12-28. 災難
翌朝、9:08。
僕達5人を乗せた轟の馬車は、定刻通り8時丁度にコプリの町を出発。西部劇のような町ともお別れし、港町・フーリエへの道を再び進み始めた。
出発から1時間ほどした今、馬車は未だサバンナの中を真っ直ぐ伸びる東街道を走っている。
「……ハァ」
そんな馬車の前の方に座り、座席の肘掛けで頬杖を突く僕。
焦点も合ってるのか分からないくらいボーっとした眠い目で、ひとり溜め息をつく。
「……昨晩は色々と大変だったなー…………」
ボーっと北側に見える険しい山脈を眺めつつ、昨晩の事を思い出して呟く。
暴走アークの件も大変だった。
けど、それ以上にもっと大変な事が有ったんだよなー……。
昨日の夕食で僕が『魔力枯渇』に陥ってブッ倒れた後。
目が覚め、ゆっくり瞼を開くと。
『……んーっ…………』
『先生、意識が戻りましたね』
『……ぁ、ああ。シンか』
僕のすぐ近くにはシンが座っていた。
『はい。おはようございます』
『おぅ、おはよう。……えーっと……、何が有ったんだっけ?』
とりあえず返事を返し、ボーッとした頭で周囲を見回す。
倒れた椅子。
その近くの床に張り付くピザ。
黒く焦げちゃった梁。
その下に出来た水たまり。
そして……仰向けに倒れる男とうつ伏せに倒れるアーク。
『あぁ……思い出した。アークを止めようとして魔力枯渇に陥ったんだった』
『はい、その通りです』
…………思い出したのは良いんだけどさ。
なにこの現場。こんなに状況酷かったっけ?
『ちなみに、僕……どのくらい気絶してた?』
『えーと……10分くらいだと思いますよ。私のMPポーションを先生に飲ませたら、割と直ぐに起きられましたね』
『そうか。済まんな、ありがとうシン。宿に戻ったら、その分のMPポーション渡すよ』
『はい!』
そうか。
意識が飛んでた間、シンに介抱して貰っちゃってたんだな。
申し訳ないことをした。
『…………ところでシン、介抱してもらった側の人がこんな事を言うのもなんだけどさ』
『なんでしょう?』
『僕の口元が凄い濡れてるのは……そのMPポーションかな?』
『……ゲッ』
目が覚めた時から気付いてたんだけど、僕の口元、それと顎や首にかけてが変に濡れている。
更に、白衣の襟には薄く赤い染み。
『すみません先生! 先生にMPポーションを飲ませてる途中……零しちゃいました』
『そっか』
あー、良かった良かった。
目覚めたときには『ヤバい、涎か……ッ!』って思って凄くビックリした。
意識を失ってる間に垂れた涎じゃなくて良かったよ少し。
少しホッとした。
『まぁ良いの良いの。ありがとな、シン』
『はい!』
『……さて————
『ところでなのですが、先生』
話も一段落ついたし立ち上がろうとした瞬間、シンに呼ばれる。
『お、おぅ。どうしたシン?』
不意を突かれ、身体が止まる。
『このタイミングで呼ぶかよ』って思いつつ、シンの方を向くと。
『…………あ、あの……』
振り返ると、そこには真面目な表情を浮かべるシン。
……おぉ、どうしたよ。そんな真剣な顔して。
『何かあったか?』
『…………せっ、先生は魔力枯渇で倒れるまで頑張ったというのに、私達はアークに何もできず……申し訳無いです』
あぁ、なーんだ。
そんな事か。
『んー、まぁ気にすんな。暴走アークを変に止めようとすれば却って怪我人が増えるだけ。ヘタに刺激するよりは放っといた方が良いからな』
『……そう言って頂けると有難いのですが……何も出来なかった私自身が悔しくて————
『気にし過ぎだよ、気にし過ぎ』
『……えっ?』
暴走アークの正しい停止方法、さっきの一件で分かった。
デバフだ。【減法術Ⅱ】と【除法術Ⅱ】を使ってATKやINTを削るのが一番効率的だった。
怒りで暴れ散らすアークに対し、シンやダンが割って入って止めようとするのは火に油。
コースの【水系統魔法】でアークを止めるのは良さそうだけど、その後のアークの反撃が怖い。
……そこでだ。アークのATKとINTを弱体化させちゃえば、どれだけ彼女が暴れようと被害は小さいハズだ。
万一僕がアークの標的になったとしても、ステータス減算を掛けた彼女の攻撃なら余裕で耐えられるだろう。
もし今度アークの暴走があったら、次からもこの方法で止めてあげよう。
『アークを止める一番の方法、それは"ステータス減算"だ。彼女自身の攻撃力を奪っちゃえば、どれだけ暴れようと悲惨な事にはならないと思う』
『……成程』
