13-1. フーリエ
僕達を乗せた『スタンダー輸客会社』の馬車は、荒野地帯を抜けて砂漠を駆けている。
広大な砂漠には木々の一本すら生えず、また風で均されて平坦だ。
そのお陰か、ずぅぅぅぅっと遠くの港町・フーリエもギリ見える。
……本当、ココからだと豆粒レベルの大きさだけどね。
そんな砂漠の上に敷かれ、所々砂に埋もれた石畳の道を馬車が駆けて行く。
馬車の乗客達は立ち上がっては豆粒ほどのフーリエを眺め、「見えた見えた!」と騒いでいる。
勿論、コース達もその中の一員だ。
「数原くんッ! ココまで来れば、後はあっという間なのデス!」
「おぅ!」
御者の轟もテンションが上がっているようで、声が一際大きい。
……彼にとっちゃ、フーリエは『4日間の長旅のゴール』だけじゃなく、『初仕事のゴール』でもあるんだ。
そりゃあ、テンションも上がるよね。
「……ところで、数原くん」
眼鏡をキリッと上げる轟。
……あっ、この仕草は……。
ヤバい、彼の自慢大会が――――
「数原くんは、『フーリエ砂漠』をご存知デスか?」
「いや、知らないけど。……ココの事?」
初めてフーリエ来るのに知ってる訳無いじゃんか。
……大体、名前で予想はつくけど。
「そうデス! 港町・フーリエの周りを囲む砂漠は半径約60km、街から外側まで歩いて1日半掛かる程の広さなのデス。海岸からの強烈な海風のせいで植物は育たず、風に均されて平坦な砂漠となっているのデス。まあ平坦と言っても本当は緩やかな坂になっていて、さっきの丘の頂上から海岸線に向かってちょっとずつ高度を下げているのデス。だから荒野からフーリエに向かう時は下り坂なので自然とスピードが付き、とっても燃費が良くて楽チンなのデス! 逆にフーリエから王都に向かう時は、出発早々長い長い上り坂なので馬がバテてしまうのデス――――
「ちょ待て待てぃ!」
……速い上に長い。轟の話の内容が全然頭に入って来ませんでした。
ヒートアップした彼の饒舌ぶりは、正にブレーキのない暴走列車だ。
「っ! も、申し訳ないのデス……」
「もうちょっとゆっくり喋って」
「……分かったのデス。ついつい、秋内くんと話すテンションになってしまって……」
アキは轟を扱うプロだからな。ゴールド免許ってヤツだ。
でも、残念ながら僕はアキほど轟の扱い方には慣れてないんだよ。
……ってか、アキはいつもこんなスピードの轟と会話してんの!?
「……つまり、どういう事?」
「はい。今の話を纏めるとデスね…………」
珍しく、ちょっと考える轟。
……結局、どんな話だったんだろう?
そして、答えが出た。
「……つまり、この先60kmずっと下り坂! ヒャッホーなのデス!!」
そう叫び、御者席で腕と足をピンと伸ばす。
「……そっすか」
アレだけ喋っといて結論『ヒャッホー』かい。
なんかもっと凄い結論を期待してた僕がバカだったよ。
……だが、轟の暴走はコレだけに留まらなかった。
「さぁ、スピードを上げるのデス!! 時速30kmなら2時間! 時速40kmなら1時間半! 港町・フーリエに向かってラストスパートなのデス!!!」
僕との会話が油を注いでしまったのか、轟のテンションはマックスに到達。
そのまま、ブレーキの壊れた轟は暴走を始めてしまった……。
ガラガラガラガラガラッ……
馬車が徐々に徐々に加速する感覚。足元から聞こえる車輪の音が段々大きくなる。
……えっ、ちょっと待て待て!
そんなスピード出して大丈夫なの!?
「スピード出し過ぎだろ轟! 落ち着け――――
「風が気持ち良いのデス!」
落ち着いてくれない。
「ぉ、おい!」
「ハハハ! ヒャッハーなのデス!!!」
僕の声は届いていない。
……これはマズいぞ。
壊れてるのは轟のブレーキじゃなかった。
轟自身だった。
ガラガラッガラッガラガラガラッ!!
……車輪から出る音は、まるで悲鳴を上げているようにしか聞こえない。
石畳の上に積もった砂を馬車が跳ね上げ、凄い量の砂煙が立ち上る。
馬車の外の風景は、路線バスくらいの速度で流れている。
……路線バスってゆっくり?
そりゃ他の車に比べりゃ遅めだけど、馬車よりは断然早いよ!
「おっ、スピードが出てきたぞ!」
「ヒャーッ、速ーい!」
「行け行けェー!」
乗客の皆さんも、ぐんぐんスピードが上がる馬車にテンション爆上がり。
「おっ、スピードが出てきたね。フーリエはもう直ぐだ」
僕の隣で読書をしてたハズのおじいさんまで、そう言って車窓を眺める始末。
……なんでそんな皆怖がら無いんだよ!
