2-8. 習得
城門に到着した。
最近は毎日来ているので、衛兵とも顔パス状態だ。許可証とステータスプレートの確認も形式上でやっているだけだ。
そして王城の廊下も見慣れたものだ。
図書館の扉を開く。
そこで感じるのは、いつも通りの静かな空間。
古い紙の匂い。
そして、司書席にはマースさんが座っていた。
「マースさん、おはようございます」
「あぁ、おはようございます。今日も朝早いですね。魔物の勉強ですか?」
マースさんは僕が魔物の本ばっかり読んでいるのを知ってるからな。
マースさんの中で「僕イコール魔物」というイメージが成り立っているのかもしれない。
一応、僕自身は魔物でなく人間だけど。
「いえ、今日は数学を勉強しようと思いまして」
「あら、数学ですか。しかし、なぜ突然魔物から数学に?」
「あぁ、一応、僕数学者なので」
嘘はついていない。国王から一人の学者としての地位を頂いている。
そして驚くマースさん。
普段は殆ど無表情なので、そんな顔を見られるのは珍しい。
「あら、そうでしたか。数学の勉強、頑張ってくださいね。何かありましたらお声かけ下さい」
「はい。ありがとうございます」
そういって、いつもの閲覧席に着く。
そしてリュックから紙とペンを取り出す。
この辺りはルーティンワークだな。
さて、棚番号466の魔物学へと……
いやいや、間違えた。このルーティンワークは今日要らない。
今日は数学をやるって決めたんだ。さっきのアキとの会話が頭に蘇る。
…よし、アキにも勧められたし、貰った参考書を開いてみるか。
リュックから参考書を取り出す。
改めて表紙を眺める。
[これ一冊で算数から高校数学まで分かる本]
アキから貰った当時とそのままの状態だ。
分厚く、端が所々擦れており、表紙のインクも磨り消えている部分がある。
アキはこれを長く使っていたのだろう。そう伺える。
さて、表紙を捲る。
まさかこの本を初めて開くのが異世界の図書館になるなんて、思ってもいなかった。アキでさえも思っていなかっただろう。
最初のページには、目次が書いてあった。
一番上の項目は…「すうじ」か。
平仮名で書いてあるあたりが小学校感を思わせる。
数学嫌いではあるとはいえ、流石に「数字とは何か」という程まで落ちぶれてはいない。しかし、どうせなら最初から読んでしまおう。
●すうじ
算数の一番最初、数字についての文が分かりやすく書かれている。
小学1年生でも分かるように易しい文で、しかもほとんどが平仮名ばかりである。
こんな物を高3生が読むのも酷い話ではあるが、周りには誰も居ないので恥ずかしがることは全くない。
しかし、読んでいるうちに何か変な感じがする。なんだか、自分の中の何かが指先から引っ張り抜かれそうな感覚。
なんだろうか?
まぁ、気のせいだな。普段やらないような、慣れてないことをやっているからだろう。
「…フゥ。読み終わってしまった」
そうなのだ。最初の項目を読み終わってしまったのだ。
やっぱりおかしいな。今日は色々。
まず、先ほども感じた妙な感覚。結局、読んでいる間ずっとその感覚が指を包んでいた。
次に、今こうして読み終わった事。普段の僕なら、こういう興味も無い話の本を読むと必ず寝落ちする。しかもかなり序盤で。なのに今日は全く眠くならない。
まぁいいか、気のせいだ気のせい。調子が良いのであれば、それに越したことは無い。
そして次の項目、「足し算」へと進んだ。
●足し算
足し算とは、2つ以上の数を足し合わせてそれらの合計を出す計算方法だ。
その考え方が、絵や数直線を用いて分かりやすく書かれている。
繰り上がりについても、説明が書いてある。筆算で小さく「1」と書く方法だ。
方法は分かっているんだけど、どうしても暗算となるとミスが出ちゃうんだよねー…。
そして説明部分を読み終わり、練習問題へと進む。
練習問題は簡単な「A問題」と少し難しめな「B問題」から出来ており、それぞれ10問ずつだ。
さて、ペンをとり練習問題を解き始める。
「一問目はーっと…」
指でページ上をなぞりつつ一問目を探す。
「あったあった。――――ん?」
見つけて指を問題の上で止めると、再び指先が妙な感覚に襲われた。
先程よりも一層強いこの感じ。
あ、思い出した。あれだ、ステータスプレートを開いて魔力を吸われる感じと似ている。
先程から感じていた妙な感じは、指先から魔力が消費されようとしていたのか。
なんだろうか?魔力を消費するという事は、何かしらの魔法なのだろう。
でもこんな所で発動する魔法なんて聞いたことが無い。
…まぁいいか。僕の体がそう言っているんだ。面倒なこと考えずに、魔力を消費してみるか。
ちなみに、この世界では体に蓄えられた魔力を消費するのは簡単だ。特に練習は必要無く、「魔力を消費する」という意思によって消費することが出来る。つまり、魔法の発動時に魔法名の読み上げは本来必要無く、「魔法を使う」という意思だけで発動できる。
なお、魔法の名前を読み上げると精度や魔力消費量が向上するので、基本的には皆魔法名の読み上げはするようだ。
誰でも使える「共通魔法」である「オープン・ステータス」も、実際にはそう言わなくとも頭の中で思うだけで開けるようだ。
ということで、魔法、消費っと……。
その瞬間、指先から全身へと倦怠感が伝わっていく。
それと同時に僕の頭には、白い背景に黒字で「5」と書かれたイメージが浮かぶ。
この倦怠感はステータスプレートを開くときと同じ感覚だ。という事は、今僕は魔法を使ったのか?
どんな魔法だろうか。まさか、頭に「5」とイメージが浮かぶだけの魔法とかだったらマジで要らないが。
ピッ
すると、電子音とともに僕の目の前に小さなステータスプレートが現れた。
そこにはこんなメッセージが書かれていた。
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スキル【演算魔法】を習得しました
アクティブスキル【加法術I】を習得しました
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「……………ん?マジかい」
なんだかよく分からないが、謎のスキルを手に入れてしまった。




