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12-15. 劣化

王都の東側に広がる、大草原。

青空には小さな雲が浮かんでおり、草原に吹く風は朝露を吸って涼しい。


そんな草原の中に作られた、一本の太い道。

東街道だ。



『スタンダー輸客会社』と書かれた馬車は今、そんな東街道をゆっくりと港町・フーリエに向かって進んでいる。

御者席に座るのは、もちろん轟。

その後ろには、ワイワイガヤガヤと沢山の乗客を乗せている。


勿論、僕達5人組も乗っている。






「…………まさか、数原くんがあんな大きな魔物を倒していたとは……驚きデス」

「おぅ。仲間たちとチャチャっとな」


腰をトントンしつつ、通路越しに御者席の轟と話す。


「そ、その……エメラルドウルフ、でしたっけ?」

「そうそう」

「アイツの体格……パッと見ただけデスが、普段見るカーキウルフとは最早別物デスよね?」

「確かに。見た目こそ『(ウルフ)』だけど、もう体格からして違うよ」

「デスよね……あんな敵と戦って、よくぞご無事で帰って来られたのデス」

「おぅ」


ホントだよね。

良く倒せたもんだ、って僕でも思うよ。



「……全身に切り傷を受けて、白衣を真っ赤にして帰って来た人に『ご無事』とか言って良いのかは知らないデスけど」

「………気にすんな」






轟との会話も切れて、座席で一息つく。


「フゥ……」


周りに耳を傾けてみれば、馬車の中はさっきの『エメラルドウルフ』の話で持ち切りだ。




…………さっき、僕達が群衆の中を強引に突破して馬車に駆け込んだ後、轟の馬車は直ぐに発車した。

馬車はそのまま東門広場を真っ直ぐ進んで東門を抜け、東街道に入ったんだが。

勿論、そこには僕達が暴れ散らしたまんまの戦場が残っているわけでして。

『乗客の中に血とか死体とか、そういうのが苦手な人が居たら申し訳ないな』と思いつつ馬車の車内を見てたんだけど…………


そんな事は全くなかった。

大人から子どもまで、目を輝かせて車外を見つめていた。


勿論、お目当てはエメラルドウルフの巨体だ。

『綺麗な体毛なのね……』とか『デッケー!』とか『こんな巨体……』とか『まだ生きてるみたいだ!』とか、口々に感想を述べていた。


ちなみに戦場の後処理は、後々到着する王都騎士団の仕事だ。

状況の見分や記録取りを終わらせた後で片付けてくれるらしい。






その興奮が抜けないのか、今もなお乗客達は生のエメラルドウルフを見た感動を思い思いに喋っている。


ある人は、『カーキウルフと比べ物にならない程の身体の大きさ』について。

またある人は、『鮮やかな緑色の毛並み』について。

そして、乗客のほとんどは『身体に付けられた深い傷』について。


その張本人であるシン、コース、アークの3人は馬車の中でも英雄(ヒーロー)扱いの真っ只中だ。



…………僕とダン? 閑古鳥だよ。

別にチヤホヤして欲しいとは思ってないけど、寂しさは少し感じちゃうけどさ……。

まぁ、僕達みたいな『縁の下』ポジションも大事だしね。






「あんなボスキャラまで手に掛けてしまうとは…………流石数原くんなのデス!」


ちょっぴり寂しさを感じていた僕にも、声を掛けてくれる人が居た。

轟だ。



「おぅ。ありがとう、轟」

「ぼく達非戦闘職の星なのデス!」

「……それは恥ずかしいから止めて」

「何度でも言ってあげるのデス!」


恥ずかしくて死んじゃうから止めて。



「いいです。そのオキモチだけ頂いとくから」

「なんでですか! 秋内くんだって数原くんの活躍を喜んでいるのデス!」


一向に引き下がらない轟。



……ハァ。

なんか相手をするのが面倒になってきた。


「じゃあもういいよ。何とでも言え」

「分かったのデス! 数原くん!」

「……おぅ」






…………そんな轟との会話も切れた所で、馬車の外へと目をやる。

隣に座り、読書中の老人越しに馬車の外を眺めると、そこには相変わらず大草原が広がっている。



王都の東門を発車してから2時間ほど経っているけど、景色は変わらない。

一面の大草原だ。ちょっと変わった所と言えば、少し草の丈が高くなったくらいかな。

そんな丈の高い草が、時折吹く風に靡いて波のように動いている。


時々、草が不自然に動いたと思えばディグラットがちょこっと顔を出していたり。

遠くに白い何かが見えるなって思ったら、プレーリー・チキンの(つがい)だったり。


そんなノドカな草原がずぅーっと先まで広がっている。



その先に見えるのは王国北部の山岳地帯だ。

そういえば……学生3人の出身は北の辺境、『トリグ村』とかって言ってたな。


彼らの故郷にも行ってみたいな。

どんな村なんだろう…………――――





「何か見えたのかい?」

「……えっ」


席に着きながらボーっと外を眺めていると、視界に老人が入り込んだ。

……完全に油断して気を抜いていたので、少しビックリした。



「あぁ、いや…………本当にダダッ広い草原だなー、なんて思いまして」

「ハッハッハ……ダダッ広いか。確かにそうだね」


老人が笑い、白い口髭も一緒に動く。


「でもね、君。草原の風景を眺められるのも()()()()()()だからね」



…………『今のうちだけ』? どういう事だよ?

ちょっと意味深じゃんか。


まさか……この大草原に何か起こるのか!?