「……ん? どうした少年、そんな怖い顔をして。怖いのかい?」
怖いわッ!
エアバッグもシートベルトも無い、防御力ゼロの馬車で事故ったら確実に怪我すんぞ!
……そんな間にもスピードは加速し続け、普通に道を走る車レベルの速さまで届いてしまった。
すごい勢いで足元の石畳が流れ、みるみるうちに遠くの白い輝きが迫ってくるように感じる。
……ヤバいヤバいヤバいヤバい。
どうすりゃ良いんだよォォォォッ!!!
「フゥ……一気にフーリエに近づいたのデス!」
馬車旅最終日、15:21。
馬車がフーリエ砂漠に入ってから1時間半が経った。
……謎のヒャッホーフィーバーも無事収束し、なんとか乗客達も轟も落ち着いたようだ。
いつも通りのスピードで砂漠に敷かれた石畳の道を進んでいる。
……そんな中、僕は座席に着いたまま項垂れてグッタリしていた。
「なんであんなに飛ばしたんだよ、轟……」
あの速度でシートベルトも無い座席にただ座らされるとか…………僕にとっちゃ拷問だったよ。
もう死ぬんじゃないかって思った。
「あんなスピードで事故ったら大変なことになってたじゃんか。僕嫌だよ、日本に帰れずして死ぬのとか」
「まあまあ落ち着くのデス、数原くん」
「……『落ち着け』って言っても聞き入れなかった野郎が言う事かよ」
「そっ、それは…………ちょっとハイになっていたからなのデス。仕方ないのデス」
自覚あるじゃんか。
……コイツ、敢えて無視しやがってたな!
「……そ、そんな事より! 皆様、もう直ぐなのデス!」
立場が悪くなり、轟は棚に上げて逃げ出した!
……って思ったんだけど、ふと轟の言葉に従って頭を上げると。
僕達の目の前には。
「…………おぉ……」
僕が座席でグッタリしていた間に、気付いたらフーリエは直ぐそこまで近づいていたようだ。
全面真っ白で高い高い外壁が、僕達の視界を埋め尽くすかの如く聳え立っていた。
外壁の高さは……どのくらいだろう?
日本によくあった2階建てのアパートとかじゃ比にならない。
4, 5階建てくらいの新しめなマンション……くらいかな。そのくらいの高さだ。
とにかく、見上げないと外壁の上は視界に入らない。
そんな外壁が左右にずうぅぅぅぅっと伸びている。
……パッと見ただけで分かる、『頑丈さ』。
風の街・テイラーで見た『木の柵』の外壁とは大違いだ。
「フーリエの入口も見えてきたのデス!」
そんな外壁の中、僕達の目の前に1か所だけポッカリと四角い穴が開いてる。
東街道と街を結ぶ、門だ。
トンネルになっているようで、真っ黒に見える門の奥からは光が射し込んでくる。
……あの先が王国の東の都、港町・フーリエ……!
4日間の旅も終わるんだな!
そんな事を考えているうちにも、馬車は刻々と門に近づく。
門の入口には左右に門番さんが立ち、往来を監視している。
轟が門番さんに会釈。
門番さんは馬車に書かれた『スタンダー輸客会社』を見て、会釈を返す。
何事もなく、馬車が門番さんの横を通り抜ける。
目の前に有るのは、真っ暗闇の門。
「では、門を潜るのデス……」
轟の声と同時に、馬車が門に入った。
パッカパッカパッカパッカ ……
真っ暗闇に包まれる、馬車。
馬車を引く馬の蹄の音が、門の中にこだまする。
「うわぁ、暗い! 」
「すっごい声が響く! 」
「アーアーっ ……本当だ! 」
僕の後ろに座る子ども達は、門に響く声に驚いている。
「……さぁ、ついに到着だ ……!」
子ども達の声を聴いて僕もちょっと呟いてみたけど、意外と響くね。
そんな事をやっているうちにも、割と長かった門の出口が近づいてきた。
目の前、四角く差し込んでくる光。
その方へと馬車はゆっくり進んでいき……
門を抜けた。
眩しさにクラッとする目を慣らし、馬車の外を眺めると。
外壁から海岸に向かって、緩やかに下っていく街。
その斜面に沿って、白い壁の四角い家々が立ち並ぶ。
そんな地中海風の街並みが、真っ直ぐ海岸に向かって伸びる東街道の左右に広がる。
そして、街並みの先には。
海岸に沿って、沢山のヨットや漁船が並んでいた。
正に、港町。
「……来たぞ、港町・フーリエ!!」




