12-11. 嵐Ⅳ
皆様、大変お待たせ致しました。
「反撃行くぞ!!!」
「「「オウ!」」」
そう叫び、僕達4人は吹き荒れる風の刃の中を駆け出した。
風の刃の奥で見え隠れするエメラルドウルフの表情は、正に怒り心頭。
牙を剥き出し、つり上がった眼でこちらを睨む。
……まぁ、そりゃそうなるよな。
配下のカーキウルフ軍は数分で壊滅。
そんな僕達を暴風で吹き飛ばそうにも、上手くいかない。
爪がクリティカルヒットしてもDEFを貫通出来ず、オマケに火傷まで負わされるハメに。
そんな所で使ったデカい魔法すら、何故かカスリもしない。
『草原の首領』たる者がそんな仕打ちを受ければ、怒って当然だ。
……でもまぁ、僕達も譲れない。
負けてたまるか。
さっさとお前を倒して、港町・フーリエに行くんだ!
エメラルドウルフの魔法、風の刃がこちらへ飛んでくる中を一直線に突っ切る僕達。
視界を覆い尽くすほどの風の刃の中に居るのに、それでも不思議と風の刃が直撃する事は無い。
まるで何かのバリアでも張ってあるような感じだ。
そんな風の刃の隙間から垣間見えるエメラルドウルフの姿は段々と大きくなってきた。
そんなエメラルドへ走りつつも、間も無くやって来る反撃のチャンスに身構える僕達。
「さっきはよくも私をブッ飛ばしてくれましたね……エメラルドウルフ!!」
僕の隣で、シンが両手を剣に掛けて叫ぶ。
「俺愛用の盾をこんなボロボロにしてくれやがって!!」
ダンが走りつつ前に盾を構えて叫ぶ。
「ケースケをあんな傷だらけにして……許さないッ!!」
アークがそう叫び、槍がヴオォッと一際大きな炎を上げる。
……そんじゃ僕も。
「よくも……新品の白衣をボロボロにしてくれたなァ!!」
割と本気の怒りを込めて、そう叫んだ。
エメラルドウルフとの距離がかなり近づいてきた。
ウルフの左前脚が浮く。
「俺に任せろ!」
そう言い、ダンが急加速。
僕達の前に躍り出る。
「その手はもう喰らわねえ!」
ウルフの左前脚は、先程と同じボディブローの動き。
ダンもそれに合わせて大盾を構える。
「【硬壁Ⅵ】! ふんッ!」
ガツンッ!
鋭い爪が大盾に直撃。
大盾で強烈なボディブローを受け切る。
ウルフの爪が少し欠け、欠片が飛ぶ。
グルルゥゥゥゥ……ッ!
「ヘッ、そんなもんかよ! 【硬叩Ⅴ】!」
その直後、今度はダンがウルフの左前脚を叩き返す。
ダンのATKは低めだとはいえ、それでも今じゃ常人の4倍のステータス。
そんな衝撃を受けたウルフは一瞬フラついた。
ウルフとダンが戦っている間に、ウルフの右前脚に回り込んだシン。
そして今、ウルフが一瞬フラついた。
好機を捉え、剣を振りかぶる。
「今ですッ!」
そのまま、剣を一気に振り下ろした。
「【強斬Ⅴ】ッ!!」
ザクザクッ!!
ボキッ……
ウルフの右前脚をシンの長剣が斬り、脚の半分程まで斬り進む。
繊維質な物が切れ、硬い物が砕ける音が響く。
キャィイイイィィンッ!
その直後に響く、甲高い悲鳴。
悲鳴と共に、僕達の周囲を覆っていた風の刃がフッと消えた。
……よしッ、効いてる!
「ナイスだ、シン!」
「はい!」
シンの剣は脚の中央ほどで勢いが無くなり、剣を引き抜く。
それと共に切り口から勢い良く溢れ出す、大量の血。
みるみるうちに草原が赤く染まっていき、右前脚の下にはちょっとした血の池が出来上がっていた。
キャィイイイィィンッ!
シンが会心の一撃を決めた時、アークはシンと反対側に回り込んでいた。
狙うはウルフの胴体。視線をそこに集中し、駆け寄る。
「わたしも……」
そう呟き、燃え盛る炎の槍を右に大きく引く。
「……わたしも……もう弱くなんかない! ハァッ!!————
そう叫び、炎の槍を真横に薙いだ。
のだが。
…………グッ、グラアァァァァ!!
