12-25. マグレ
「お待たせしャした! Lピザ2枚にポテト2丁!」
シンとコースによる謎の言い争いも終わった所で、ダン達が頼んでくれたピザとポテトがやってきた。
「「「「「おぉ!」」」」」
テーブルの上に置かれた巨大なピザが、ホカホカと湯気を上げている。
赤いソースの上にはトロトロのチーズ、それとバジルっぽい葉っぱが乗っている。
焼きたてのマルゲリータだ!
……にしても、『Lピザ』と言うだけあって巨大だ。日本でよく見る宅配ピザの比じゃない。
このピザだと……多分、宅配バイクの箱には折り曲げないと入らないよね?
「ついに本物が……!」
「いい匂ーい!」
そんなピザを見て感動する2人。
おめでとう。これで君達も似非なんとかピザを卒業だね。
「コレで切り分けてくれ! そんじゃ、夕飯楽しんでいってくれよ!」
「「「「「はい」」」」」
そして、大男の店員さんは僕の隣にピザカッターを置いて行った。
店員さんがテーブルから離れた所で、身を乗り出してピザを覗き込む5人。
「コレが本物のピザ……!」
「いい匂いー!」
「俺の目に狂いは無いだろ? シン、コース?」
「はい!」
「ダンさっすがー!」
「にしても、結構デカいな」
「わたし達でこの量、食べきれるかな?」
「余裕です! 今の私なら幾らでも食べられる気がします」
どこから湧いた自信だよ。
「それより早く食べねねか?」
「早くしないと冷めちゃうー!」
「そうね。チーズも固まっちゃうし」
「そうだな」
「それじゃあ……ケースケ、5人分に切り分けてくれない?」
「……えっ、僕?」
アークが僕の手元にあるピザカッターを指して言う。
……えー、こういうのあんまり得意じゃないんだけど。
「先生、頼んだ! 俺不器用だからよお」
「私もー! 先生おねがいー!」
「私もです!」
嘘つけ、シン!
お前絶対得意だろ、こういうの!
「クソッ、人任せにしやがって……」
「お願いします!」
シンを少し睨んでみる。
……けど、全く動じない。
……あー、分かった分かった。切れば良いんだろ切れば。
「……しょうがないな。頑張って5等分するけど、多少イビツになっても文句言うなよ」
「「「「勿論!」」」」
さて。
そんな感じで、ピザ切り係に任命されてしまった。
面倒くさいことになった。『なんで切ってから出さないんだ、店員!』とか『なんで僕の手元にピザカッターを置いたんだ、店員!』とか言いたい事は沢山有るけど、とりあえず我慢だ。
とりあえず右手でピザカッターを持つ。
……あー、こういうのホントに苦手なんだよね。僕が分けていくと、大体いつも最後の1個が巨大か極小の二択。
ピッタリ分けられた事なんて、本当に100分の1くらいのマグレでしか無い。
右手のピザカッターを近づける。
……だけど、それなりに負けず嫌いでもあるのが僕な訳で。
ピザ切り係を仰せつかったからには、どうせならピッタリ5等分にしてやりたい。
ピシッと同じ大きさに分けて、ちょっとは僕もカッコいい所を見せてやりたいじゃんか。
右手が震える。
……えーっと、円を5等分したら扇形が5個。
その内側の角度は……確かグルッと一周で360°だから……。
72°か(【除法術Ⅱ】利用: 360°÷5 = 72°)。
72°ねぇ……、よく分かんない。けど、正三角形の角度が1つ60°だから…………
よし。『正三角形よりチョイ大きめ』って感じで切っていけば————
「先生、早くしないと冷めちゃうー!」
「早く食べたいです」
「俺も腹減ったぜ……」
「わたしも……」
そんな急かさないでくれよ!
今考えてんだから!
……ま、まぁ、とりあえず切っていこう。
目標は完璧な5等分。目安は『正三角形よりチョイ大きめ』。
「不器用舐めんな!」
そう言い、ピザに切り込みを入れていった。
「うわっ、ウマっ!」
「ホントおいしーい!」
「あーっ、チーズが最高ね!」
「……私達が今まで食べていたピザは何だったんでしょう?」
「ありゃあ、もはや『似非』とも呼べねえな」
「もうジイさまの似非無味芋ピザ、食べられないよー!」
「ジイさまにも『本物のピザ』、食べさせてあげたいです!」
「ハハッ、全くだぜ」
幸せそうにピザを食べる4人。
両手でピザを持ち、チーズをビヨーンと伸ばして食べている。
「…………」
そんな4人を眺めつつ食べる僕のピザは、皆より異様に小さかった。
……はい。今回もうまく切り分けることが出来ませんでした。
マグレってのはそう都合よく起こってくれないモンですね。
僕がなんとか5枚に切り分けたピザは、『良い感じに大きさが揃った4枚』と『見るからに小さな1枚』になっていた。
『……よし、なんとか切り分けられたぞ――――
『じゃあ私コレーっ!』
『わたしはコレにしようかな』
『それでは、私はコレを頂きます』
『俺はコレで』
僕が切り分けたと同時に、コース、アーク、シン、ダンと次々に切り分けたピザを持って行ってしまった。
『……そんじゃ、僕はコレか』
そして、皿に残されていたのは勿論『見るからに小さな1枚』だった。
……そんな感じで、現在に至っている。
「……美味っ」
片手で持てちゃう大きさのピザを食べ進める。
うん、普通に美味しい。
『ジャンクだなー』って感じもする。不健康なんだろうけど、こういうのって偶に食べるとイイんだよねー。
……けど、やっぱり僕のピザの小ささが気になっちゃう。
いや、僕のせいなのは分かってる。上手く切り分けられなかったからってのは分かってるんだけどさ。
両手いっぱいのピザを食べる皆の姿を見ちゃうと、もどかしさが溜まるんだよ。
「……僕が切り分けたんだから、僕に選ばせてくれたって良いじゃんか」
そう呟き、早々に最後の一口となってしまったピザを頬張る。
「それだと、先生がワザと大きいのを作って選ぶ『不正』が出来ますよね?」
「ケースケがそんなズルをするはず無いとは思ってるけど、ね」
シンとアークがそう言い返し、やっと半分くらいまで食べ進めたピザにかぶりつく。
……確かに、言われてみればそうだけど……。
「ってゆーか、先生がピッタリ5等分すれば、どれを選んでも一緒なのにねー!」
「そうだな。そうすれば最初に選ぼうが最後だろうが関係無えし」
「……ぅぅっ」
…………ご、ゴモットモです。何も言い返せない。
僕が悪うござんした。
僕の心の声も、幸せそうにピザを頬張る4人に一蹴されてしまった。
……クソッ!
