12-15-1. 『はくばのおうじさま』
∩∩∩∩∩∩∩∩∩∩
「ハァ…………」
ため息をひとつ。
朝から少し頑張り過ぎたのか、ちょっと疲れたかな。
そんなわたし達を乗せた馬車は今、ゆっくりのんびりと東街道をフーリエへと進んでいる。
今日の天気も晴れ。
馬車には幌の天井があるから陽射しは遮られてるけど、気温は暖かい。
そんなポカポカな気候が全身の疲労とも相まって、少しウトウトしてしまう。
…………コクッ
「んん…………」
瞼が重く、気を抜くと無意識に船を漕いでしまう。
「アーク、眠いの?」
「……え、ええ。ちょっと朝の疲れがね」
「そっかー。確かにアーク、たくさん動いてたしねー! さすが戦士さん!」
隣に座るコースからも、そう言われる。
……ちなみに、これでもわたしは一応『火系統魔術師』なんだけどね。
ハァ……。
コースと会話したからか、少し目が覚めた。
ふと、さっきのエメラルドウルフと戦っていた時の事を思い出す。
アレは……わたしが突風で身体のバランスを崩し、転んじゃっだ時のこと。
わたしが完全に隙を見せた所を、エメラルドウルフに狙われた。
あの時に睨まれた、エメラルドウルフの眼……凄く恐ろしかった。
それと同時に、頭の中にフラッシュバックするあの瞬間。
カーキウルフに周りを囲まれて、もう死ぬんだって思ったあの瞬間。
それを思い出し、わたしはパニックに陥ってしまった。
頭が真っ白になり、腰が抜けて身体が硬直してしまった。
ジリジリと迫ってくるエメラルドウルフに対し、わたしが出来たのは辛うじて腕で後ずさるくらいだった。
そこから先のわたしの記憶は、ほとんど残ってない。
けれど、その次にわたしの頭の中に残る記憶は……あの瞬間だった。
ナイフを両手で構え。
所々赤く染まったボロボロの白衣を靡かせ。
眩しい朝陽を背に。
エメラルドウルフの頭に向かって宙を駆ける、ケースケだった。
ケースケが、エメラルドウルフにトドメを刺す瞬間だった。
それを見た直後、ある『記憶』がわたしの頭の中に蘇った。
…………夜の森の中でシーは、とうとう追いつめられてしまいました。
悪い熊は「ガオー!」とさけび、森に迷いこんだシーへと襲いかかりました。
「キャー!」とシーは悲鳴を上げて、その場にしゃがみこんでしまいました。
しかし、その時です。
パカラッ、パカラッ、と馬が走ってくる音がきこえました。
シーがその方を見ると、なんとそこには白い馬にのった王子様がこちらに向かって来ていました。
エルが、シーを助けに来てくれたのです。
エルは「行くぞ!」とさけぶと、腰から剣を抜き、馬から熊に向かって大きくジャンプしました。
そして、そのままシーを襲おうとしていた悪い熊に向かって剣を振りました。
悪い熊は真っ二つにされ、やられてしまいました。
「けがは無いかい、シー」
「ええ、大丈夫です、エル」
「そうか、シーが無事でよかった」
エルはそう言うと、シーと一緒に白い馬に乗りました。
そして、二人は城に戻りました。
『……その後、城に戻ったシーとエルは結婚して、それからもずっと楽しく暮らしました。めでたしめでたし』
そう言い、お母様はパタッと本を閉じた。
『……ありがとう、お母さま』
『どういたしまして、アーク。……それにしても、昨日も一昨日もこの絵本だったけど。飽きないのかしら?』
『うん。だって、さいごから2ばん目のページの"はくばのおうじさま"、とってもカッコいいんだもん』
『あぁ……』
ペラッ
ペラッ
『この挿絵ね』
そう言い、わたしお気に入りの絵が入ったページを開いてくれる。
馬からジャンプした王子様が、熊に一撃を喰らわせるシーンの挿絵だ。
『そう! わたし、大きくなったらはくばのおうじさまとケッコンするの!』
『あらあら、それは素敵ね』
『それで、おうじさまと一緒にテイラーのリョウシュになって、お父さまのあとをつぐの!』
『それは頼もしいわ、アーク。それじゃあ、大きくなったら素敵な王子様を見つけて、次の領主にならないとね』
『うん!』
すると、お母様はわたしのベッドのそばから立ち上がり、部屋の扉へと歩いて行く。
『それじゃあ、アーク。お約束通り一冊読んだから、ちゃんと寝るのよ』
『分かってるよ』
『フフッ……じゃあ、おやすみなさい。アーク』
『おやすみなさい』
そう言い、お母様は部屋の照明を消して部屋を出た。
そう。
わたしが小さい頃、お気に入りだった絵本。
その絵本の、最後から2ページ目の挿絵。
青白く月夜に照らされた木々が生い茂る、森の中。
ページの上部は、真っ黒な夜空に沢山の星が浮かぶ。
ページの右端には、王子様・エルが乗ってきた純白の毛をもつ愛馬・エム。
ページの左には、シーを襲おうとしていた熊。
そして、ページの中央に大きく描かれているのは。
大きな剣を両手で大きく振りかぶり。
純白のマントを風に靡かせ。
大きな満月を背に。
熊に向かって宙を駆ける、白馬の王子様・エルだった。
あの絵の王子様が、とってもカッコ良くて、わたしが子どもの頃は何度も何度もこの本を読んでいた。
そんな記憶が、エメラルドウルフとの戦いの時に蘇る。
あの時、腰が抜けて動けないわたしの目の前で起こっていたことは。
大きな剣じゃなく、ナイフだったけど。
純白のマントじゃなく、ボロボロで血塗れの白衣だったけど。
大きな満月じゃなくて、眩しい朝陽だったけど。
熊じゃなくて、エメラルドウルフだったけど。
……あの時、わたしの中で白馬の王子様とケースケの姿が重なった。
「…………ハァ」
馬車に揺られつつ、そんな事を思い出す。
ふと、左前の座席に座るケースケが目に映る。
隣のご老人と楽しく話をしてるようね。
『そう! わたし、大きくなったらはくばのおうじさまとケッコンするの!』
そんなフレーズが、再びわたしの頭の中に蘇る。
「ハァ……」
溜息をもう一つ。
今まで、ケースケは飽くまでも『仲間』だって思ってた。
わたしの『ステータスの低さ』を補ってくれる、強い『仲間』なんだって思ってた。
だけど。
もしかしたら。
ケースケが。
ケースケが、わたしの……。
「…………おーい、アーク。どうしたー?」
……ケースケの声が耳に届いた。
ピクッ、とわたしの身体が動く。
「どうしたんだアーク。ずぅーっとコッチを見つめて」
「…………ぇ……、え? あぁ……!!」
ふと我に返ると、目の前には振り返ってこちらを見るケースケ。
どうやらわたしは、ケースケを見つめたままボーっとしてたみたい。
「……いや、何でもないわ」
「そうか」
少し恥ずかしくもそう返すと、ケースケは前に向き直った。
「ハァ……」
胸の赤いペンダントを右手に持ちつつ、また溜息を一つ。
ケースケが……。
ケースケこそが、わたしの……。
わたしの、白馬の王子様なのかも……。
……いや、白衣の王子様なのかもね。
∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇




