13-16. キャンペーン
フーリエの冒険者ギルドの、買取カウンター。
交代を終えて僕達の前に現れたのは、例のごとくマッチョ兄さんだった。
王都東門のギルドでも、王都中央でも、テイラーでも見た顔と全く同じ、マッチョ兄さんだった。
……僕の『マッチョ兄さんの呪い』もまだまだ健在だったようです。
「ま、マッチョ兄さん…………いつもお世話になっております」
とりあえず挨拶しといた。
「お、おう。……俺と会った事有ったっけ?」
ちょっと引き気味なマッチョ兄さん。
「いえ、初めてお会いしますが……、王都東門や王都中央、テイラーのギルドにいらっしゃるご兄弟様には色々と便宜を図って頂き――――
「ああー、そういう事ね。はいはい。そいつらは俺のイトコだな」
「「「「「イトコ?」」」」」
「そうそう。王都中央には本家の長男、王都東門は本家の三男、それとテイラーの奴は親父の兄の息子だ」
「「「「「……」」」」」
……いや、そんなスラスラ言われても分からないって。
本家とか出てきた時点で僕の理解は止まりました。
「本家の奴らは性格が穏やかで優しかったよな。特にアイツらは弟に行くにつれてフレンドリー感が増していくし」
「「「「「……」」」」」
……いや、そんな身内ネタを説明されても困るよ。
そんなに覚えてないし。マッチョ兄さんにそこまで興味無かったし。
「テイラーんとこの従兄も優しいっちゃ優しいんだけど、俺にだけは当たりが強いんだよ。何か気に食わねえ事があると俺にはすぐキレてたからなー。ぶっちゃけ俺、アイツとはあまり会いたくねえし」
だから知らないって!
……っていうか、マッチョ兄さん達の中にも性格の違いって有るんだね。知らなかった。
「それもあって、俺は西の都・テイラーと真逆にある東の都・フーリエで働いてるんだよな」
……そっすか。
結局、マッチョ兄さんの話はよく分かんなかった。
ただ、一つだけ分かった事。『マッチョ兄さんネットワーク、凄い』。
マッチョ兄さんの血統は王国内のギルドを網羅でもしてんのかな。
まぁ、マッチョ兄さんのご親戚の件は置いといて。
さっさと本題に移ろう。
「……ところでマッチョ兄さん、獲物の買取をお願いします」
「あー、ごめんごめん。忘れてた」
……頼むよ、マッチョ兄さん。
「そんじゃ、獲物をカウンターに置いてって。ステータスプレートも青水晶にかざすように」
「はい」
……フゥー、やっとこの時が来たよ! 僕の肩が救われる……ッ!
「ょいしょっ」
肩に担いでいたブローリザードを下ろし、カウンターにゴロリ。
と同時に、肩に掛かっていた負荷が急に無くなる。
ハァー……、スッキリだ。肩が物凄く軽い。
まるで肩が宙に浮いてるんじゃないかっていう感覚だ。
肩が粉砕せずに済んで良かったよ。
「では、私の分も…………ぃよとッ!」
僕に続き、シン達も順々にリザードをカウンターに載せていく。
「ぃしょっ!」
「……ふんッ!」
「んー……しょっと。……これで全部ね」
最後にアークがリザードを載せ終わると、カウンターの上はブローリザードで一杯になってしまった。
体長1m級のトカゲ5頭がゴロンゴロンとカウンターに積まれている光景……、傍から見たらビックリだよな。日本じゃ絶対に見られないよ。
「おっほぉー……ブローリザード5頭か! これは良いぞ!」
積まれたリザードを眺めつつ、興奮するマッチョ兄さん。
……アークがお腹に風穴を開けちゃったり、シンがバサッとやって脚が3本しか無かったり、結構傷物が多いんだけどね。
そんなに喜んで頂けるんなら、こっちも嬉しいよ。
「ところで、お前ら…………ブローリザードは『3頭でLv.14』だけど、明らかにそのLvにしちゃ若過ぎるよな。怪我は無かったか?」
「ああ、全く問題無えよ!」
「はい! 何度もブッ飛ばされましたが」
「先生が居れば、全然ダイジョーブ!」
「先生……? その白衣の奴か?」
「ええ! ケースケは凄いんだから!」
「ほぅ……」
ちょ、ちょっと。そんなに褒めないで。
褒められ過ぎて褒め死にしちゃいそう。
……自分で言っときながらだけど『褒め死に』ってなんだよ。
「お前『ケースケ』って言うのか。詳しくは聞かねえが、お前も若いのに凄いんだな」
「……どうも」
……恥ずかしながらも、とりあえずそう答えといた。
「でー、買取の話に戻るんだけど」
……しまった。また話が逸れちゃった。
本題に戻ろう。
「あ、はい。お願いします。……傷モノばっかりなので、どれだけ値落ちするか分からないんですけど」
「……あぁ、その心配なら要らねえ。値落ちしないからな」
……えっ、『値落ちしない』!?