「…………と言いますと?」

「東街道沿いの景色は、明日辺りから段々移り変わっていくんだよ」


……なーんだ。そういう事か。

ビックリした。

『草原がどうにかなる』んじゃなくて、『景色が草原から移り変わる』ってだけだったのか。



「それじゃあ、今日はずっと草原の中を走るんですね」

「ああ、そうだよ。乗合馬車1日目、今日の目的地である『クアー村』まではずっとこの調子だ。クアー村から少し先に進むと、段々と草原とサバンナが入れ替わるんだ。だから、景色がガラリと変わるのは明日以降だね」

「成程」



へぇー、良いじゃん!

『見える景色が変わっていく』なんて、まるで旅の醍醐味じゃんか!


そういえば、僕がこの世界に来てからは未だ草原から出たことが無かったな。

この世界の山も、森も、海も、まだ行った事は無い。

洞窟には迷宮(ダンジョン)合宿の時に潜った事が有るけど、アレだって風の街・テイラーから徒歩半日の草原だし。


なんか良いな。面白そうだ!



「ちなみに、おじいさん。その先にはどんな景色が有るんですか?」


気になってしまったので、老人にもっと聞いてみる。


「草原からサバンナに変わり、サバンナをずーっと進むと、やがて『コプリ』という町に着くんだ。乗合馬車2日目の目的地でもある」

「コプリ……」

「そう。そこは古くからフーリエと王都を行き来する人の要衝でね。中々栄えている町でね」

「成程」

「で、そこを出ると今度は植物も無くなってきて、むき出した岩と土が地面を覆う荒野になってくる」

「荒野ですか……」

「ああ。乗合馬車の3日目は荒野の真ん中で野宿。コプリとフーリエの間には町村が無いから、乗客たちが皆で仲良く野宿するんだ」

「……それって、大丈夫なんですか? 魔物とかに襲われるかも……」

「大丈夫。焚火の火を消しさえしなければ、あそこの辺りの魔物は近寄って来ないからね」


そうなんだ。

『火に近寄って来ない』、か……。

日本では『動物は火を恐れる』って言うのを聞いた事が有るけど、この世界の魔物にもそういう性質ってあるんだね。


頭の中にメモしとこっと。



「そして、乗合馬車4日目。景色は段々と荒野から砂漠に変わっていく」

「砂漠ですか。…………なんだか、その……」

「ん? 何だい?」

「その、『草原』から『サバンナ』、『荒野』、『砂漠』にーって……どんどん不毛な土地になって行くんですね」

「ハッハッハ、不毛か! ……まあ、そうだね。楽しめる景色では無い」


……ちょっと期待して損してしまった。

この先の景色の移り変わりが、まるで進むごとに劣化していくみたいな感じだなんて。



「けれどもね、君。逆方向……つまり、フーリエから王都へと帰る時を想像すれば、それはそれで楽しいだろう?」

「ま、まぁ……そうですね。確かに」


逆方向なら……どんどん豊かになって行く感じだ。



「まあ、4日目に砂漠に変わっていき、砂漠に敷かれた石畳の道を馬車は進んでいく。……そして、草原より広い海が見えたら馬車の目的地、港町のフーリエは間も無い」

「成程。……あー、『港町』って言われると、海の幸が待ち遠しいです!」

「ハッハッハ……。気が早いな、君は。気持ちは十分わかるが馬車旅は長いぞ。クアーとコプリも有るんだし、そう焦るんじゃない」

「……はい」


……老人に諭されてしまった。



とはいえ、老人との会話でこの馬車旅の行程が把握できた。


馬車旅は4日間。

シーカントさんの時の速達馬車と同じような感じだ。朝に町村を出て、その日のうちに次の町村に到着するって感じだ。

但し、3日目だけは町村が無く、全員で野宿。

こんな感じか。



「すみません、ありがとうございました」

「いやいや、こちらこそありがとう。私も時間を持て余してるから、君も何かあったらいつでも話しかけておくれ」

「はい!」


最後にそう言うと、老人は再び本を開き、読書を始めた。



『時間を持て余してる』、ね……。

シーカントさんの馬車に乗せて貰った時は飽くまで『護衛』だった。

周囲を見張るって仕事が有ったし、意外と暇じゃなかったんだけど。


それに対して、今乗ってるのは乗合馬車。

僕達は『単なる乗客』。やる事も無いし、暇だ。

4日間ずっと景色を眺める訳にもいかないし……。



……そうだな。老人と同じく、本でも買っとくべきだったかもしれない。

まぁ、帰り道で馬車にお世話になる時にはそうしよう。






そういえば、シン達は何やってるんだろう?

彼らはどうやって暇をつぶしてんのかな。


そんな事を思いつつ、シン達の座席の方へ振り向くと。



ジー……

「……ぇぇっ」



ボンヤリとした表情でアークがこちらを向いていた。

赤みがかった黒の瞳は、起きてんのか寝てんのかも分からないボーっとした感じで僕をジーっと見つめている。


……どうした、アーク。



「……」

「……」


……目を合わせてみるけど、変化なし。



「……」

「……」


……ちょっと上半身を動かしてみるけど、変化なし。



ダメだ。反応が無い。


なんだろう。

考え事でもしてるのかな。

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本作は、以下リンク(後編)に続きます。
以下リンクからどうぞ。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで eˣᴾᴼᴺᴱᴺᵀᴵᴬᴸ

本作の『登場人物紹介』を作りました。
ご興味がありましたら、是非こちらにもお越しください。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで』巻末付録

 
 
 
本作品における数学知識や数式、解釈等には間違いのないよう十分配慮しておりますが、
誤りや気になる点等が有りましたらご指摘頂けると幸いです。
感想欄、誤字報告よりお気軽にご連絡下さい。
 
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どうか、この物語が
 
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そして————数学嫌いの克服を目指す皆様の心に
 
届きますように。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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