悔し紛れにポテトを10本くらいガッと掴み、取り皿にキープ。
ピザが少ない分、ポテトを沢山食ってやる。
「あむあむっ……」
半ばヤケ気味にポテトを口へと運ぶ。
「あむあむっ…………」
……のだが。
なんだか、ポテトを沢山食べるうちに頭が冷えてきた。
お腹が満たされてきたからかな。
よし、まぁまぁ落ち着け僕。
ピザはもう1枚有るんだし、ポテトだって2皿分だ。キープしなくても良いくらいの量は有る。
食事は楽しまなきゃだ。
「よし、じゃあ2枚目切り分けるか」
4人とも未だ1枚目のピザを食べ進めている。
今のうちに僕が切り分けとこう。
再びピザカッターを右手で握る。
……さて、2枚目こそはピッタリ5等分にしてやる。
1枚目のピザの悲劇を起こさないために!
ピザカッターを2枚目のピザに近づける。
まだピザはホカホカで、さっき程じゃないけど湯気は立っている。
頼む、マグレ起こってくれ!
100分の1の『マグレ』よ、今ここに!
……ん? 『100分の1』?
これってもしや、あの方法なら……。
「ピザを丁度5等分できますように…………【確率演算Ⅰ】!」
そう唱え、僕は再びピザに切り込みを入れていった。
「「「「おぉ!」」」」
僕が切り分けたピザを見て、4人が声を上げる。
「凄いです……こんなピッタリに……」
「ええ……。4等分や6等分なら簡単だけど」
「5等分でこの出来は凄えよ、先生」
「さっすが先生、やるぅー!」
「おぅ。数学者だってやる時ゃやるんだ」
「……カッコいいです」
皆が1枚目のピザを食べ終わった頃、僕も丁度2枚目のピザを切り終えた。
そしてそのピザは、同じ形にピッタリ5等分されていた。
まぁ、結局は『【確率演算Ⅰ】で'マグレ'の起こる確率を1にした』だけ。あとは適当に目見当で切っていけば、【確率演算Ⅰ】の補助も有ってピッタリ5等分出来るって訳だ。
決して僕が頑張った訳じゃない。偉大なる【演算魔法】の御力をお借りしたに過ぎないのだ。
……あっ、『ピッタリ同じ形に』といえば。
あの魔法、使えるかな。
テーブルの中央に置かれたピザを視界に入れ、魔法を唱える。
「【合同Ⅰ】!」
僕の憧れである『分身の術』がMP不足で使えないために、【演算魔法】の肥やしとされていたヤツだ。
けど、本来の使用目的は『魔力を使用して合同な図形の判別を行う』っていう便利魔法。
……さあ、【合同Ⅰ】。初仕事だ!
ピッ
===【合同Ⅰ】結果========
P₁≡P₂≡P₃≡P₄≡P₅
P₁:ピザ1枚目
P₂:ピザ2枚目
P₃:ピザ3枚目
P₄:ピザ4枚目
P₅:ピザ5枚目
===========
「おぉ!」
魔法を唱えた直後、軽い電子音と共に僕の目の前に現れるメッセージウィンドウ。
青透明な板に映し出された白い文字は、5枚とも『合同』な形である事を表していた。
「それじゃあ先生、2枚目頂くぞ!」
「わたしも頂くね」
「おぅ、どうぞどうぞ」
「私も!」
「それでは私も」
ダン達が順にピザを取っていく。
「んじゃ、僕は最後のコレを」
どれをとっても同じ大きさ。
最初にとっても最後にとっても変わらない。
うん、平和な結果だ! どうせならコレを1枚目のピザでもやりたかったな。
そんな事を考えつつ、ピザを皿から持ち上げた――――
その瞬間。
ガタッ
「うぉっ!?」
僕の座っていた椅子が、横から蹴飛ばされたような感覚。
バランスを崩し、地面へと落ちていく僕の身体。
手に持っていたはずのピザが、宙を舞うのが一瞬見えた。




