12-29. アストロハウス
「…………んっ……」
馬車が停まった反動で身体が揺れ、ふと目が覚める。
「……んんーっ…………」
……いつの間にか、馬車旅の途中に眠っちゃってたようだ。
寝ぼけてボーっとした頭で目をこすりつつ、周囲を見回す。
馬車は停まっており、座席からガタガタという振動は来ない。
天井の幌に掛けられた魔力ランプは、オレンジ色の光を放ちながらユラユラ揺れている。
そんな光に照らされている隣のおじいさんは、栞が挟んである本を膝に置いて眠っている。
……おじいさんだけじゃなく、馬車のほとんどの人が眠っていた。
そして、おじいさん越しに見える車窓は真っ暗だった。
遠くに見えるハズの険しい山脈は勿論、馬車の周りの景色も良く見えない。
今どこに居るんだろう?
……そういえば、おじいさんが『馬車旅3日目は荒野のド真ん中で一泊』って言ってたな。
という事は……今僕達が居るのは、荒野のド真ん中なのかな――――
「皆様、本日もお疲れ様だったのデス!」
そんな事を考えていると、馬車の先頭から声が聞こえてきた。
轟の声だ。御者席に立ち、僕達の方を見て叫ぶ。
「……ハァー、疲れた」
「これで3日目も終わりか」
「フーリエもだいぶ近づいたな」
轟の声に起こされ、目を覚ます乗客達。
欠伸したり、目をこすったり、両腕を挙げて伸びたりしている。
「本日の運転はココまで。昨日申し上げた通り、今晩はこの辺りで野宿なのデス!」
そう轟が言うと、騒めき始める乗客。
「あぁ、また来たよ野宿」だの「旅館に泊まりたいわ」だの「シャワー……」だの「何度やっても野宿は慣れないね」だのと呟きがそこかしこから聞こえる。
…………まぁ、そうだよね。慣れない人にとっちゃ野宿は辛いだろうよ。
身を包むのは毛布1枚。すぐ下に固い地面。テントが無ければ青天井だ。
慣れないうちは身体が休まらないし、気持ちだって落ち着かない。
家のベッドや旅館の布団で寝るのとはワケが違うからな。
でもまぁ、僕はそんな事無い。風の街・テイラーへと歩き旅をやった時にテント泊も慣れちゃったからな。
…………勿論、本心はフカフカベッドで眠りたいって思ってるけどね。
「それでは皆様、毛布と焚き火を準備するので馬車をお降り頂きたいのデス!」
そんな不満の嵐を巻き起こす乗客達も、結局は抗う事は無く。
轟の言葉に従い、続々と馬車を降りていった。
よし、僕も人の流れに乗って馬車を降りよう。
座りっぱなしで身体も凝り固まってるし、後でストレッチでもしとこうかな。
……おっと、その前に。
「おじいさん、おはようございます」
肩をポンポンして隣のおじいさんを起こす。
「…………フガッ」
お目覚めと同時に鼻が鳴るおじいさん。
……ちょっと笑ってしまった。
「……あっ。しょ、少年」
「おはようございます。馬車旅3日目、終わりましたよ」
「あぁ……そうか、有難う」
「いえいえ」
……なんか、終点でお客さんを起こす駅員さんの気持ちってこんな感じなんだなって思った。
馬車旅3日目、19:14。
とっくに陽も暮れ、周囲は既に真っ暗。
オマケに今夜は新月だからか月明かりも無く、余計に暗く感じる。
勿論、『荒野のド真ん中で野宿』だから民家や街灯なんてモンは無い。
……ってか、真っ暗でよく見えないから本当にココが『荒野』なのかどうかも分からない。
まぁ、足元がゴツゴツした岩場だから疑いはしないけど。
そんな真っ暗闇の中、光を放つ物が3つ。
1つ目。
馬車の幌に懸けられた『魔道ランプ』だ。
荒野の風にユラユラ揺れつつ、馬車の座席を照らしている。
2つ目。
パチパチパチッ…………
「……フゥ、暖かい。やっぱ焚火良いなー……」
「夜の荒野は肌寒いから、焚火が丁度良いよね。ケースケ」
「おぅ、そうだな」
馬車の近くにセットされた、音を立てて燃える『焚火』だ。
荒野の風に炎が揺らめきつつ、周りを囲むように座る僕達乗客を優しく照らす。
そして3つ目。
「……にしても、凄い星空だな……」
「綺麗……」
僕達の頭上いっぱいに広がる、『満天の星』だ。
雲一つなく、月明かりが星を搔き消す事もなく、遮るものは何もない。
様々な大きさや色の星が静かに瞬き、時々シュンッと流れ星が流れている。
「……テイラーじゃ、ここまで綺麗な星空見られなかったわ」
「あぁ。僕の故郷でも星は数える程しか見えなかったよ」
僕が住んでた首都圏じゃ、見える星といえば北極星とオリオン座ぐらい。後は全部飛行機だ。
まぁ、こんな感じで毛布をかぶった乗客達はランプの下に集い、また炎を囲み、あるいは星空を眺めて野宿を楽しんでいた。
……ブツブツ不満を呟いていた乗客達も、なんだかんだ野宿を楽しんでいるようだった。
「フゥ……やっと終わったのデス!」
焚き火に当たっていた僕の所に、仕事を終えた轟がやってくる。
「お疲れ様、轟」
「ありがとうなのデス、数原くん! ……それじゃ、お隣失礼するのデス」
「……お、おぅ」
