13-8. 事前
港町・フーリエ滞在2日目。
7:38。
朝市の屋台で鉄火丼を頂いた僕達は、その後も屋台を眺めて歩いては気になった物を買ったりして朝市を一周。
朝市の入口に戻り、西門の方に向かって大通りの坂道を上がっている。
……のだが。
「うぅっ、重え……」
「だから買い過ぎだって言ったじゃないですか、ダン!」
ダンだけ背中に背負ったリュックを満杯にして、重そうにエッチラオッチラ坂を上っていた。
……ココの坂はそこまで急じゃないけど、流石にあのリュックを背負ってると坂の下にひっくり返っちゃいそうだ。
「いや、けどよお……美味かったじゃねえか、鉄火丼! 赤身を買ってくれば、アレが家でも食えるんだぜ?」
「それは分かります。……けど! どうしてリュックがパンパンになる程の量を買っちゃったんですか!?」
そんなダンの姿に呆れるシン。
……ダンのリュックを満たすモノ、それは『赤身』だ。
鉄火丼を食べたダンは、マグロっぽい魚の『赤身』の美味しさに目覚めてしまった。『……な、何だコレッ!?』って言って目を見開きながら凄い勢いで食べてたな。
で、その後の朝市探索でダンがマグロっぽい魚を大安売りしている屋台を見つけて……
「店のオッサンが『沢山買うほど値引いてくれる』っつってたから……」
「……成程。だからこんな大量に」
「おう!」
……って事だそうだ。
「俺、『赤身魚』ってヤツ初めて食ったぜ! トリグ村じゃ白身魚しか食えなかったからよお」
「……川魚は白身ですからね」
「これだけ買えば、家でもしばらくの間は鉄火丼が沢山食えるぞ! なんなら毎朝でもイケるな!」
「…………生モノはそう長く持ちませんが」
辛そうに坂を上りつつも、鉄火丼の味を思い出して笑顔を浮かべるダン。
そんなダンに対し、返答が棒読みなシン。完全に呆れちゃってるよ。
「……ッ!? ……あっ、そ、そうだった! コレって生モノじゃねえか!」
「「……えっ!?」」
僕とアークが同時に驚く。
何を今更な事言ってんだよ!
「つい、干物感覚で買っちまった……」
そんな事あるの!?
「あー、それトリグ村あるあるだねー」
「……だろうと思いました。だからさっきアレほど止めたのに」
……あんのかい。
「……じゃああの時言ってくれりゃ良かったのに! 『コレ干物じゃない』って!」
「知りませんよ」
ダンの逆ギレをあっさり一蹴。
……なんか雰囲気がちょっとピリピリしてきたぞ。
「ってゆーかさ、ダンー」
「何だよコース?!」
「村を出る前にもジイさまが言ってたじゃーん。『魚は飽くまで生モノじゃ。干物じゃない魚は直ぐ腐るから気を付けぃ』ってー」
「…………確かにジイさま言ってたな」
「そういう事です。分かったら次から気を付けるように。フーリエ滞在もまだまだ始まったばかりですからね」
「……分かったよ、シン」
シンのお説教を受けたダンは、決まりが悪そうにそう言った。
……良かった良かった。一瞬、喧嘩に発展するかと思ったよ。
戦士と戦士の喧嘩とか、僕無理だからね。仲裁に入ったら間違いなく死ぬからな。
……それにしても、『魚は生モノ』だなんて言うまでもない常識だと思ってたんだけどなー。
もしかしてアレか? この世界じゃ山間の辺境まで行くと『魚 = 干物 = 長持ち』っていう等式でも成り立っちゃうのかな?
……まぁいいや。そんな事は置いといてっと。
「あっ。皆さん、西門が見えてきました」
「それじゃ俺らの家ももう直ぐだな!」
「ダンがんばれー!」
「ええ。坂道ももう少しだよ、ダン!」
「コース、アーク、サンキュー! もう一踏ん張りだァッ!」
坂の頂上には西門が見えてきた。
あとは西門広場の一つ手前の交差点を右に曲がれば、僕達の家までは直ぐだ。
……さて。家に寄って準備が終わったら、僕達がフーリエにやって来た本題。
『特訓』だ。
気を引き締めて行きますか!
