貴殿に頼んだぞ」
「お任せ下さい」
————魔王様ッ! 第三軍団所属・セット、作戦の具申に参上致しました! 不躾では有りますが、車椅子の上から失礼させて頂きます!
————ハッ! 怪我は順調に回復しつつあります!
————ハッ! 有り難き幸せッ!
————ハッ! それでは、簡潔に概要を申し上げさせて頂きます!
————作戦名『フーリエ包囲作戦』!
————目的『王国にて猛威を振るう”白衣の勇者”の討伐』!
————此方の戦力『第三軍団総員:計10万』!
————作戦概要! フーリエの周囲を陸海にわたって包囲、および侵攻!
————それにより『白衣の勇者』およびその仲間を街の外へと誘出し、隔離!
————そして、如何なる手を講じてでも奴を討伐! 以上であります!
————魔王様より本作戦の認可を頂戴した暁には、私・セット……必ずや、必ずや魔王様の理想のために活躍して見せましょう!
そしてその日、魔王城内には『策謀認可』の一報が駆け回った。
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