13-20. 声量
複数のアイテムを1つに纏めちゃう『インベントリ』の魔法、【因数分解Ⅰ】を手に入れた僕は、ちゃんと練習問題を解いていた。
「……完了ッ!」
A問題(10)の答え、『(x+6)(x-6)』と紙に書いてペンを置く。
「…………フゥーっ」
腕を上に伸ばしてググっと伸びる。
……やっぱり因数分解って難しいな。『和』と『積』の求めゲームも、マイナスが入ってきた途端に頭がこんがらがっちゃうしな。
たったの10問、A問題だけでも結構疲れたよ。
けどまぁ、そんな甘えた事も言ってらんない。
まだ僕にはB問題、『展開』が残ってるのだ!
……今日の特訓の疲れも残ってる事だし、さっさと展開の10問も終わらせて寝ちゃおう。
という事で、早速B問題の(1)に左手を————
ピトッ
「おぅッ……」
問題を解こうとした矢先、再び指が問題にくっついた。
……えっ、この感じは……、まさか2個目ッ!?
指にちょっと力を込めて離したりずらしたりしてみると、指を通して感じる『魔力が吸いつかれている感覚』。
……そうだ、間違いない!
今日はもう【演算魔法】の件は終わったと思ってたんだけど。
『後は練習問題を解くだけ』と思ってて完全に不意を突かれたんだけど。
……まだ終わってなかったようだ!
本日2個目の新魔法、どんなモノが来るんだろう。
1個目の【因数分解Ⅰ】はかなりの便利魔法だったから、2個目にも期待しちゃうなー。
……そんな事を頭の中で考えつつ、全身で心臓のドキドキを感じる。
左手の人差し指には力を入れず、吸い付かれるがままだ。
練習問題も再びソッチノケ。
コレが終わったら、ちゃんとB問題もやってやるからな。少し待ってろ。
「スゥゥゥゥ…………フゥ」
一度、深く深呼吸して……心の準備もオッケーだ。
……よし、それじゃあ。
問題に触れる人差し指に力を込め、心の中で呟く。
贅沢は言わないけど、どうせ手に入れるなら強い魔法を。
チート級なら大歓迎。
って事で、本日2度目の新魔法……出でよッ!
「魔力注入ッ!」
いつぞやの恥ずかしいセリフと共に、指先から魔力を流した。
ピッ
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アクティブスキル【展開Ⅰ】を習得しました
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「おぉ!」
さっきと同じく、目の前に現れる横長のメッセージウィンドウ。
それに書かれた『【展開Ⅰ】』の文字を眺め、そう歓声を上げる。
……良いじゃんか良いじゃんか!
魔法の名前はそのまんまだけど、さっきの【因数分解Ⅰ】と言い【展開Ⅰ】と言い……、なんか良いコンビになりそうな魔法だな!
良かったね、【因数分解Ⅰ】。
【演算魔法】の一員になって早々だけど、君には良い相方が出来るかもしれないぞ!
……さて。
新魔法をゲットしたと来れば、その次は恒例の『能力チェック』だ!
「【状態確認】! フフーンフンフンフーン…………」
ピッ
ピッ
鼻歌を歌いつつ、スマホのようにステータスプレートを操作。
『【演算魔法】』という白文字にタッチし、魔法一覧のプレートを呼び出す。
「えーっと、【展開Ⅰ】はー……」
===【演算魔法】========
【加法術Ⅲ】 【減法術Ⅱ】
【乗法術Ⅳ】 【除法術Ⅱ】
【合同Ⅰ】 【代入Ⅰ】
【消去Ⅰ】 【一次直線Ⅱ】
【定義域Ⅰ】 【確率演算Ⅰ】
【因数分解Ⅰ】 【展開Ⅰ】
【解析】 【求解】
【状態操作Ⅳ】
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「…………あっ、有った有った」
ちゃんと【因数分解Ⅰ】のすぐ隣に組み込まれてた。
参考書でも言ってた通り、さすがは『因数分解』と『展開』。
対になる関係だけあってか、【演算魔法】一覧の中でも仲良しだ。
ではでは。
魔法一覧が載ったプレートの中にある、『【展開Ⅰ】』の文字に指を近づける。
【展開Ⅰ】の能力、お披露目と行こうか!
ピッ
===【展開Ⅰ】========
魔力を消費して、文字式の展開を高速且つ正確にこなせる。
演算能力はスキルレベルによる。
※【状態操作Ⅳ】との併用による効果
【因数分解Ⅰ】によって1つに纏めた同種複数の対象を、元に戻すことが出来る。
『全部展開』または『部分展開』が選択でき、後者の際には纏めた対象の中から元に戻す対象を自由に選択できる。
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……おぉ。
やっぱり『因数分解と対の存在』なだけあって、効果も【因数分解Ⅰ】とペアな魔法だな。
『1つに纏めた対象を、元に戻せる』って能力か……。
でもこれって、つまり『ブラケット・ラベルを外す』のと一緒だよね?
