12-24. 似非
シンの攻撃に『範囲』を設定した瞬間、現れた青透明の板。
目を瞑ったシンは剣を思いっきり振り下ろした。
僕じゃなく、その板に向かって。
カンッ!
「ぅわっ!」
長剣が弾かれたシンは反動でのけ反る。
「えッ、弾かれた!?」
突然の事態にシンも目を開き、こちらを確認する。
「おぉ!!」
「なッ……!?」
夢にまで見た『バリアの魔法』に声を零す僕。
目の前に聳え立つ青い板に驚くシン。
シュンッ……
そして、シンの攻撃を受けた青透明の板は、役目を終えたと言わんばかりに消えた。
「なッ、何ですか今のは?!」
「……バリアじゃない?」
多分ね。
僕もよく分かんないけど。
「……バリアですか」
「バリアだな」
「……また凄い魔法を手に入れましたね、先生。私はもう驚きません」
「おぅ」
凄い魔法、ヤバい魔法、チート魔法は大歓迎です。幾らでも習得してやるよ。
呆れ顔のシンが何と言おうと気にしない。
まぁ、そんな事は置いといて。
今ので【定義域Ⅰ】の能力の一つ、『敵の攻撃範囲を設定する』ってヤツの意味が大体分かった。
きっと『敵の攻撃が届く範囲』を『バリアで制御する』って感じなんだろうな。
バリアが使えるようになっちゃったよ!
「それにしても先生。ついにバリアにまで手を出し始めましたか……」
「そうだな」
バリアを違法薬物みたいに言わないで下さい。
「そうなると……、このままではダンの立場が」
「いや、流石にダンには勝てないから」
本職の方とじゃ比較にならないだろ。
流石に。
「……そうですね。ダンも一人前の盾術戦士ですし」
「そうそう。僕だって本業は数学者。非戦闘職だしな」
「…………そんなアホみたいに強い非戦闘職、私は見た事無いですけどね」
『アホみたい』とか言うなよ!
なんか悲しくなるじゃんか!
良いじゃん、数学者がアホみたいに強くたって。
どうせ強くなるなら、数学者で最強になってやるぜ!
「…………ところで、先生。練習問題は?」
「……あっ」
完全に忘れてた。
憧れのバリアを手に入れて浮かれちゃったからか、頭から抜けてたよ。
「思い出させてくれてありがとう、シン」
「いえいえ。私も勉強中の先生に邪魔をしてしまい、すみません」
「気にすんな。シンのお陰で魔法の確認も出来たし、楽しかったよ」
そんじゃ。
今度こそ練習問題20問、やろう。
午後6時5分。
すっかり陽も沈み、夜空には沢山の星空が浮かんでいる。小学校の頃に行ったアストロハウスを思い出すよ。
風は昼間よりもだいぶ弱まり、砂埃は立っていない。
「部屋にシャワーしか付いてなかったねー、アーク」
「ええ。わたしもお風呂に浸かりたかったんだけど……」
ちゃんと6時に宿のロビーに集合した僕達5人は、夕食をとりに夜のコプリの町へと繰り出していた。
勿論、僕の練習問題はちゃんと終わらせたぞ。定義域付きのグラフだってバッチリだ。
「でも、髪に付いてたジャリジャリは落とせたし。まいっかー!」
「そうね。シャワーだけでもスッキリできたし」
そんな会話をするコースとアーク。
2人のの髪はサラサラで、夜のそよ風に軽くなびいている。
ほのかな石鹸の香りがこちらにまで届いてくるよ。
「ところでダン、私達が今向かっている店はどんな所なんですか?」
「あぁ。一言で表せば……酒場だな」
ダンとシンに意識を向けると、2人は夕食をとる店について話している。
ふーん……ダンおすすめの店は『酒場』か。
ウエスタンには欠かせないモンだな。
「成程……。ご飯も揃っているんでしょうか?」
「あぁ。さっきメニューを見たけど、沢山有ったぞ! しかも結構美味かったしな!」
……って、お前もう食べたんかい。
「なんでも、その店の一番人気はピザらしい。俺がさっきハンバーガーとポテトを食ってた時にも、ピザの注文が良く入ってたな」
「ピザですか!?」
「ああ! 本物のピザだ!」
ハンバーガーにポテトにピザに…………、もろにアメリカンなメニューが揃ってんだな。
……っていうか、ダンの間食の量よ。
『おやつ』というよりは普通に『食事』だよね?
……まぁ、食べ盛りだから止めないけど。
「えっ、ピザがあるの?!」
「おう、有るぞコース」
「…………ピザってアレだよね? まさか、村のジイさまが何度も作ってくれた、あの似非無味芋ピザじゃないよね?」
……えっ、何それ。
『似非無味芋ピザ』って。
「勿論だ。あれ程までにマズい似非無味芋ピザを味わえんのは、トリグ村のジイさんの所だけだって」
「……アレはかなり酷かったですよね、似非無味芋ピザ。今でも思い出すだけで鳥肌が……」
「でも今日は大丈夫だ、シン、コース。今から行く所は本物のピザだぞ!」
「「ヤッター!」」
本物のピザと聞き、テンションが急上昇の2人。
……っていうか、彼らの記憶に深く突き刺さっている『似非無味芋ピザ』って何なんだろう。何かトラウマでも有るのかな?
