13-3. 注文
「そんじゃ、宿を探そう」
という事で、街を適当にブラブラしつつ宿探し開始だ。
港町・フーリエは、空から見ると半円形をしている。
円の中心部には大きな港があり、沢山の船が朝から晩まで絶えず出入りしている。
円の外側……弧の部分は外壁。キレイな半円状に作られており、西門・北門・南門の3ヶ所が街の出入口になっている。東門は無く、街の東側は海が広がっている。
そんなフーリエは街全体が坂になっている。円の外側を囲う外壁から円の中心にある港に向かって、すり鉢状になっているぞ。
ってな訳で。
「……って言っても、どんな宿にする? ケースケ」
「んー、そうだな……」
西門から港へと下っていく大通りを歩きつつ、左右に並ぶ建物を眺めて考える。
「フーリエに暫く滞在する予定なので、適当に宿を選んでしまうのも良くないですよね」
確かにシンの言う通りだ。
……面倒だし適当にその辺の宿に入っちゃおうかな、って思っていた自分が恥ずかしいです。
「そんなら……。とりあえず『質の良さ』が大事だよな。暫く滞在する予定だし、変に狭い所とかも嫌だし」
フカフカベッドが無い宿に長期滞在するのは嫌だ。
「そうですね。長く泊まるのなら快適な所が良いです」
「あとは『安さ』もだよな、先生。連泊するなら結構金も掛かるし」
「そうね。……まあ、質が良くて安い宿なんて簡単には見つからなそうだけど」
ですよねー……。
「それと『眺めが良い宿』もイイよねー!」
「おっ、良いじゃねえかコース!」
「それも有りですね」
成程な。
部屋の窓から港が見えたり、海が見えるってのもオシャレだ。
「『質が良く』、『そこそこ安く』、それでいて『景色も良い』宿か…………」
結構ハードル高めだ。
「そんなワガママの極みみたいな宿、有るのかな?」
「どれか妥協する必要があるかもしれないですね」
「まぁ……、とりあえず第一に『質』、次に『景色』だな。この際『値段』はアホみたいに高くなければ良しとしよう」
「……でも良いの? 値段を度外視したら、わたし達破産しちゃうかもしれないけど……」
「それなら大丈夫だ、多分。特訓ついでに倒した魔物をギルドで買い取って貰えば、宿代くらいなら稼げるでしょ」
「そうね。確かに」
……という事で。
どんな宿にするかが決まった。
色々と注文が多いけど、それに見合った宿が有るといいなぁー……。
「やっぱり、眺めが良い所といったら高い所だよねー!」
……という事で。
坂道の大通りを下っていた僕達は、再び西門の方へと引き返す。
「こころなしか、街の上の方が宿多いですね」
確かに。
大通りを引き返すほど、『旅館』だの『ホテル』だのという看板が目に付くようになってきた。
やっぱり旅行に来られる皆様は良い眺めを求めるモンなのかな。
まぁ、宿も多いし坂を上がってきて正解だったかもしれないな。
「えーと、あそこの宿は……一泊銀貨3枚か」
「ん? ……どれだ、先生?」
「ダン、あれあれ。あの『不動産』って書いてる店の右側。小さいけど『旅館』って書いてるよ」
「不動産の右……あーっ、アレか。……見た目も普通だし、良さげじゃねえか」
「おぅ。候補にキープしとくか。ダン、記憶よろしく!」
「任せとけ!」
「そこの民宿は……銀貨2枚って書いてあるわね」
「安いねー」
「ですがアーク、扉に『本日満室』の札が」
「あっ、見逃してたわ。ありがとう、シン」
「ねーねー先生、あっちの旅館は大部屋が有るんだって! みんなでお泊り大会出来るよー!」
「『お泊り大会』って……。でもまぁ、それも悪くはなさそうだな」
「でっ、でも……、『大部屋は20名様以上から』って書いてあったかなー」
「そもそも僕達使えないじゃんか」
「えへへっ、そうだった……」
「なぁ、アーク。あそこの『ホテル』なんかどうだ?」
「おおー……。見た感じ、凄く豪華ね」
「景色も良さそうです!」
「……こんな所に何日も止まったら、俺ら一生テント泊出来なくなっちゃうかもな!」
「一泊幾らかなー…………―――ッ!?」
「……どうしたの、ケースケ?」
「いや……、一泊1人銀貨60枚だって」
「「「「「高ッ!?」」」」」
「……ちなみに、一人1泊の相場といったらどのくらい、アーク?」
「えーっと……テイラーなら、銀貨3枚ってところね」
「……平均的な宿の20倍か(【除法術Ⅱ】利用:60 ÷ 3 = 20)……」
「たったの1泊が、普通の宿の20泊分になるんですね……」
「やめとこう。『値段度外視』の域を超えてる」
「そうね」
「けど……、その分、凄く気持ち良いんだろうなー……」
「コース、残念ながら諦めましょう」
