13-13. 特訓Ⅴ
ダンがリザードの体当たりを捌き切り、僕とコースの目の前にはその反動で意識を失ったリザードが横たわる。
そんなリザードに、コースが魔法の杖をビシッと向ける。
「スゥゥーッ…………ふぅ…………」
いつになく、真面目な顔で集中するコース。
眼を瞑って深呼吸し、気持ちを整える。
……まだリザードは目覚めていない。
息を吐き終えると、コースの眼がパッと開く。
そのまま杖を握る右手にギュッっと力を入れ、叫んだ。
「…………行っくよー!」
キラッ
と同時、コースの魔法の杖の先が青く輝き始める。
……おっ、その光はッ……!?
「(雪の日……、雪の日……、雪の日…………)」
キラキラキラキラッ……
小さな呟きと共に、杖の先の光が段々と大きくなる。
その先に倒れるリザードは、まだ目覚めない。
……よし、行けェッ!!
「【氷放射Ⅰ】ーッ!」
コースが唱えると同時、青い光が一層強く輝き。
光の中から、大量の氷の欠片が――――
ピシュゥゥゥゥゥッ!
……じゃなくて、水のレーザーが飛び出した。
水のレーザーは、一直線に意識を失っているリザードへと向かい。
ビシャァァァァッ!
リザードに直撃し、鱗に弾かれ。
綺麗な虹を作りながら、リザードの身体を潤していった。
「「「…………えぇっ!?」」」
……いやいやいや。
あんな光のエフェクトまで出しときながら、結局いつも通りかよッ!
「ダメだぁー……」
肩をガックシと落とすコース。
……あの超楽観的なコースが落ち込むとは、珍しい。
それこそ、明日はフーリエ砂漠に雪が降るんじゃないの?
……だが、そんなどうでも良い事を言ってる場合じゃ無かった。
「あっ、リザードがッ!」
「なッ!?」
アークの声に促されてリザードを見ると、意識を失っていたハズのリザードが目を開いている。
……あぁクソッ! コースの攻撃が文字通り『呼び水』になっちゃったのかよ!
グッ
水を受けて元気になっちゃったリザードは、僕の目の前でのっそりと四つ脚で身体を持ち上げ————
ギョロッ
「……うぅっ」
こっちに振り向いたリザードと目が合った。
「「……」」
……視線を合わせたまま、リザードと僕の動きが止まる。
…………おいおいおい! コレはマズいぞ!
リザードと僕との間合いは至近距離。
こんな所から体当たりされたら絶対に避けられないし、僕なんか一撃で弾き飛ばされるの確定だ。
どうすれば良い?
どうすれば良い?
どうすれば————
ザザッ
「うおオオォォォッ!」
動いた動いた動いたッ!
こっちに向かって歩き出したァッ!
「お、おい先生! 落ち着け!」
「ケースケ! まず間合いを取って!」
それどころじゃ無いじゃんかァッ!
リザードはもう僕の足元まで来てるんだよ!
こんな至近からじゃ、絶対体当たりを避けられないぞ!
ザァッ!
足元のリザードが、思いっきり砂を蹴る。
と同時、僕の腹に向かって跳び上がって来る!
うゎっ、ヤバいヤバいヤバいヤバい————
……と、その時。
完全パニックに陥っていた僕は、無意識に呪文を唱えていた。
「【定義域Ⅰ】・0.2 ≦ xッ!!」
シュンッ
僕の目の前20cmの所に青透明の板が現れる。
板がリザードの進む先を遮る。
「…………はッ」
僕の眼に映るリザードとの間に板が入った事で、一瞬心が落ち着く。
肺の空気が抜けるような感覚とともに、ホッとする————
バリィィィンッ!
「何ッ!?」
……のも束の間。
板を突き破ったリザードの勢いは、まだそこまで衰えていない。
クソッ! ……けど、まだだ!
「【定義域Ⅰ】・0.1 ≦ xッ!!」
シュンッ!
僕の目の前、10cmの所に板が張られる。
再び、リザードの行く手を板が阻む。
……くっ、コレが破られたらもう後が無いぞ!
バリアを張れる余裕が無い————
バリィィィン!
ちくしょう、簡単に破りやがってッ!!
……リザードは既に、僕の腹と10cmの所まで接近。
けど、流石に2枚も板を破ったお陰かリザードの勢いは衰えてきたように見える。
……けど、もう直撃まで後がない。
クソッ、他に何か手は無いのか!
どうすれば良い?
どうすれば良い?
どうすれば良い————
あぁもう、こうなったらアレしか無い!
最後の望みだ!
「【定義域Ⅰ】・0 < xッ!!」
何が起こるか分からないんだけど、イコール無しの不等式で【定義域Ⅰ】だ!
頼む、何か起こってくれッ!!
……
…………いつもの『シュンッ』っていう、板が張られる音がしない。
目の前に板も現れない。
……んん?
えっ、まさか失敗!? イコール無しだと板を張ってくれないのか!?
ちょっ、そんなの嫌だ! おい【定義域Ⅰ】、それは無いよ!
その間も、無情にもリザードの身体は僕へと近づいていき————
ドンッ
僕の耳が、鈍い衝突音を聞いた。
僕の眼が、リザードの身体と僕の腹がぶつかるのを見た。
そして僕の腹が、リザードとぶつかる衝撃を感じ取…………
「……っ?!」
あれっ、ぶつかった衝撃が無い。
……なんでだ!? 体当たりは腹に直撃してたハズなのに?
そう思いつつ、視線をリザードに戻すと。
ズサァァッ!!
丁度、リザードが体当たりの衝撃で仰向けに倒れる所だった。
まるで、板にでもブチ当たったかのように。
「……ん!?」
でも、板が張られる様子も無かったし、張られる音も無かったのに。なんで!?
……もう何が何だか分からない。
まぁいいや。
分からない事は、どんだけ考えたって分からない。後回しだ。
……それより、リザードがまた倒れた!
という事は……
「アーク! コイツに止めを!」
少し遠くに立っているアークに向かって、声を掛ける。
シン、ダン、コース、僕とチャンスは巡り、今再び攻撃のチャンス。
だとしたら……勿論、今度はアークの番だ!
「ええ!」
ボゥッ!
アークが応え、右手に握る槍が炎を纏う。
そのまま振り返り、こちらに走ってくる。
アークのジャマにならないように、リザードからバックステップで飛び退く僕。
……これで、駆けるアークと横たわるリザードの間に邪魔は居ない。
その上リザードは倒れており、絶好の攻撃のタイミング。アークから一方的に攻撃できる。
アークの目標、『【強刺Ⅱ】のマスター』にはこれ以上ない瞬間だ。
「行けアーク!」
「ええ! もちろん分かってるわ!」
ボゥゥッ!
僕の声に反応するように、槍の炎が一層燃え上がる。
そして……アークがリザードの目の前に辿り着いた。
「行くわ……」
そう呟き、槍を両手で握りしめる。
槍の纏う炎が一瞬、弱まる。
「……」
そんな静寂が数瞬続いた、溜めの後――――
「……【強刺Ⅱ】ッ!!」
ボァフゥッッ!
叫び声と同時、槍を覆う炎が爆発。
その炎と共に、槍がリザードの腹に突き出された。
バリッ
ブススススッ……
腹を守る鱗が砕かれ、その内側へと炎の槍が入り込む。
肉が焼けるような音と匂いと共に、槍はリザードの身体の奥へ奥へと進んでいき。
……バリッ!
ボォォォッ!
リザードの背中の鱗を突き破り、槍の先端と炎が噴き出した。