「そうと分かったら行くしかないよー! アーク、早く早くー!」
「ちょ、ちょっと待ってよコース!」
「私達も早く行くしかないですね! 先生、ダン、行きましょう!」
「おう、勿論だ!」
まぁ、エセなんとかは置いといて。
そういえば、この世界に来てからピザとか食べてないな。大体焼き鳥ばっかり食べてたし。
ピザの話を聞いてるうちに、僕も食べたくなってきちゃった。
「先生も早く行こうぜ!」
「おぅ!」
久し振りのジャンクフードにちょっと心を躍らせつつ、僕も走ってダンの後を追いかけて行った。
『本物のピザ』を求めて早歩きのシン、コースを追いかけていると、通りの左側に明かりの灯る店が有った。
見た目は『如何にも』なウエスタンのお店。
入口からは明かりが漏れ、美味しそうな匂いが漂ってくる。
結構たくさんのお客さんがワイワイガヤガヤやっているようで、外の大通りまで騒がしさが伝わっている。
「ココか、ダン」
「ああ、先生。俺のおススメ、酒場・コンベックスだ!」
「「「「おぉー!」」」」
「『本物のピザ』だー!」
「早く食べたいです!」
という事で、ダンのおススメのお店・コンベックスに到着。
暴走気味のシンとコースをなんとか抑えつつ、ギッコンギッコンドアを開けて店に入る。
「どうも————
「いらっしゃい! 空いてる所に適当に座ってくれ!」
店に入るなり、両手いっぱいに樽ジョッキを持った大男が出迎えてくれた。
……おぉ、中々豪快な接客スタイル。
「んー……、席あるかなー?」
「5人が掛けられる席ですからね……。席が無ければ3-2で別れるしか無いですかね」
店内には結構沢山のお客さんが入っており、繁盛しているようだ。席もほとんど埋まっている。
冒険者らしきグループや商人、子供連れの家族も居る。僕達と同じ轟の馬車で見かけた人もチラホラだ。
……ん?
店の奥の方の席……、空いてそうだな。
「なぁダン。あの奥の机、空いてない?」
「……あぁ、本当だ」
「6人掛けの席みたい。わたし達でも大丈夫ね」
「こんな混雑の中、よく見つけましたね。先生」
「先生さっすがー!」
「おぅ」
混み混みの店内を縫って進み、空いていた席に到着。
木製で円形のテーブルに、これまた木製で簡素な椅子だ。
……しかも座るとガタガタいう。
ガタッガタッガタッ
「何このイス?! 座りづらーっ!」
座ると同時に、そう言ってわざと椅子をガタガタさせるコース。
……出たよ。コースのストレート口撃。
「ハァ……、そういう事言うなってコース」
「先生の言う通りです。店の人にも失礼ですよ!」
「えー…………」
どうせ直らないだろうけど、一応コースをお説教。『思っても口に出しちゃダメ』、それが社会を生き抜く術だ。
シンもムッとした表情を浮かべつつ、僕に加勢する。
「周囲のザワザワに掻き消されたから良かったですけど……」
「もし店員さんに聞こえてたら申し訳なさすぎるだろ」
「そ、そうだけど……」
よしよし。
分かってくれれば良いんだ————
「…………でっでも、シンだって『この椅子ガタガタだな』って、そう思うよねー?」
「えぇっ……」
その途端、シンが言葉に詰まる。
表情も一転、困惑そのものに。
「ガタガタなんだよねー、シン?」
「……そっそんな事は無いですよ! この椅子がボロいだなんて思ってもないです!!」
あーぁ。
自分でボロいとか言っちゃったし。墓穴だ。
シンよ、どうせならもう少し上手く戸惑いを隠してあげて……。
「ぃゃ…………いやいや、ああアレですよアレ! 『ボロい』って言っても、あの……『味のある』と言いますか、『年季の入った』と言いますか、『趣深い』と言いますか…………『老朽した』と言いますか」
迷走の挙句、最後のはフォローにすらなってないから!
「……つまりそんな感じなんです! だから私は『ボロい椅子』だなんて思ってません! 良いですかコース?!」
「……………… 」
……自分で老朽だのボロいだの言っときながら、最終的に気迫で押し通すシン。ここまで声を荒らげるシンは初めて見たよ。
……それに対し、完全に気圧されたコースは無言で頷くだけだった。
なんだこのカオスな状況は。
「すいません!」
「はいよォッ! ……お待たせしャした!」
「えーっと……ピザのLを2枚、ポテト2つと……アークは何か注文するか?」
「いえ、わたしはそれで大丈夫かな」
「じゃあ……以上で」
「はいよォッ!」
……そんな状況もつゆ知らず、ダンとアークはさっさと注文を済ませるのであった。