ウルフがフラつきながらも、鋭い眼光を一瞬でアークに向ける。
と同時、アークに向かって突風が吹く。
ウルフの魔法が発動。
「……キャッ!」
デバフで弱体化しているとはいえ、それでも『草原の首領』が使う魔法だ。
それなりに風の威力は有る。
そんな突風で身体が煽られたアークは狙いが外れ、炎の槍は空を切る。
辛うじて、先端から溢れ出した炎がウルフの腹部を焦がしただけだった。
「いったたた……」
そのまま、アークはバランスを崩して尻餅をついた。
脚を斬られ腹を炙られながらも体勢を立て直したウルフは、そんな無防備なアークに標的を向ける。
それに気付いたアークが、ふと前を見上げると。
「……っ!? ……あ、あぁぁ……」
目の前には、アークに向かって身体を向けるエメラルドウルフ。
口をパッカリ開いてアークを睨んでいた。
それを見たアークは、一瞬の硬直の後に顔を青ざめた。
「……やらせません!」
それをウルフの反対側から見ていたシン。
「幸い、ウルフは私に気付いていない!」
エメラルドウルフはアークの方に向き直っている。
シンに対しては尻尾を向けちゃっている始末だ。
そんなウルフの左後脚に向かって駆けるシン。
ウルフが背を向けているのを良い事に、あと一歩で剣が届く間合いまで一気に迫る。
「隙だらけですッ!」
剣を両手で思いっきり振り上げ。
「【強斬Ⅴ】!」
ウルフの右後脚に向かって、剣を力一杯振り抜いた。
ザシュッ
剣が何かに刺さり込む音がした。
「……っ!? 何!?」
のだが。
シンの目の前にあったハズの脚が消え、剣が斬っていたのは草原の草と土。
空振りだった。
すぐさまシンが見上げると、右前脚はシンのすぐ頭上に。
ウルフは膝を曲げてシンの一撃を躱していたのだ。
「まさか、気付いていたのですか……!?」
その直後。
ウルフが曲げていた右後脚の膝を伸ばした。
そう。
ウルフからすれば、膝を曲げたのは『攻撃を避けるため』だけじゃない。
その脚を使って————
「ぶグォッ!」
シンの腹に、強烈な後ろ蹴りが入った。
草原に刺さりっぱなしの長剣も手放し、シンは物凄い勢いで蹴り飛ばされていった。
グルルルッ……!!
邪魔者は居なくなった、と言わんばかりにそう唸るエメラルドウルフ。
その視線の先には、プルプルと震えるアーク。
「……あぁ……ああぁ……」
そう弱々しい声を出し、腰をついたまま後ずさっている。
……ヤバい。
このままだとアークが危ない。
「逃げろアーク!!」
「喰われちまうぞ! 早く立て!!」
僕とダンがそう叫ぶが、後ずさりが精一杯のアーク。
「ま、まさかアーク……腰抜かしたのか?!」
正にダンが呟いた通りのようだった。
「僕達の声も聞こえてなさそうだ。……マズいな」
「チッ、何やってんだよ!」
その間にも、アークにエメラルドウルフの牙が迫る。
頭を徐々に下げ、口をパックリ開いてアークへと近づく。
……ヤバいヤバいヤバいヤバい。
僕とダンからじゃ遠く、助けに入っても間に合わない。
シンは腹を蹴られて吹っ飛ばさてれいる。
アーク自身も腰を地につけたまま、後ずさりしか出来ない。
もう間もなく、エメラルドウルフの牙はアークに突き刺さる。
……あぁ、クソッ!
「「アークゥ!!!」」
間に合わないとは察してるけど、ダメ元だ。
僕とダンは同時にアークの元へと駆け出した。
けど、どうやらその必要は無かったようだ。
「【水線Ⅳ】っ!」
そんな状況を打破したのは、外壁の上から飛んで来た一本の水のレーザー。
僕達の頭上を真っ直ぐ通り抜けていった。
この魔法にこの声。
飛んで来た方向。
勿論、誰が使ったかは言うまでもない。
「アレは……」
水のレーザーはエメラルドウルフの顔面めがけて真っ直ぐに飛び。
そのまま、右眼にブッ刺さった。
何かが破裂したような音が聞こえた。
正にアークを喰おうとしていたエメラルドウルフは突然の攻撃に悲鳴を上げ、顔をブンブンと振り回す。
「よしッ!」
「コース、ナイスプレー!」
急所への攻撃だ。
ウルフは右眼が破裂した痛みに悶えており、標的どころじゃ無い。
よしッ!