そう言い、ヨッコラショと僕の隣に座る轟。
……隣にぽっちゃり体型の人が来ると、なんだか急に窮屈に感じる。
まぁ、別に良いけど。
「毛布配りもオッケー、焚火もオッケー。馬達にも食事をあげたし……これで本日のお仕事は終了なのデス!」
「そうか。運転が終わっても沢山仕事が有るんだな」
運転が終わっても、輸客商人の仕事は終わらない。
馬車から毛布を取り出して配ったり、薪を取り出して並べたり、馬に干し草をやったりと大変そうだった。
「そうなのデス。……でも、こんなに忙しいのは野宿の日だけ。町や村に泊まる日は馬のエサやりだけで済むのデス」
「成程」
まぁ、輸客商人も色々大変なんだね。
「……ああ。所でなのデスけど、アーク様」
「なに? トドロキさん」
「さっきは焚火の火起こしに協力してくれて、助かったのデス」
そうそう。
焚火の薪は直ぐに並べ終わったのに、火起こしが中々上手くいかなかった轟。
そんな轟に救いの手を差し伸べたのがアークだ。
背中から槍を取り出し、組んだ薪の中に槍先を差し込んで『ハッ』と掛け声を一つ。
と同時に槍から炎が溢れ出し、一瞬で太い薪にも着火してしまったのだった。
「あんな一瞬で火が点けられるとは…… 本当にありがとうなのデス!」
「いえいえ。どういたしまして」
微笑んでそう返すアーク。
「がはッ……天使の微笑みなのデス…………」
アークの微笑みを見て、凄く幸せそうな表情になる轟。
「……?」
「気にしちゃダメだ、アーク。放っとけ」
「……わ、分かったわ。ケースケがそう言うなら」
……とりあえず、締まらない顔でボーっとしている轟はそのままにしといた。
あの後、僕達5人は夕食をとった。
今晩のメニューも恒例の焼鳥缶だ。焚火の近くに置いて温めたからか、なんだかいつもより美味しかったよ。
食事も終わると、今度は焚火に当たりつつのんびり談笑だ。
途中から轟も話に加わり、6人で色々と会話を楽しんでいた。
……まぁ、色々って言っても大体は『僕が血に塗れし狂科学者になるまで』についての事細かい質問攻めだったよ。
王国内に所属も先輩も、同業者さえ居ない非戦闘職『数学者』。
生涯魔物と戦う事も無い、非力なハズの『数学者』がどうやって強くなったのか?
どうやって『エメラルド・ウルフ』を倒しうる力を得たのか?
……うん。質問攻めって怖い。大変だった。
大変だったけど、やっぱり同級生と一緒に居られるってのも落ち着くよね。
僕には既にシン、コース、ダン、アークという仲間が居るけど、なんだか4人とは違った安心感が有ったよ。
だが、そんな楽しい時間ってのはアッという間に過ぎてしまうモンだ。
馬車旅3日目、21:23。
轟のマシンガントークが一段落したところで周囲を見回すと、毛布を被って横になる人が増えてるのに気付いた。
焚火の近くで横になる人、馬車の座席で横になる人、近くの岩に背を預けて目を瞑る人。
まだ起きている人も少なくなり、喋り声もだいぶ減った。
耳を澄ませば乗客の寝息、荒野に吹く乾いた風の音、それに薪がパチパチ燃える音だけだ。
「……よし、皆。お話もこんくらいで切り上げるか」
「はい。寝られてる方も増えましたしね」
「うーん……、私も眠いよー…………」
「ああ。俺も疲れたし、そろそろ寝っかな」
「そうね」
シン、コース、ダン、アークが立ち上がり、寝る準備に入る。
「数原くんもお休みになると良いのデス」
「あぁ、ありがとう。……けど、まだ寝る気になれないんだよね」
今日は移動中、朝から晩までズゥーッと寝てたからな。
「成程。それなら、無理に寝る必要も無いのデス。星でも眺めながら、もう少しノンビリするのデス」
「おぅ、そうだな」
そう言うと、轟と2人黙って星空を見上げる。
「「…………」」
暫しの沈黙。
「……この星空を見ると、『アストロハウス』を思い出すのデス」
「あー行った行った、懐かしい。八ヶ岳のヤツだよな?」
「はい。小5の秋の自然教室で行った時の事なのデス」
「へぇー、轟の小学校は秋に行ったのか。僕の所は冬だったからな……」
「冬デスか……、それは随分と寒そうなのデス」
「そうそう。冬の夜は正直『キレイな星空!』というより『凍える!』だったよ」
「ハハハっ。秋の夜は快適だったのデス!」
「クソッ!」
……こんな感じで地元トーク出来るのも、同級生ならではだよね。
やっぱり『独り』より『仲間や友達が居る』方が楽しいな。
「じゃ先生、俺らは先に寝るぞ」
「おやすみなさい」
「先生おやすみー……」
「おやすみ、ケースケ」
「おぅ」
轟との話が終わったところで、アーク達4人はそう言って焚火の傍で横になった。
……さて。
まだ眠気は襲ってこない。目は割とパッチリ開いている。
このまま眠くなるまでノンビリ星空や焚火の火を眺めるのも良いんだけど、ちょっと飽きてきたしなー。
…………暇だ。
暇になった。
こんな時は…………。
『数学者』らしく、数学の勉強でもしますか。