『だからさ、何も出来ないのは仕方ない。そう言うのは出来る奴に任せりゃいいんだ。……僕だって、ステータス加算こそ出来るけどシンほど戦闘能力は高くない訳だし。そんな感じ』
『……分かりました。ありがとうございます』
『おぅ』
そんな感じの会話を交わしつつ、アークと男を目覚めさせた。
目覚めた後のアークは既に頭が冷えており、普段通りのアークに戻っていた。良かった良かった。
目覚めた後の男は既に酔いが醒めており、アークを見てビビっていた。彼のトラウマに『アーク』が仲間入りしないよう、祈っておこう。
その後、僕達5人と男は改めて顔を合わせた。
今回は全員ちゃんと落ち着いた状態だったから、終始平和的に話し合えたぞ。
結局『俺が椅子を蹴飛ばしたのが全ての発端だった』って事で、男がLサイズのピザ1枚分の代金を渡すことで一件落着となった。
そういえば男が僕達と別れる時、財布を見ながら『フーリエまでの亡命分がぁぁ……』とか呟いてたな。
…………ちょっと申し訳ない気持ちになったけど、貰えるモンは貰っちゃうのが数原計介という人間です。
しっかりピザ代は頂戴しておいた。
……ってかさ。最初からこの平和的な解決で良かったじゃんか。
どうしてあんな大騒動に発展したんだ。
まぁ、そんな疑問は置いといて。
男とも別れた後、なんとなく酒場に居づらくなった僕達もサッサと支払いを済ませて酒場を出た。
『あー、お腹イッパイだよー!』
『ピザ美味しかったですね』
『ええ。チーズも最高だったわ』
『流石ダンだ。ダンの舌に狂いは無かったな』
『だろ?』
5人で夜のコプリの町を歩き、宿へと戻る。
…………あー、大変だったよ。今日は。
精神的には勿論、魔力枯渇のせいか体力的にも疲れた。
クタクタだ。早くフカフカベッドで寝たい……。
ポテトとピザでそこそこお腹も満たされた僕は、軽く眠気を感じつつ歩いていた。
そんな事をボーっと考えている間にも、宿に到着。
宿のギッコンギッコンドアを開き、ドアが並ぶ廊下を歩く。
『それじゃあケースケ、シン、ダン。また明日ね』
『皆おやすみー!』
女子部屋のドアの前で、アークとコースがそう言って部屋に入っていく。
『おぅ、おやすみ。明日も8時の出発に間に合わないようにな』
『はい。おやすみなさいコース、アーク』
『おう、じゃあな』
僕達男子組もそう言って、部屋に入った。
『…………フゥーッ! 今日も疲れたなー!』
部屋に入り、両腕を伸ばしてググっと伸びる。
『俺もだ。サッサと寝ちまうか』
『そうですね。明日も早いですし』
シンとダンもお疲れのご様子だし、今夜の男子部屋は早めに消灯だな。
シャカシャカシャカシャカ……
「…………」
歯を磨きつつ、改めて今晩の件を振り返る。
……まさか、夕食がこんな大変な事態になるなんて思いもしなかった。
まぁ、最終的には怪我人も居なかったし、酒場の店員さんにも軽く許して貰えたし、何事もなく解決して結果オーライだった。
僕的には『焦げた梁』分の弁償を覚悟してたんだけど、店員さん曰く『酔った男同士の喧嘩なら梁の3、4本は断ち斬られるからな! 梁1本の表面が焦げたくらい、新品の梁と変わりねえよ!』だそうだ。
……ヤバいヤバい。梁が断ち斬られるほどの喧嘩とか、僕はゴメンだ。
軽く死ねる。
ってか、僕達の相手だった男がそう言う人じゃなくて良かった。
それと、ピザ1枚が暴走アークのスイッチを入れてしまう辺り、『食いモンの恨みの恐ろしさ』を再確認した夜だったよ。
クチュクチュクチュッ……
ペッ
「……フゥ」
さて。
災難も過ぎ去った事だし、今日は寝ちゃおう。
明日は港町・フーリエへの馬車旅3日目。
目的地まではあと2日だ!
しかし。
まだ災難は終わっていなかった。
僕にとっての『真の災難』はココからだった。
『じゃ、おやすみー』
『あっ、先生早いですね』
『おう、おやすみ先生』
支度を済ませるシンとダンを横目に、部屋の奥に置かれたベッドへ向かうと――――
『…………最悪だ……』
そこに有ったのはフカフカベッドではなく、薄っぺらいマットレスと毛布のベッドだった。
『忘れてたアァァァァッ!!』
「ハァ……」
そんな訳で、今。
馬車旅3日目、9:13。
陽が徐々に南へと昇るサバンナの中を走る馬車。
そんな馬車の前の方に座り、座席の肘掛けで頬杖を突く僕。
焦点も合ってるのか分からないくらいボーっとした眠い目で、ひとり溜め息をつく。
寝た気になれない夜を明かし、昨晩の疲れも溜まったまま馬車旅3日目を過ごしていた。




