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13-9. 特訓Ⅰ

サッ

サッ

サッ


「うぉっ」


石畳の東街道から外れると同時、乾燥してサラサラな砂に足を取られるのを感じる。

いつも通りの歩き方だと身体をうまく蹴り出せず、自然と歩幅が小さくなる。

……アレだな。海水浴で砂浜を歩いている時みたいな感覚だ。



「うわぁ、歩きづらーっ……」

「……砂地って、歩くとこんな感覚なんですね……」

「身体が思ったように進まねえ……」


足元を見つつ慎重に歩く4人。砂地の歩き方に苦戦し、眉を八の字にしている。

どうやら海が初めてだった皆は砂地を歩くのも初めてのようだな。



「ハァ、もう疲れちゃったよー……」

「そうね。……わたしも足が結構キツいかな」

「これって、砂漠を歩くだけでも良い特訓になるんじゃねえか?」


まだ石畳の東街道を外れてから1分も経ってないってのに。

やっぱり慣れない事をやるのって厳しいんだね。



「……それでも、ぬかるんだ山道やゴツゴツの岩肌よりは歩きやすいですよね。コース、ダン」

「あー、たしかに」

「おう。雨上がりの山道とか最悪だったよな」

「それに比べれば、砂地はまだ楽な方です」

「そうだな!」

「うん! 私ももうちょっと頑張ろーッ!」


……なんというポジティブ・シンキング。

この子達、ある意味砂漠よりも過酷な環境に身を置いていたんじゃない?



「なら、砂漠で難なく歩けるようになったら山道なんかラクラクだな」

「成程、そうですね!」

「山道も軽々と駆けられるようになったら……最強だな!」

「私たち、トリグ村のヒーローになっちゃうかも!」


頭の中で想像を膨らませ、更に元気になる学生達。

おぉ、やる気滾ってるな。


……それなら、定番の()()でもやってみるか?



「やる気があって宜しい。……そんな君達に、僕の故郷に伝わる有名なトレーニングを教えてあげよう」

「どんなトレーニングなんですか?」

「先生、教えてくれ!」


喰いつきが凄いな。



「その名も……『砂浜ランニング』だ! 動きづらい砂浜で走り込めば、強靭な足腰が手に入るぞ。やってみるか?」

「えぇームリムリムリ! 歩いただけでこんな疲れるってのにー!」

「まだ俺らには早くねえか?」

「先生、まずは私達が歩き慣れてからにしましょう」

「……お、おぅ」


……冷静に断られてしまった。残念。

そんじゃ、『砂浜ランニング』は()()()特訓メニューって事にしとこう。






「さて。東街道からも離れてきたし、そろそろ魔物も現れ始めるかな」

「ええ」

「気を引き締めていかなきゃな」

「そうですね」


そう感じると、自然と少し身体に緊張が走る。

……あぁそうだ。アレも今のうちにやっとかないとな。



【乗法術Ⅳ】(マルチプリケーション)・ATK5、DEF5! 同様に・(マルチプリケーション)INT5、DEF5! 同様に・(マルチプリケーション)ATK5、DEF5! 同様に・(マルチプリケーション)ATK5、INT5、DEF5!」


シン、コース、ダン、アークの順にステータス加算を掛けていく。

……フゥ。仲間が多いのは嬉しいんだけど、その分魔法を使うだけで一苦労だ。

強化魔術師ってこんな気持ちなのかな。



先生(せんせー)ありがとー!」

「来た来たこの感覚!……久し振りに暴れるぞ!」

「身体の奥底から温かくなる感じ……さすが先生の【演算魔法】ですね!」

「助かるわ、ケースケ」

「おぅ」


まぁ、コレが僕の主な仕事だからな。

そんじゃ、戦闘職の皆さん。後は任せた。

非戦闘職の数学者を守ってください。




…………なーんちゃって。そんな甘ったれた事は言わない。

僕だって一緒に戦うよ。


早くLvアップして最大MPを上げ、【合同Ⅰ】(コングルーエンス)の『分身の術』を使えるようになりたいからな。

その上には【消去Ⅰ】(エリミネーション)の『透明化』と【代入Ⅰ】サブスティテューションの『変身』も控えてるし。

他にも、馬車旅の途中で色々と手に入れた【演算魔法】も試したい。

結構やりたい事は多いのだ。



非戦闘職だから戦わない?

非戦闘職だから戦えない?

そんな事はないさ。


僕には【演算魔法】という武器がある。



「……数学者舐めんな」


そう小さく呟き、僕も気を引き締めた。











「……先生」

「ん?」


砂漠を5人並んで歩くこと数分。

周りを警戒しつつ歩いていると、僕の前を歩くシンが振り向いて僕を呼ぶ。



「どうした、シン?」

「……やっぱり大丈夫でしょうか? 砂漠の魔物は草原よりも強いといいますし」


シンが立ち止まるのに合わせ、全員が足を止める。

……なんだよ。まだその心配引き摺ってんのかい。

シンって割と心配性なんだな————



「草原の魔物なんて今じゃ一撃だろ? 俺らなら砂漠でも大丈夫だって」

「そうそう、ダイジョーブダイジョーブ! わたし達、あのエメラルドウルフだって倒しちゃったんだよ!」


……って思っていたら、コースとダンがシンの励ましに入った。

僕が声を掛けるまでもなかったかな。

シン、お前は良い友を持ってるじゃんか。



「俺らなら大丈夫!」

先生(せんせー)のステータス強化もあるし!」

「……たっ、確かにそうですね」


そう言い、再びシンは顔を上げた。



「……はい。私の考え過ぎでした」


良かった。

シンの気持ちも復活したようだ。






……って今は思ったんだけど、もしかしたら今回はシンの心配が正しかったのかもしれない。

そう思ったのは、砂漠で初めての戦いが終わった後の事だった。


「そんじゃ、気を取り直して行こうぜ。シン」

「砂漠の魔物もバンバン倒しちゃおー!」

「はい!」


ダンとコースに励まされ、一歩を踏み出した。






……その瞬間。



ボフッ!