手でブラケット・ラベルをペリッと剥がせば良いだけじゃんか。ぶっちゃけ【展開Ⅰ】を使うほどでも……――――
あぁ、違う違う。大事なのはその後だ。
『全部展開』ってのは多分、()を丸ごと外しちゃうって事だな。コレが『ブラケット・ラベル』を手で剥がすのと一緒だ。10本纏めたHPポーションなら、一気に10本元通りにするって感じだな。
けど、『部分展開』ってのは……部分的に元に戻すって事かな。『10本纏めたHPポーションから、"低質"の4本だけ元に戻します!』みたいな感じなんだろうな、きっと。
はいはい。
そう考えれば便利だな。……ってか、必要不可欠だ。
もしも部分展開が無かったら、『HPポーションを100本纏めたけど、今すぐ3本欲しい』なんて時には一度100本にバラさなきゃいけないんだもんな。たった3本のために。
面倒臭すぎる。
その上、残った97本を再び纏め直すのもバカバカしい。
今考えたら【展開Ⅰ】って凄く有能じゃんか!
さっきは『使うほどでもないかも……』とか思っちゃってゴメンな。
モノを1つに纏められるけど、取り出すときは全部一斉しかできない【因数分解Ⅰ】と。
【因数分解Ⅰ】が無いとそもそも意味を為さないけど、必要な分だけ取り出せるようになる【展開Ⅰ】と。
見るからに有能な【因数分解Ⅰ】と、ソイツの隠れた欠点を埋める【展開Ⅰ】。
『対の関係』とはちょっと違った関係だけど、この2つの魔法は良いペアになってくれそうだ!
……あぁ、そうだ。忘れてた。
ちゃんとB問題もやっとかないと。
「これは……特別な公式のー…………、x²-16x+64、っと」
そう呟きつつ、B問題の(10)の答えを紙に書く。
……よしっ、全問終わり!
これで『因数分解・展開』の単元も完璧だ!
「……フゥゥーッ!」
答えを書き終わると同時に、ペンを机に置き。
勢いよく息を吐きつつ、椅子の背もたれに寄り掛かる。
今までの集中が、一気に霧のように散る感覚。
そんな気持ちいい解放感を感じつつ、独り個室で呟いた。
「…………あー、終わったーッ!!!」
……やべっ。思ったより大声が出ちゃった。
普段でさえココまで声量を出すことは滅多に無いってのに。
幾ら一人部屋だからと言っても、大き過ぎる声は隣のシンに迷惑かけちゃうからな。
……シン、大丈夫かな。今の声で寝ていたシンを起こしちゃったりしたら申し訳ないし――――
コンコンッ
僕の部屋の扉から、ノックする音が2回。
…………ゲゲッ、早速来た! まさかシン……!?
……いやいや、でもシンじゃないかもしれないし。
ダンやコース、アークが何か尋ねてきたのかもしれない。
うん。そういう事だってあるある。……ってか、きっとそうだ――――
「(先生、大丈夫ですか? 何かありましたか?)」
扉の奥から、丁寧語口調な男の子の声が聞こえた。
……あー。やっぱりノックの主はシンだったかー。
「大丈夫大丈夫。済まんな、驚かせちゃって」
部屋の中からシンにそう答えつつ、部屋の入口へと向かい。
ドアノブに手を掛け、扉を開くと。
ガチャッ
「ふぁぁぁッ…………、そうでしたか。無事で良かったです」
扉の前には、眠そうに目を擦って大欠伸するシンが立っていた。
……あー。やっぱりシンを起こしちゃってたかー。
って事で。
ちょっとシンに申し訳なさを感じた僕は、謝るついでにシンを部屋に入れてあげた。
さっきまで勉強に使っていた椅子にシンを座らせ、僕はベッドに腰掛ける。
「さっきは済まんな。折角寝てたのに起こしちゃって」
「いえ、大丈夫です。私もまだ寝付いてはいませんでしたし」
そう答え、小さく笑うシン。
……そうか。そう言ってくれると少し気が楽になるよ。
「……もうちょっとで眠りに就く、って所だったんですけどね」
……うぅっ。胸が痛い。
シンの小さな笑みが恐怖に思えてきた。
「ところで……先生は部屋に戻られた後も、数学の勉強をなさっていたのですね」
僕が罪悪感に悶えていると、机の上の勉強セットを眺めるシン。
……やべっ。勉強セット、出しっ放しにしてた。後でしまっとかないとな。
「ま、まぁね」
「こんな夜遅くまでお疲れ様です」
「おぅ」
「……という事は、今回もまたアホみたいに訳の分からない強さの魔法を手に入れてしまったのですか?」
……『アホみたい』って。
…………『訳の分からない』って。
………………『手に入れてしまった』って。
言葉の弓が3本、僕の頭に立て続けにブッ刺さる。
お前っ……、【演算魔法】を散々に言ってくれたな!
「……お、おぅ。そうだな」
「おお! 今回はどんな【演算魔法】なんですか? やっぱりチート級なんでしょうか?」
クソッ、とことん馬鹿にしやがって…………。
「…………それは明日の特訓まで秘密だな」
「えぇぇ……」
ちょっと悔しくなった僕は、シンを焦らしてみることにした。
『今見せちゃおうかな』とも思ったんだけど……【演算魔法】を散々酷く言ったバツだ!
明日の特訓の時まで、せいぜい首を長くして待つが良い!
数学者舐めんな!
ハハハハハハハハハ…………!!




