12-16. 縁側
――――・・・せ・! ・・・く・・い!」
――――おい・・生! 着い・・!」
……んー……。
————ケー・ケ、起き・!」
……ん、この声は。
ふと気付くと、右肩も誰かにトントンされている。
「先生、起きてー! 着いたよ!」
「…………ぉぅ」
目を開くと、そこにはコースが居た。
コースの後ろにはシン、ダン、アークも立っている。
「あー、やっと先生起きたよー……」
「だいぶ熟睡だったね」
「まあ、先生もそれだけ疲れてたって事だろうよ」
4人が少し呆れ気味に言う。
そうか。どうやら僕は馬車旅の途中で昼寝してしまっていたようだ。
……そして、皆が僕を起こしてくれてたみたいだな。
「おはよう、皆」
「おはようございます、先生。お目覚めはいかがですか?」
「うーん……そうだな。まぁ、硬い椅子のせいで尻が痛いけど、疲れも取れてスッキリだな」
ちょっと伸びをしつつ、シンにそう返す。
「そうですね。先生は朝から大活躍でしたしね」
「おぅ、ありがとう。シン達もよく頑張ってたな」
「いえいえ、そんな事ないです」
謙遜しちゃって。
相変わらず真面目なヤツだな、シンは。
「でしょでしょー! もっと褒めてー!」
……コースはもう少し、シンを見習った方が良いかもね。
「良し! 先生も起きた事だし、そんじゃそろそろ馬車を降りて飯食いに行こうぜ!」
「そうね。わたしもお腹減ったわ」
すると、ダンとアークが待ちきれないとばかりにそう話す。
ふと、周囲を見回してみる。
……もう馬車には誰も乗っていない。乗っているのは僕達5人だけだ。
馬車の外に目をやると、空はオレンジ色になりつつある。
眩しい夕陽はもう少しで草原の地平線に沈んでしまいそうだ。
そして、そんな西陽に照らされている民家。
馬車の周りには十数軒の民家が建ち並んでいる。
ココは……。
「なあ、ダン。ココって……」
「ああ、先生。ココは『クアー』っていう村らしい。今日はこの村で一泊だってよ」
ダンが馬車を降りつつ、そう答えてくれた。
成程、クアー村ね。
隣に座っていた老人との話で聞いたヤツだ。
……そうか。もう寝てる間に着いちゃったんだな。
馬車の車窓の風景を楽しむ間もなく、馬車旅1日目が終わっちゃったのか。
……ちょっと残念。
「ほら先生、早く行こうぜ! 飯食って、泊まらせてくれる家を探さねえと!」
そんな事を考えている間にも、既に馬車を降りたダンから急かされた。
……まぁ、そうだな。確かにダンの言う通り、やる事多いし。
「おぅ、今行く」
そう言いつつ座席から立ち上がり、馬車の乗り口へと向かった。
村のちょっとした広場に停まった馬車から降りた僕達は、5人で村の道を適当に歩く。
お目当ては夕食。日が暮れる前にどこか探そう。
僕達が今居るのは『クアー村』。
王都と港町・フーリエを結ぶ東街道。その上にある2つの町村のうち、王都に近くて小さな集落の方だ。
草原を東西に突っ切る、東街道。
そんな東街道を左右から挟むように、十数軒の民家が建ち並ぶ。
村の中心部はちょっとした広場になっており、屋根と滑車付きの井戸もある。
そんな村の周りは畑が覆い、さらにその周りを申し訳なさげな木の柵で囲んでいる。
……それだけ。
「なんだか……質素な村だな」
村をキョロキョロ見つつ、そんな事を考える。
その……アレだな。本当に必要な物だけで村を作りました、みたいな感じ?
「そうですね。なんと言いますか……素朴と言いますか、必要最低限だけを集めたかのような」
「こういう生活もたまには良いのかもね」
「良いじゃねえか! 俺らの故郷を思い出すぞ」
「ショボい!」
あぁッ!
またそんなストレートに!!
「もうコース! お前そんな事言うな!」
「そうです! 住民の方に失礼じゃないですか!」
「えー、でもココ何もないじゃーん!」
「ハァッハァッハァッ……、『何も無い』とな!」
……ハッ!
コースがそんな事を叫んでいると、僕の左からそんな声が聞こえて来た。
慌てて左の民家に振り向くと、そこには軒下の縁側に腰を掛けて茶を啜る人が居た。
白い髭を蓄えた、ふくよかなお爺さんだった。
……ゲッ! マズい!
村の人に聞こえちゃった!