「そうだ。ココに泊まるのは、俺らが冒険者で沢山稼げるようになった後だ」
「……うん」
通り沿いの宿を眺めて回っているけど、中々僕達の希望を叶える宿は見当たらない。
通りの中央で立ち止まり、少し作戦タイムだ。
「あー……中々、良い宿って見つからないモンだな」
「仕方ないですよ。私達の宿選びは注文も多いですし」
「やっぱり『質』と『景色』と『安い』宿のうち、どれか諦めなきゃいけねえのかな……」
「でも、『惜しいな』っていう宿も幾つかあったじゃない? もう少し歩き回れば、私達が探しているような宿も見つかると思うんだけど」
「そうだな。……とりあえずもう少し探して、陽が暮れちゃったら今日はさっきの宿に泊まろう」
「さっきのって……候補にキープしたあそこか?」
「そうそう。ダン、場所覚えてる?」
「勿論だ、先生。西門の通り沿いだし、迷う事は無えよ」
「よし、ありがとうダン。それじゃあもう少し探そうか」
「ええ」
「はい!」
「うん!」
「おう!」
……という事で、作戦タイム終了。
西門の方に向かって、更に坂を引き返した。
「おっ……、宿発見。一泊の料金は……銀貨2枚!? 安いな!」
「でも、なんか見るかに古い建物ですね……」
「ああ。壁にヒビ入ってるし」
「ボロボロじゃ……んーッ! んんんーんんーん?」
凄い勢いでコースの口を塞ぐアーク。
「そういう事言わないの。宿の人に聞こえたら失礼でしょ、コース?」
「んーっ……」
「よし」
「……まぁ、いずれにせよ流石にコレはちょっと遠慮しておこうか」
「はい、そうしましょう……」
「おっ、先生。坂の上に西門が見えてきたぞ」
「あぁ、本当だ」
おっと。
そんな事を考えていると、坂の上には街の外壁と西門が見えてきた。
西門の手前には、馬車を降りた西門広場が広がっている。
「このままだと西門に戻っちゃうな。……よし、じゃあコッチだ」
という事で、広場の一歩手前の十字路で右に曲がった。
のだが。
「……なんか、大通りから一本入っただけで急に寂れちゃったね……」
「そうね……。所々空き家も有るし」
大通りを右折して入った道は、まるでシャッター商店街のような雰囲気だった。
誰も居ない、オレンジ色の夕陽に照らされる道が寂しさを余計に醸し出している。
ここら辺は住宅街のようで店は無く、電気が点いてたりベランダに洗濯物を干してあったりする家が並んでいる。
……けど、ドアや窓が木の板で閉じられている建物もちょくちょく見られる。
「なんか……ヤバい道に入っちゃいましたかね、私達?」
「わたし達以外に誰も居ないし……、人気も少なくてちょっと怖いかも……」
「後ろから強盗とかに襲われたりしてー」
「ッ!? …………ちょ、ちょっと、怖い事言わないでよコース!」
「ハハハッ……。アーク怖がってるー!」
「……こ、コース…………」
そう言って僕の方に近寄るアーク。
反論できてないじゃんか。
……成程。強盗とかに襲われるのが怖いのね。
「そんなら……【乗法術Ⅳ】・DEF5!」
「えっ……?」
アークのDEFを5倍してあげた。
流石にステータスを5倍すれば、相当の事が無い限り大丈夫でしょ。
素のステータスが残念なアークだって強盗くらいヘッチャラだ。
「コレで強盗が来ても大丈夫。……ってか、僕達が居れば強盗が来ても余裕で追い返せるって」
「ケースケ……」
「僕の【演算魔法】舐めんな」
「……うん」
よし。
これでアークの心配も取り除けたし。
とりあえず何か有るかもしれないし、道を進んでいこう。
「……無いですね、宿」
「おぅ。……というか、店が無い」
大通りから一本道を入るだけで、こんなに感じが変わっちゃうんだな。
「……これ以上進んでも、旅館とか宿とか無さそうだな」
「どうする、先生? 大通りに戻って、さっきのキープの所にするか?」
「んー……」
そうだな。
このまま進んでも、この調子じゃ宿は無さそうだ。
いや、『隠れた名店みたいな宿が有るかもしれない』っていう確率も考えられる。
……けど、やっぱり僕は『結局宿は無かった』という確率の方を信じるかな。
「よし、そんじゃさっきの西門通りまで戻る――――
「ちょっと待ってください、先生!」
戻ろうと決めた瞬間、シンに言葉を遮られる。
「ん? どうしたシン?」
「こ、コレって……」
シンを見ると、彼はある建物に掛けられていた看板を眺めていた。
「先生、コレなら有りかもしれないです!」
看板を指差し、僕にそう言ってくるシン。
「どれどれ……」
「なんて書いてあるの?」
残る4人も、シンが指す看板を覗き込む。
「「「「……『マンスリー・ハウス』?」」」」
「はい。つまり、月極で家ごと借りちゃうんですよ」