こんな全身傷だらけの獲物にしちゃったのに?
…………どういう事だろう。
「……と言いますと?」
「いやー……。最近、フーリエを拠点にする冒険者が少しずつ減っちまってなー、魔物の買取数が減ってんのよ。砂漠の魔物は結構需要が有んのに」
「「「「「へー……」」」」」
『東の都』とも呼ばれる大きい街なのに冒険者不足かー……。
言われてみれば、僕達が特訓してる間に同業者は見かけなかったしな。
なんだろう。他の街に拠点を移しちゃったのかね。
「って事でだ。冒険者ギルドでは、供給量を増やす為に『魔物買取強化キャンペーン』を始めたっつー訳よ」
「「「「「おぉ!」」」」」
思わず揃って歓声を上げてしまった。
それは良い! ナイスタイミングじゃんか!
「キャンペーンの対象は砂漠に棲む魔物。普段やってる『査定』は無しにして、どれだけ傷ついていようと満額で買い取ってやる。…………更に」
「「「「「…………更に?」」」」」
そして、マッチョ兄さんの口からキャンペーン最大の目玉が放たれた。
「……買取金額1.5倍だ! 喜べお前ら!!」
「「「「「うおォォォォォォォォッ!!!」」」」」
5人揃って、周りの目も気にせずクソほど叫び散らした。
「あぁー、疲れたーッ!」
ポフ
「フゥー……、私も疲れましたっ!」
ボフッ
「俺もだ! よっこらせっと」
ボフッ!
リビングに入るなり、さっさとソファに腰掛ける学生達。
「「「ハアァァァー……」」」
そのまま、3人揃ってダラーリとソファに寄り掛かる。
「……フフッ。なんか可愛いわね、あの子達」
「おぅ、そうだな」
そんな様子をダイニングテーブルから眺める、僕とアーク。
「ふぅ……。今日はわたしも結構疲れたかな。こんなにバリバリ動いたの久し振りだしね」
「おぅ」
そんな僕達も、椅子の背もたれにダラーっと寄り掛かる。
無事ギルドでリザードの買取も済ませた僕達は、そのまま家まで帰って来た。
1日を費やした特訓には皆も体力を散々使ったようで、もう皆ヘロヘロ。…………なんだけど、『買取強化キャンペーン』のお陰でテンションが下がらず、元気一杯。
疲れてるハズなのに元気。元気なのに疲れてる。
そんな謎の体調のまま、5人揃ってリビングでノンビリしていた。
「……それにしても、凄い買取金額だったわね」
「あぁ。ビックリだよ」
ジャラジャラっと音を立てて、買取金が入った袋をテーブルに置く。
「全部で金貨1枚に銀貨50か」
「ガッポガッポだねー!」
リザードの買取金額は元々銀貨20枚。だから合計も金額1枚のハズ(【乗法術Ⅳ】利用:20 × 5 = 100)だったんだけど、金額1.5倍かつ値落ちゼロのお陰で銀貨50枚がくっついて来た。
キャンペーン様々だ。
「王都で俺らが1日頑張っても、金貨1枚すら行かねえのにな」
「この調子で行けば、数日で家賃が返せちゃうかもね」
「本当です。こんなに稼げる場所を知ってしまうと……私達はもう王都じゃ狩りが出来ませんね」
「……まぁ、先生が居なけりゃこんな所で狩りなんて無理だけどな」
「ケースケ様々ね」
「うんうん! 【演算魔法】サイコー!」
「……お、おぅ」
君達は僕の事を何度『褒め死に』させる気なの?
……とは思ったけど、それもそうだよな。こう言っちゃなんだけど、僕自身でもそう思うよ。
そもそもフーリエ砂漠は『それなりの中級冒険者が挑む』レベルの狩場。Lvが一桁の、数ヶ月前に冒険者を始めた僕達が挑むのなんて単なる無謀だ。
本来なら。
そこを『ステータス5倍』の力で、体力や技術面の不足をカバーしつつなんとか戦えている。
僕達の身の丈に合わないハズの狩場。だけど、そのお陰で強くなるのも金を稼ぐのも著しく速い。
そう考えると、【演算魔法】って素敵だね。
数学者やってて良かったかもな。
机の上の袋と仲間達を眺めつつ、そう思った。




