12-21. 変域Ⅰ
「……ダメだ。こんなんじゃ寝れない」
残念ベッドからガバッと起き上がり、そう呟く。
ベッドダイブしてからうつ伏せでボーッとすること、約10分。
普段なら既に夢の中のハズなんだけど、今日は何故だかダメだ。
寝れない。……というか、寝る気になれない。
僕の身体が眠りに就こうとしてくれないのだ。
この世界に来てから2ヶ月経ち、すっかり『フカフカベッド』に慣れちゃったからだろうか?
薄っぺらいマットレスの上でアグラをかきつつ、そんな事を考える。
……もしかしてコレが『枕が違うと寝れない』っていうヤツなんだろうか。
僕は林間学校や旅行先でも割と普通に寝れる人だったから、こんな感覚は初めてだ。
「……なんか不思議な気分だ」
でもまぁ、寝れないんじゃ仕方ない。
別の事でもしながら、待ち合わせまで2時間過ごそう。
……とは言っても、2時間かー。ちょっと長過ぎるな。
時間を持て余し過ぎてしまった。
そうだな。
ダンみたいに何か食べ物でも探しに行く?
……いや、いい。そこまでお腹減ってないし、今食べると夕食も入らなくなる。
じゃあ、何か買い物に行くか?
……うーん、特に買うモンも無いしな。明日の食糧なら夕食後に買えば良い。
なら、どこかコプリの町を適当に観光しに行く?
……町並みを眺めに散歩なら面白そうなんだけど、なんたって砂埃がなー……。
というか、そもそも部屋から出るのが面倒くさい。
結構馬車に座っているだけってのも案外疲れが溜まってるモンなんだよね。
出来れば部屋の中で何か時間潰しを……————
「…………」
そんな事を考えつつ部屋を見回すと、ふと目に留まる僕のリュック。
さっき立てて置いといたのに、いつの間にかバランスを崩して倒れていたようだ。
そんなリュックの口から、青い本がちょこっと顔を出していた。
[数学の参考書]の表紙が、リュックの中から寂しそうに僕を覗いていた。
はい。
そういう訳で、集合までの2時間で勉強をする事にしました。
机の上に紙とペン、参考書を並べる。
ガラスの窓から陽の光が入ってくるので明るさは大丈夫だ。
椅子に腰掛け、参考書の目次を開く。
昨日は『一次関数』をやったんだった。
……あぁ、やべっ。昨晩進化した【一次直線Ⅱ】のスキル、後で確認しとかないとな。
まぁいいや。それは置いといて。
今日やる項目は『一次関数』の次、『変域』か。
……変域? なんだろう。
聞いた覚えの無い単語が出てきた。
まぁ、やってみますか。
●変域
変域とは、変数が取りうる値の範囲のことである。一般に不等式または等式を用いて表す。
また、yがxの関数となっている時、xとyの変域はそれぞれ定義域、値域という。
……あー、成程な。
定義域と値域か。それなら覚えてる。
そういえばそんなモンも有ったなー。
……詳しくは覚えてないけど。
じゃあ、変数改め『定義域』と『値域』について、説明を読んで思い出していこう。
Point①
『変数には’有効区間’を設定できる』
僕達が普段何気なく使っている『文字式』。
基本、aやb、xやyといった文字はどんな数字の代わりにもなる。
a=1やb=0は勿論、x=100000みたいにデカくても、y=-0.0000007みたいに小さくてもオッケーだ。
だけど実は、文字には『有効区間』を設定できるのだ!
コレを使う事で、『文字』に入る数字を制限する事が出来るのだ。
それじゃあ、どんな時に『有効区間』を設定するのか、例をいくつか挙げてみよう。
(例1)
『サイコロを1個振って出た目をnとする。』
この時、nに入る数字は大体決まっている。
1〜6の整数、合わせて6個だ。
サイコロを振ってn=10とか、n=-2とか、n=0とかになる事は無いからな。
こんな時、nの値は≦を使って有効区間を設定出来るのだ!