コースのお陰でアークはなんとか助かった。
急場は凌いだ。
更に今、エメラルドウルフは痛みに悶えている。
つまり……好機だ!
「よし、ダン! 今のうちに畳み掛けるぞ!」
「おう!」
僕の横を走るダンから返事が帰ってきた。
「…………って、どうやって畳み掛けんだよ、先生!?」
「ん?」
『どうやって』って言われても、ねぇ……。
「普通に。グサッとやって、倒す」
「グサッと……?」
訳分からんと言わんばかりの表情でダンが続ける。
「シンは蹴っ飛ばされてあんな所だし、アークは腰抜けてるし、コースも外壁から倒せる程の魔法は撃てねえ。勿論俺も無理だ。……一体どうやって————
ハッハッハ。
まだまだ甘いな、ダン。
得物を持っているのは戦闘職の人間ばかりじゃないのだ。
チャキッと腰に差したナイフを抜く。
『精霊の算盤亭』のオバちゃんから貰った、『冒険者のナイフ』だ。
「……マジか! 先生、出来るのかよ?!」
「シンもアークも駄目、ダンもコースも駄目、だったら僕がやるしか無いじゃんか」
「…………そ、そうだけど」
まぁまぁダン、僕を信じなさい。
そんな事を喋りつつ走っていると、エメラルドウルフにだいぶ近づいて来た。
状況は変わらず、アークは未だ放心状態。
エメラルドウルフは辛うじて3本脚で立ちつつも、右眼の痛みに堪えられず頭をブンブン振っている。
この後エメラルドウルフに復活されて大暴れされるのも面倒だし、今こうやって動けていない間にケリをつけちゃおう。
となれば……————。
うん、頭だな。
エメラルドウルフの弱点がどこだか分からないけど、多分脳天グサリで一撃KO出来るだろう。
その線で行きます。
「よし、ダン!」
「ん? 何だ?」
「その辺でしゃがんで、盾を頭に構えてくれ」
「……はぁ?」
そう言って訝しがりつつも、足を止めたダンは膝をつき盾を頭上で水平に構えてくれた。
ありがとね。
「何が起きんだ、先生?」
「今から僕がダンの盾に飛び乗るから、タイミング良く【硬叩Ⅴ】で僕を飛ばしてくれ」
「何だその注文。……まぁ、分かったけどよお」
不思議がりつつも、ダンの準備は完了。
……ふとアークとエメラルドウルフの方を見る。
状況は変わらず。
だけど、いつエメラルドウルフが回復するか分からない。
再び暴れられたりしても困るしな。
さっさとケリをつけねば。
「行くぞ、ダン」
「おう!」
ダンの返事を聞いて、助走を始める。
右手に冒険者のナイフを携え、全速力でダンへと駆ける。
ダンの数歩手前で強く草原を蹴り、ジャンプ。
「頼んだ!」
そう叫びつつ、ダンの盾に右足で着地。
着地の衝撃を膝に溜め、次のジャンプに備える。
身体には、まだ助走の勢いが残っている。
……今だ!
「【硬叩Ⅴ】!!」
僕の心の声に反応するかのように、丁度良く足元の盾が動き出す。
盾が勢い良く上に押し出される。
フワッという感覚を感じつつ、膝を伸ばす。
その直後、足から盾の感覚が消えた。
それと共に、全身に感じる風。
足元の草原は段々小さくなる。
同時にグングンと迫るエメラルドウルフ。
その頭上が見える。
そこに向かって、真っ直ぐ飛ぶ僕の身体。
……よし、行けるッ!
右手のナイフに左手を添え、両手で持つ。
エメラルドウルフの脳天が見えてくる。
両手で持ったナイフを身体の前に構える。
目の前にウルフの脳天が迫る。
両腕を伸ばし、ナイフを突き出す。
そして。
「ぅらあああァァァァァ!」
全身の勢いと共に、ナイフをエメラルドウルフの脳天に深く突き刺した。