「フゥ……」
「「「「……」」」」
港町・フーリエ滞在2日目。
8:04。
5人並んで西門の前に立つ。
……門と言っても、見た目は分厚い外壁に空けられた門だけど。
そんな門の先に見える、真っ白な出口を見つめながら呟く。
「……さぁ、特訓だ。門の外の砂漠に出れば、確実に草原よりも強い魔物達が僕達を待ってる」
「「「「……」」」」
僕達の間に緊張感が走る。
「そんな強い魔物達をドンドン倒して、Lvをドンドン上げていこう。スキレベもドンドン上げていこう。ついでに『戦い方』ってのも覚えていこう」
「「「「……はい」」」」
……そんじゃ、ココでもう一度確認だ。
家に寄り、リュックから朝市で買ってきた物は取り出した。
今はちゃんとHPとMPのポーション、それと昼飯の缶詰に入れ替えてある。
服装も普段着から着替え、いつも通りの白衣でバッチリ決めた。
腰には愛用のナイフを差した。
……よし、準備は整った。
「……さて。皆準備は大丈夫か?」
「はい、準備出来てます!」
「私もー! 早く強い魔物と戦いたーい!」
「俺もオッケーだ!」
「わたしも大丈夫、ケースケ」
「よし」
シン、コース、ダン、アークも準備は整ったようだ。
「それじゃあ……特訓開始だ!」
「「「「はい!」」」」
そう言い、僕達は目の前の西門に向かって足を踏み出した。
「うゎぁー……、やっぱ広いな」
昨日轟の輸客馬車から見たばっかりだけど、改めてそう感じるよ。
西門の長い門を抜ければ、そこには一面のフーリエ砂漠。
『東街道』を示す足元の石畳の道以外には、目に付く物は何も無い。
「こんだけ広いと狩りホーダイだね!」
「ああ! 他の冒険者に気兼ねなく暴れられるな!」
「燃える物も無いし、わたしの魔法だってジャンジャン使えるわ!」
おっ、皆気合入って来たねー!
良いじゃんか! 僕も頑張ろ!
「……ところでなのですが、先生」
「ん? どうしたシン?」
「先生は、フーリエ砂漠に棲む魔物ってご存知ですか?」
おっと、こんな所に心配症が1人居た。
「おぅ」
「では、どんな魔物が居るのかを一通り教えて頂きたいのですが……」
あぁ、成程ね。
事前情報って大事だもんな。
「あっ。それ、わたしも教えて欲しいな」
「俺も俺も!」
「先生教えてー!」
「おぅ、分かった」
よしよし。
そんじゃ、皆纏めて教えてやろう。
「えーと……まず、王国の砂漠に棲みつく魔物は3種だ」
「そこは草原と同じなんですね」
「あぁ」
軽く考えているような素振りを見せつつ、必死に王城図書館で前に読んだ魔物図鑑のページを思い出す。
「それじゃあ、厄介じゃない方から順に説明していこう…………
まず1つ目は『ブローリザード』。全身が薄黄色をしたトカゲだ。色が砂漠に溶け込み、なかなか見分けがつかない。
体格は人間の身長の半分ぐらいで、それなりに体重も有る。日本でよく見る『トカゲ』を相似で大きくしたって感じだな。
推奨レベルは『3頭でLv.13』。普段から3頭くらいの群れで行動してるんだって。
ヤツらの攻撃方法は……、確か『トラップ作戦』だ。
まず、群れの1頭が砂に潜り、獲物の近くで砂を思いっきり掻く。
すると、獲物は足元の砂が急に崩れた事でバランスを失う。
そこに残りのヤツらが思いっきり体当たりをブチかます。こんな流れだ。
『思いっきり砂を掻いて巻き起こる風』、それと『ボディブロー並みの威力を誇る体当たり』を取ってブロー・リザードって呼ばれてるらしい。
次に2つ目は『カースド・スネーク』。体調は1mくらいで、黄色地に黒の点々の模様をした蛇だ。