有効区間は1以上、6以下。コレを不等式で表せば、『1 ≦ n』と『n ≦ 6』。
つまり、2つ合わせて『1 ≦ n ≦ 6』となるぞ。
(例2)
『x-yグラフにおいて、傾きが正である直線y=axについて考える。』
こんな時も、aの値について有効区間を作る事が出来る。
直線の傾きは『a』。傾きが正って事だから、つまりaは『正であれば何でも良い』という数だ。
という事でコレを<を使って表せば『0 < a』となる。
aに入れる数字はこの不等式に当てはまるモンじゃないとダメだ。でも逆に、不等式に当てはまるモンなら何を入れても良いぞ。
(例3)
『〇〇の時の確率をpとする。』
前に『確率』の単元でやった通り、確率は必ず0〜1で表される。0なら絶対起こらない、1なら確実に起こるってヤツだ。
そんな確率を表す文字pの有効範囲は『0 ≦ p ≦ 1』だ。
有効区間の例はこんな感じだ。
で、今のみたいに『不等式で表した、文字の有効範囲』こそが今回の単元名でもある『変域』なのだ。
変域とは、文字に入れる『数の範囲』を表したもの。
覚えておこう。
Point②
『関数に’有効区間’を作りたい時は変数を使え!』
2つの数字の関係を、数式を使って表す『関数』。
yの値がxを使ってどうやったら算出できるのか、ってヤツだ。
それじゃあ、いきなりだけど前回の復習がてら問題から行ってみよう。
問題。
『30個の飴玉を1人2個ずつx人に配る。配り終えた時、残った飴玉はy個だった。この時、yをxの式で表しなさい。』
コレは前回の一次関数の単元でも出た例題の1つだ。
正解は『y = -2x+30』になる。
はい、復習終わり。
ところでなんだけど、今の問題を見てこんな事を考えちゃった人は居ないだろうか。
『16人以上居たら、飴玉足りなくない?』
『x =-1の時ってどういう意味?』
そう。
実は、xに適当に数を当てはめていくと、問題文が破綻してしまう時があるのだ。
破綻しちゃう事その1、人数が多過ぎて飴玉が足りない事件。
飴玉は30個。1人2個ずつ配ると、最大で15人までしか配れない。
だけど、もし『y = -2x+30』にx=16を入れたら?
y=-2。……つまり、飴玉は一個も残らず、その上足りない。
16人以上、飴玉を配る人が居たらダメだ。
破綻しちゃう事その2、『マイナス1人』ってどういう意味なの事件。
人数を表すxに、もし『x=-1』を入れたらどうなるか?
『y = -2x+30』を使って計算すれば、飴玉は32個。なぜか増えている。
そして、問題文通りに読めば『飴玉を1人2個ずつ、’マイナス1人‘に配る』という謎の状態。
『2人に配る』『1人に配る』なら分かる。
『0人に配る』ってのもまぁ分かる。誰にも配らなかったって事だ。
でも、『マイナス1人に配る』ってのは……意味不明だ。
そんな感じで、『関数』の中には今みたいに限界が有る物だって存在する。
必ずしも関数は『どんなxでも使えますよー』っていう感じじゃなくても良いのだ。『xは0以上限定です』とか『-5から5までしかxが使えません!』とかでもオッケーオッケー。
この問題で言えば、人数を表す『x』に入る数字には上限と下限が有り、最小で0、マックス15だ。
コレを不等式で表せば『0 ≦ x ≦ 15』。
飴玉を配る人数の『x』は、この不等式に当てはまる数字じゃないとダメなのだ。
……こんな感じで、関数にとって都合の悪い『xの範囲』が有る時には、『xの変域』を設定して関数自身が都合の良いようにしているのだ。
関数の野郎、都合の良い野郎だな。
……さて。
参考書の見開き隣のページに移る。
次はPoint③だ!
※不等式について
本小説では、不等式について『文字を左辺に、数字を右辺におく』事よりも『≦、<を>、≧より優先して使う』事を重視して執筆しております。
これは『数直線は右向きが正』というルールに則っており、後々数直線やグラフと対応させて考える際に便利なためにこのような仕様とさせて頂いております。
等式においては『x = 5』のように文字を左辺におく事が基本であるため、本話の不等式において文字を右辺においた『1 ≦ n』『0 < a』に違和感を感じられる方もいらっしゃるとは思いますが、ご理解頂けると幸いです。
勿論、『1 ≦ n』を『n ≧ 1』、『0 < a』を『a > 0』のように表しても問題は有りません。




