13-6. 海
港町・フーリエ滞在1日目。
20:38。
「フゥーッ…………」
ボフッ
リュックを自室の椅子に置き、ベッドに飛び込む。
精霊の算盤亭以来、実に4日振りのベッドダイブだ。
……あー、寝っ転がると馬車旅の疲れが癒されるよ……。
「【確率演算Ⅰ】なんか使わなくても独り勝ちだったなー……」
うつ伏せでベッドに顔をうずめつつ、さっきのジャンケンを思い出す。
「「「「「……ジャンケンポン!!!」」」」」
気迫溢れる掛け声と共に、5つの手がダイニングテーブルに出される。
僕が出したのは、パー。
皆が出していたのは……全員グー!
僕の独り勝ちだ!
「ヨッシャー!」
「なっ……!」
「うそーッ!?」
「結局先生ですか……」
おいシン! なにその言い方。
結局とか言わないでくれよ!
「ま、まさかケースケ……もしかして?」
「先生、【確率演算Ⅰ】使ったのか!?」
「……いや、使ってないから」
アークとダンが僕を疑い始めた!
……何? 僕ってそんなに信用されてないの?
もういいよ。
疑われようがどうであろうが、悔しくはない。
僕はズルしてないし、1番乗りは確定だ。
「……という事で君達。そんな事言ってないで、2番目以降も決めたまえ」
「くッ……!」
「くやしィーッ!!」
「……次こそはわたしが!」
「俺もやってやるぜ!」
皆が色々と言ってるけど、全部無視だ無視。
勝者は勝者らしくドッシリ据えてりゃ良いんだ。
ゆったりと背もたれに寄っかかりつつ、今後の順番決めジャンケンを観戦することにした。
……という事で。
独り勝ちの甲斐もあり、念願の『2階角部屋』を無事ゲットできました。
ちなみに、部屋割りはこうだ。
1階。リビングが角部屋になってて、その隣がダン。その隣の角部屋がアーク。
階段を上がった2階。アークの上の角部屋は僕。その隣はシン。そしてその隣、リビングの上の角部屋がコースだ。
『景色の良さ』の言い出しっぺだったコースも2階の部屋をゲットできたし。
負けが続いて1階になっちゃったダンも『よく考えりゃ、重い大盾を2階まで持っていくのって大変だよな』って納得してたし。
特に不和も無く部屋は決まったようだ。良かった良かった。
……あぁ、あとアレだ。
危うく忘れるところだった。
「えーと……明日は6時半起きだったっけな」
部屋割りを決めたついでに、リビングで明日の予定も決めたんだった。
明日やる事は2つ、まずは『朝市』だ。
フーリエの港で毎朝開かれている『朝市』に出向き、色々と食べ物を買ったり朝食を食べたりする予定だ。
次が『狩り』、明日のメインイベントだ。……ってか、僕達がフーリエに来た本題だな。
街を囲む砂漠には、草原の魔物達よりも強いヤツらが沢山居る。そんな魔物達を沢山狩って、僕達もどんどん実力をつけていくのだ!
早速明日から特訓開始するぞ!
ってな訳で、『部屋割り』も『明日の予定』も決めた僕達はリビングからそれぞれの部屋に入っていった。
まぁ、今日は皆疲れてるようだし。さっさと寝てるんじゃないかな。
そして今に至っている。
「……フフッ」
ベッドで横になりつつ、さっきの独り勝ちした時の事を思い出す。
ダイニングテーブル上に揃う4つのグーを、僕のパーで蹂躙しちゃったヤツだ。
……あー、気持ちよかったな。あの瞬間。
にしても、ジャンケンでは『力むとグーが出やすい』って聞いた事有るけどさ。
全員グーって……、皆力み過ぎだろ。
まぁ、そんな事は置いといて。
「……ふゎぁぁぁー……」
ベッドの上で大欠伸を一つ。
んー……、そろそろ眠くなってきたな。僕の身体にも馬車旅の疲れが溜まってるようだ。
よし。
明日は6時半起き、結構朝も早い。
それに特訓も始まるしな。
今晩はさっさと寝て明日に備えよう。
浴室でシャワー浴びて、洗面台で歯磨きして、今日はおしまい。
ザーッと勢い良くカーテンを閉じ、ベッドに潜ってオヤスミナサイだ。
そんじゃあ、また明日…………。
翌朝。
「…………んんーっ……」
目が覚めた。
と同時に、瞼越しに強い陽光を感じる。
「……うぉっ、眩しっ」
んー、ちゃんとカーテンを閉じて寝たハズなんだけどなー……。
そんな事をボーっと考えつつ、目を細めて陽の射し込む部屋を見回す。
「……ありゃ」
窓に掛かっていたハズのカーテンは半開きだった。1/4くらい開いてた。
そんなカーテンの隙間から朝陽が射し込んでいる。
……あぁ、昨日閉じ切ってなかったのか。
窓と反対側に振り向き、壁に掛けられた時計を見ると。
……日光が反射して見えないけど、ちょっと上半身を傾けると6:07を指しているのが見える。
うん、予定通りだ。6時半に出発だから準備も余裕で間に合うな。
『余裕余裕』ってヤツだ。
ベッドから降り、窓際に向かう。
この家の窓は港が見える方角、東向きだ。朝陽の光線が結構強いんだな。
窓の前に立ち、右手でカーテンを開く。
シャーッ
「っ……」
顔に手をかざし、片目を瞑って明るさに目を慣らす。
そして、数秒後。
両目を開き、自室の窓から見えたのは。
「おぉぉ…………!」
……その景色を見て、僕は人生史上初めて『海』を見て感動した。
窓から見上げれば、今日もスッキリした青空。太陽も南の空に向かって昇っている。
青空から少しずつ視線を下げていくと、丁度目の高さの所で水平線に交わる。
空の薄い青と、海の濃い青の境界線が円弧を描いて左右に伸びる水平線。
そして、水平線からも徐々に視線を下げていくと。
濃い青で塗り潰された東の海には、数えきれない程の『白い粒々』が浮かんでいた。
「……漁船だ」
無数の漁船は波に揺られ、時折日光を反射して僕の目にフラッシュを焚く。
そんな漁船達が目指す先は、僕らの眼下に広がる港町。
こんなに沢山の船が漁に出ている瞬間、初めて見た。
今僕が見ている海は、南国のビーチみたいに『綺麗な』海って訳じゃない。
観光都市の海岸みたいに『美しい』海って訳でもない。
銅像やら鳥居やらというような名所がある訳でも無いし、かといって自然に溢れている訳でもない。
大きな港町の高台に建つ、普通の一軒家から見えた『海』は。
言葉で言い表すなら……なんて言えばいいのか分からないけど、強いて言うなら『元気な海だ』って思った。
……『海の元気さ』に圧倒された僕は、しばらくその風景に見とれていた。
……ハッ!?
ボーっと窓からの海と港の風景を眺めていると、ふと我に返る。
……あぁ、そうだ。そろそろ出発準備をしないと。朝市に出掛けるんだった。
そんな事を考えつつ窓から振り返り、時計を見ると――――
「6:24!?」
……あれっ、ヤバい。
いつの間にか時間が進んでた。
気付いたら全然余裕じゃなくなってるじゃんか!
あと6分で出発の支度を済ませないと!