外見はコブラみたいなのじゃなく、アオダイショウ寄り。図鑑の挿絵を初めて見た時には、一瞬『可愛い』って思っちゃったな。
鋭い牙は有るけど毒は無いし、人間を絞め殺す程の力は持ってない。……なので、ぶっちゃけ言うとカースド・スネークに直接殺される事はほとんど無いのだ。
そのせいもあってか、推奨レベルは『単体でLv.11』とブローリザードよりも低い。
けど、そんなカースド・スネークの気をつけなきゃいけない点、それは『噛みついた相手に詛呪を与える』ってところだ。
色々と悪い事を引き起こす状態異常、『詛呪』。
時間が経てば治るし、HP等には直接的な影響を及ぼさない。もし噛まれたのなら、詛呪が消えるまでジッと待てばいい。
……だけど、もしも詛呪を受けた状況で他の魔物に攻撃を受けたら…………。
まぁ、そういう事だ。飽くまで『直接殺される』事はほとんど無い。
で、最後の3つ目が『デザート・スコーピオン』。
砂漠に棲む魔物3種の中で最も強く、かつ強い魔物。
外見はくすんだ金色の甲殻に包まれた巨大サソリで、人間の膝下くらいの大きさだ。……想像しただけで鳥肌が立つ。
前脚に備える2つの鋏は、人間の足ぐらいなら一撃でポッキリ。尻尾はよくある鉄パイプくらいの太さで、勿論尻尾の先には毒針付き。
くすんだ金色の甲殻は硬く、ナイフくらいの衝撃じゃビクともしないらしい。
攻撃方法は鋏で獲物を掴み、そこに尻尾の毒針をブチ込む。あとは悠々と敵が自然と弱っていくのを待つだけ。
ちなみに、『毒で倒すまでもない』って思った時は大きな鋏でチョッキン! ……なんて事もあるようだ。
そんなデザート・スコーピオンの推奨レベルは『単体でLv.18』。コイツだけ砂漠の中でもズバ抜けた力を持っている事が分かる。
……けど、その強さ故に個体数はそう多くなく、砂漠で遭遇することも滅多にないらしい。
「………………って感じだな」
「成程……。ブローリザードにカースド・スネーク、デザート・スコーピオンですか」
「先生スゴい詳しいねー!」
「おぅ。一時期、魔物学者を目指してたことがあったんでね。それなりには」
アレも懐かしいな。
この世界に召喚されて王城を追い出された直後の事だ。もう2ヶ月くらいも前の話になっちゃったのか。
「……先生」
「ん? どうしたシン?」
ふとシンの方を振り向くと、そこには悩み顔のシン。
……なんだろう。忘れ物かな?
「……私達のLvはまだ8なのですが、大丈夫でしょうか? 一番推奨Lvが低いカースド・スネークでも11、デザート・スコーピオンに至っては18って……」
なーんだ、そんな事か。
ココまで来て心配になっちゃったのかな、シン君。
「大丈夫、心配すんな。僕達には【乗法術Ⅳ】が有るじゃんか」
「はい」
「シンがあと幾つLvアップしたら、今のステータスの5倍になる? 考えてみな」
「………………多分、この世界に名を遺してからですね」
「だろ? Lv.18なんて、ステータス2倍でも十分なくらいだ」
「……そうでした。フフッ」
シンが笑う。
「あっ、お前今【演算魔法】の事バカにしただろ」
「……いえ。『相変わらずアホみたいな能力だな』と思って呆れただけですよ、先生」
『アホ』って……、結局馬鹿にしてるじゃんか。
……まぁいいや。
なんとかシンの心配も解消したようだし。
「それじゃ、この辺で特訓始めるか」
「はい!」
「ヤッター!」
「おう!」
「ええ!」
フーリエの街も結構小さくなってきた所で、石畳の東街道を逸れて砂漠に突入した。
――――さて、いきますか。