「……なっ!?」

「キャッ!」


突然、足元から砂が噴き上がる。

僕の頭より高く噴き上げ、目の前が一瞬黄色く染まる。


「うゎっ!!?」


と同時に、僕の目の前にいたはずのシンが視界の下へとワイプアウト。

短い叫び声を残して、僕の視界から消えた。



「えっ!?」

「なに今のー?」

「どうしたシン?!」


突然の出来事に驚き、武器を手に取る4人。

僕も腰を下げて身構える。



「痛つつッ……」


視線を下げると、そこには砂漠に腰を付けたシン。

……なんだ、躓いて膝から崩れ落ちちゃっただけか。



「先生、いきなり足元の砂が崩れて……」


……ん?

足元の、砂がッ!?

…………まさかソレって!



「ブローリザードのトラップだ!」

「「「「えッ?!」」」」


シンはただ躓いたんじゃない。地中のブローリザードが砂を掻き上げたせいで転んだのだ。

『シンの足元の砂が崩れ落ちた』、と同時に『地面から砂が吹き上がった』のが何よりの証拠。


…………僕達、狙われてる。



「……って事はこの辺に群れが!?」

「あぁそうだ! 気を付け————

「シン後ろーッ!」


僕の声にコースの叫び声が被さる。

すぐさま後ろを振り向くと。



ザッザッザッ

ザッザッザッ

「アイツらか!」

「こっちに来るわ!」


砂の上を四つ足で走り、凄い勢いで僕達の方へと迫る2頭のブローリザード。

気付くのが遅かったからか、だいぶ近くまで迫っていた。


アイツらの狙いは…………シンだ!

ちょうど今立ち上がったけど、まだ体勢が整ってない。



「マズいぞ!」

「避けろシン!」

「は、はいっ!」


長剣を腰から抜いて構えつつ、後ろに振り向く。




のだが。



ザッ!

ザッ!


シンが振り向いた時には、2頭のブローリザードは既に空中。

助走いっぱいに地面を蹴り、シンの腹部めがけて真っ直ぐ跳んでいた。



「えっ……」


恐怖からか、シンの剣を握る腕が無意識に縮こまる。

長剣の剣先はブローリザードじゃなく、空を向く。



「速っ————


そして、シンが一言呟き終わるのも待たず……






ドンッ!

ドンッ!

「ゔぅッ…………!」


2頭とシンが衝突した。


シンの下腹部に2頭の頭が命中。

シンの身体が腰から『くの字』形に折れ曲がり、一瞬全身が空中に浮く。

それと同時に交通事故を思い起こすような鈍い音と、シンの腹から漏れ出た呻き声が響く。


そのままシンの身体は吹っ飛んでいき、5mほど先で背中から砂漠に不時着。

砂を巻き上げながら後転で一回転し、止まった。

大の字になるシンの少し横に、手放されてブッ飛んだ剣が『サクッ』と砂漠に突き刺さった。



「「「「シンッ!」」」」


DEFが5倍だから怪我しないハズだってのは分かってるけど、それでも余りにもショッキングなシーンに思わず叫ぶ僕達。


……えっ、シン大丈夫かな。

怪我はともかく、こんな事言っちゃなんだけど死んだりしてないよね……?



「…………ぅぅっ……」


砂漠に仰向けになるシンから小さく呻き声が聞こえた。

あぁ、良かった。ちゃんと生きてるな————






「…………このトカゲ共、やっちゃったねー……」

「よくもシン(わたしの仲間)を……」

「…………絶対倒すッ!!」


……っと。

僕がシンの生存確認をしていると、隣から殺気に満ちた声が聞こえた。



……あーあ。

あのブローリザード達、コース達を怒らせちゃった。

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本作は、以下リンク(後編)に続きます。
以下リンクからどうぞ。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで eˣᴾᴼᴺᴱᴺᵀᴵᴬᴸ

本作の『登場人物紹介』を作りました。
ご興味がありましたら、是非こちらにもお越しください。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで』巻末付録

 
 
 
本作品における数学知識や数式、解釈等には間違いのないよう十分配慮しておりますが、
誤りや気になる点等が有りましたらご指摘頂けると幸いです。
感想欄、誤字報告よりお気軽にご連絡下さい。
 
皆様のご感想もお待ちしております!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
どうか、この物語が
 
小説を愛する皆様の心に、
心の安らぎを求める皆様の心に、
現実とかけ離れた世界を楽しみたい皆様の心に、
そして————数学嫌いの克服を目指す皆様の心に
 
届きますように。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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