13-7. 朝市
港町・フーリエ滞在2日目。
6:43。
僕達は今、港へと向かう大通りを下っている。
皆、服装は普段着だ。長剣やら大盾やら槍やらナイフやらといった物は全部家に置いてきた。
朝市から一度家に寄り、本日のメインイベント・特訓に向かう予定だからな。
「今朝はギリギリだったじゃない。ケースケ」
「ゴメンゴメン」
いやー、さっきはつい海に見惚れてて時間が迫ってたんだけど……、なんとか集合時間には間に合ったんだよね。
リビングの扉を開いたのが集合1分前。勿論、既に僕以外の4人は集まっていた。
……という事で、全員揃った僕達はそのまま家を出発。
空き家が並ぶ住宅街を抜け、今に至っている。
「昨日のジャンケンは1番だった癖に、今朝リビングに来るのはダントツで最後だったな」
「確かに。ダンの言う通りですね」
「…………」
ゴモットモです。反論の余地が無い。
……だけど、だけどさ!
ギリギリ間に合ったからセーフだよね?
遅刻ではないよね?
「先生寝坊しちゃったのー?」
「いや、寝坊はしてないんだよ。起きたの6時7分だったし」
「割と余裕ですね。……となると、逆に何故あんなギリギリになったのでしょうか?」
「確かに。先生、一体何やってたんだ? 二度寝か?」
「いや、二度寝はしてなくて。…………うーん、なんと言うか、海を見てたら遅くなっちゃった」
「「「「……海を見てたら……?」」」」
僕の口から出た予想外の答えに、驚く4人。
「そうそう。カーテン開けたら海が見えて、『海スゲーッ!』って思いながらずっと窓の外を眺めてた。……そしたら時間が迫ってた」
「「「「…………」」」」
謎の理由にポカンな4人。
……そうだよね。今考えれば僕自身でも『どんな理由だよ』って思うし。
まぁ、それは置いといて。
「……やっぱり海デカいな」
西門の坂から一望できる海を見て、ふと呟く。
窓枠が無い分、部屋で見た時の景色よりも海が広く感じるよ。
……ポロっと口から零れた感想がまるで小学生だったけど、そんな事は気にしない。
「そうね。……フーリエに来て初めて『海』を見たけど、なんか感動しちゃった」
「……こんな景色、トリグ村に居残っていたら決して見れませんでしたね」
「ああ。……こういう景色を見ると『修行に出て良かった!』って思うぜ」
「そーそー! 先生と一緒に旅するのって良いよねー!」
皆も海を見て色々感じているようだ。
まぁ、僕以外の4人はこのフーリエが初めての海らしいし。
「ねーねー先生。あの海の白いポツポツって全部船なの?」
「ああ、多分な。魚を獲ってきた漁船が港に帰って来てるんだろう」
「それにしても、とんでもない数の漁船ね……」
それは僕も思った。
海上に満遍なく浮かんでいる漁船は、それぞれが港に向かってゆっくり動いている。
これ程の漁船……果たして海上で船同士がぶつからないのか心配になっちゃうよ。
「けどよおシン。逆に言えば、あんな沢山の船が漁から帰ってくるって事は……」
「今頃、港の朝市は凄い事になってるハズです!」
「シン、ダン、早く朝市見に行こー!」
「はい、コース!」
「おう! 大量の魚が俺を待ってるぜ!」
……そして、シン、コース、ダンは大通りの坂を駆け下りていった。
「『朝市が凄い事になっている』、か……」
シンの言葉を呟きつつ、考える。
朝市ってどんなものなんだろう? 東京にある、あのデカい市場みたいな感じなのかな。
……まぁ、行ってからのお楽しみってヤツか。
「ケースケ、わたし達も追いかけよっか」
「おぅ」
『港の朝市』に期待を膨らませつつ、アークと一緒にシン達を追い掛けていった。
「ハァ、ハァ、ハァ……、やっと追いついた……」
「やっと来たな。先生、アーク」
「2人とも遅いよー!」
結局、3人に追いつく事は出来なかった。
坂を下りきった海岸沿いの道とのT字路で3人は待っており、そこに合流する僕とアークなのでした。
……いや、どれだけ走っても走っても距離は縮まらず。
むしろ下り坂をガンダッシュする3人の背中が遠くなるばかりだったんだよ。
終いには朝イチのランニングが効いたのか、僕の体力切れ。
さすが『戦士』だ。非戦闘職の『数学者』とは比にならない体力をお持ちのようだなって改めて感じたよ。
「……お前達、全然疲れてなさそうだな」
「はい。このくらいでは全然」
「準備体操にもならねえな」
「ヨユーヨユー!」
……ってか、コースは魔術師じゃんか。
戦士じゃないし。
「フフッ。まだまだね、ケースケ」
「……お、おぅ」
後ろからアークに言われたけど、そんな彼女も全然息切れしてなかった。
……アークも本来は魔術師じゃんか。
なんでそんな体力あるの?
え、もしかして僕の体力が無いだけなの?