「……あっ、スミマセンっ! 僕の仲間が失礼な事を————
「良いんじゃ良いんじゃ。水色の娘さん、アンタは本当に正直じゃな! ハァッハァッハァッ……!」
「えへへー! ありがとー、お爺ちゃん!」
「ワシを『お爺ちゃん』とな! かわいいのぅ! ハァッハァッハァッ……!」
「ハハハハハ……!」
「「「「……」」」」
隣に居るコースと縁側のお爺さんが、2人で笑い合う。
……えっ。
なんすか、この状況。
「おう、娘さん。こっち来て少しお話しせんか? 揚げ甘芋もあるぞ」
「うん! お邪魔しまーす!」
……そんなお爺さんとすっかり意気投合しちゃったコースは、東街道からお爺さんの家へと走って行ってしまった。
「ちょ、ちょっとコース…………」
僕の呼び掛けも、残念ながら届かない。
「ワシの横に座りんしゃい」
「ハーイ! ……いっしょっと」
そう言い、お爺さんの隣に腰掛けるコース。
「はい、ワシ特製の揚げ甘芋じゃ。甘くて美味しいぞぅ!」
「あー、丁度お腹減ってたんだよねー! 頂きまーす!」
「おうおう、たくさんお食べ。今お茶を淹れてくるからの」
そう言い、自分の湯呑みを置いて立ち上がるお爺さん。
「ああ、お連れさん方。アンタ達も来い来い」
……えっ、僕達も!?
「えぇ……そんな、申し訳ないです……」
「なに、気にせんでええ! 青芋なら沢山あるぞ!」
「ああ、あの……いや、そういう訳じゃ……————
「先生、行きましょう!」
僕の後ろに居たシンから、突然そう言われる。
「いや、でも夕食と宿を————
「ココはお爺さんのご厚意に甘えませんか、先生?」
「そうだそうだ! 俺もアレご馳走になりてえしな!」
「コースがあんな状況だし、わたし達がコースを置いて動くのも……ねえ、ケースケ?」
……まぁ、そうだな。
皆の言う通りだ。しょうがないか。
「そういえば、水色の娘さん。アンタは本当に正直者じゃな」
「うん!」
「……すみません、オブラートに包む事も出来なくて……」
……という訳で、僕達5人はお爺さんと一緒に縁側にいる。
夕陽に照らされつつ、縁側に6人並んで座る僕達。
それぞれの手にはホカホカの湯呑み。
膝には揚げ甘芋が乗ったお皿。
……完全に『お爺さんとお話モード』になってしまった。
「なに、気にしておらんよ。何より娘さんの言葉には悪意が感じられんからの。それに、ワシ達もこの『クアー村』に好き好んで住んでおるんじゃ」
「……そうなんですか」
「でも、流石に何も無さ過ぎじゃねえか?」
「チョイと不便なくらいが過ごしやすいんじゃ。もし本当に欲しい物が有るんなら、その時は街道を通る行商人に声を掛ければええ。大概の物は手に入るしの」
……成程な。
確かに東街道は多くの商人が通るしね。
「何か手伝うて欲しい事が有れば、街道を通る若者に声を掛けて手伝うて貰えばええ。…………今みたいな感じでの! フォッフォッフォッ!」
……そっすか。
僕達は暇つぶしに呼ばれちゃったって事ですか。
「いやしかし、クアー村を『ショボい!』とまで言うヤツは見た事がないのぅ!」
「うん! この村に入ってすぐそう思った!」
……思っても口に出さないのが大人ってモンじゃんか、コース。
「そこまでストレートに言われちゃ、かえって清々しいのぅ! 『素朴だ』だの『質素だ』だの、回りくどい事言うヤツよかマシじゃな」
「「…………うぅっ」」
……僕とシンが黙り込む。
まさか……頑張ってオブラートに包んだはずが、『回りくどい』なんて言われるなんて……。
悔しいけど、コースに負けた気がした。
悔し紛れに、膝の上に乗った揚げ甘芋に手を伸ばす。
見た目は……まるで大学芋だな。サツマイモっぽい芋を素揚げして、砂糖をまぶしただけってお爺さんがさっき言ってた。
心の中で『頂きます』って呟き、1つ頂く。
「………………うん、美味いな」
「じゃろ? なんたってワシ特製じゃからの」
うん……。美味しい。
いや、特別に美味しいって訳じゃないんだけど、なんというか懐かしい味というか……。
母が作ってくれた大学芋を思い出すな。
「おう、たくさん食え食え」
「ありがとうございます」
お爺さんに促され、もう1つパクリッ。
……美味しい。
「なんなら、夕飯もワシと一緒に食べるかの? ワシ1人で食べるのも寂しいし……どうじゃの?」
「おお!」
「爺さん、良いのか?!」
「勿論勿論じゃ」
おっ! それは丁度良い。
僕達も夕食をどうするか考えてた所だし、お爺さんのお世話になろうかな。
「……それじゃあお爺さん。こんな大人数ですが、お言葉に甘えて」
「気にせんでええ。それに宿が決まってないのなら、ウチに泊まって行きんしゃい。ワシも毎晩毎晩1人で寝るのは寂しいからの」
……えっ、マジかよ。
そこまでしてくれるの!?