まぁいいや。
そんな会話をしていたら、呼吸も段々落ち着いてきた。
「ところでダン。朝市ってこの近くなのか?」
「ん? ああ、先生。もう着いてるぞ」
「え?」
ダンが親指で左を指す。
それにつられ、左に振り向くと。
「……おぉ!」
「わぁ、凄い!」
僕達は、もう朝市の入口に立っていた。
海岸沿いに整備された、石畳の広い道。
その左右に、様々な色の幕が掛かった屋台が並ぶ。
凄くカラフルで賑やかだ。
まだ7時前なのにお客さんも多く、通りを埋め尽くすほどじゃないけど割と混んでるな。
「早く行こ行こー!」
「俺も腹減ったし、何か良い朝飯探そうぜ!」
「おぅ」
という事で、早朝からかなりの賑わいを見せている『港の朝市』の人混みに足を踏み入れた。
「これが『朝市』……、まるでお祭りですね」
左右に連なる屋台を眺めてシンが呟く。
「ホントだよねー。トリグ村の収穫祭より賑わってるよー」
「俺らの故郷でこんなに賑わう事、無えもんな」
……いやいやいや、コース、ダン。
『北の辺境』と『東の都』を比較しちゃダメじゃない?
とまぁ、そんな彼らの呟きを耳にしつつ。
僕達は人の流れに乗り、屋台を流し見しながら奥へと進んで行く。
「……へぇー、コッチの世界にも色んな魚が居るんだな」
屋台に並ぶ木箱には大量の氷が入れられ、その上に魚が並べられているって感じだ。
素人目に見ても、水揚げしたてで活きが良いのが分かる。
「こんな生の海魚……、初めて見ました」
「川魚ならよく食べてたけどねー」
「トリグ村じゃ、海魚なんて干物か腐ったモンのどっちかだったもんな。ハッハッハ」
……ダンの故郷自虐には笑って良いのか迷う。
「やっぱり、海魚と川魚って全然違うのね」
「おぅ」
「わたし、小さい頃に『川魚』は一通り勉強させられたんだけど……、ココに並ぶ魚はどれも初めて見るわ」
勉強させられた、って……。
さすがアークだ。テイラー家の娘さんなだけあって育ちが良いようで。
ちなみに、僕は意外と見覚えあるんだよね。朝市に出回ってる魚。
このデカい魚、見た感じマグロっぽいじゃんか。……ちょっと、日本でよく見るヤツよりは太り過ぎな気がするけど。
コイツなんか、ほとんど見た目サケだ。……まぁ、僕がよく知ってるヤツよりは若干口元からイカツさが失われてる。第一印象が優しめだ。
あぁ、この縞模様! カツオだ!……んー、でもなんか背ビレ多くない? こんなに背ビレギザギザしてたっけ?
おっ、この形は鯛だな! 日本人大好き、おめでたい魚だ!
……って思ったんだけど、体の模様がピンクじゃなくて鮮やかな水色。おめでたい感が皆無だ。
何というか……、もはや色合い的に熱鯛魚かな。
タイだけに。
「ふーん……、意外と日本の魚と似てんだな」
そんな感じで屋台に並ぶ魚を見つつ、内心結構楽しんでいた。
「おっ! 先生! あそこに飯屋が有るぞ!」
ある程度朝市の中程まで進んで行った所で、ダンがそう言って指差した。
人差し指の先には、『鉄火丼』と書かれた屋台。
「おっ、良いな!」
朝から鉄火丼とか、中々贅沢じゃんか。
僕は好きだ。
しかし、その人気はどこに行っても同じようで。
屋台には行列が出来ており、見た感じ10人ってところだ。
少し時間が掛かるかもしれない…………けど、食欲の方が圧勝だ。
並んででも食べたい。
「良いですね! 行きましょう!」
「あのくらいの列、どうって事ないわ!」
「行こ行こー!」
という事で、5人揃って行列の最後尾に整列。
……けど、こういう『市場の飯屋』ってのは回転率の高さがポイントのようだ。
屋台の席で食事をしてた漁師さんは続々と立ち上がり、列の前に並んでいたお客さんが次々と入っていく。
……気づいたらもう僕達の番だった。予想以上に早く回ってきたな。
コトッ
「ヘイお待ち!」
そして5人並んで席に着くなり、まだ頼んでもないのに目の前に出されるどんぶり。
……成程、メニューは鉄火丼一択って事か。コレが朝市スタイル……。
そんな事を思いつつ、どんぶりを覗くと。
「「「「「おぉ!」」」」」
結構大きめのどんぶりの中に円く並べられた、見覚えのある赤身。
隙間からは真っ白な米が覗き、赤身の上にはチョコンと乗った山葵。ネギは無いようだけど気にしない。
……そういや、マグロなんて異世界に召喚されて以来じゃんか! 2ヶ月振りだ!
そんじゃ、ホカホカ湯気が上がっているうちに美味しく頂いちゃいますか!
「「「「「頂きます!」」」」」
…………タイだけに。




