12-9. 嵐Ⅱ
ガアァァァァァァァァァァァッ!!!
『草原の首領』が放った爆音の咆哮、それと嵐のような暴風が私達を襲いました。
「ぐぅッ……!」
「うぉっ!」
風で身体を持っていかれそうで、立っていられません。
うつ伏せに倒れ、必死に草原の草を握ります。
私の左に居るアークも同じ姿勢で暴風に耐えています。
ブゥオオオオオォォォォォォォォォッ!
「 」
アークが何か叫んでいますが、暴風のせいで殆ど聞こえません。
ブゥオオオオオォォォォォォォォォッ!
「 」
「 」
……アークとの距離は少ししか開いていないハズなのに、まるで聞こえません。
少し身を乗り出し、アークの方に近寄ります————
ブチブチブチッ!!
「あっ……!」
その瞬間。
両手から伝わる、草が千切れる感覚。
フワッという浮遊感が全身を覆うと共に、全身で暴風をモロに受けます。
身体がドンドン後ろに持っていかれます。
……これはマズいです。
このままではかなり遠くまで吹き飛ばされて————
「【硬壁Ⅵ】!!」
その時、後ろから声が聞こえました。
……こ、この声は……ダン!
バシンッ!!
「ぐふッ」
そう思ったのとほぼ同時、背中から壁のような何かに叩き付けられました。
「……だ、大丈夫かよ、シン!」
振り返ると、片目を瞑って歯を食いしばり、暴風に耐えるダン。
そして僕の背中には、見慣れたダンの大盾。
どうやら、ダンが大盾で僕を受け止めてくれたようです。
流石はDEF150というステータスの高さ。
頼りになります。
「は、はい……大丈夫です、ダン! 助かりました!」
「おう……。まさかこの盾で味方を受ける日が来るとは思わなかったぜ……!」
……お恥ずかしい限りです。
暴風が吹き荒れる中、ダンの大盾に背中を預けつつ、後ろのダンに話しかけます。
「ところでダン。この暴風は多分、エメラルドウルフの……」
「ああ、だろうな。さっきムキムキ職員さんが言ってた『エメラルドウルフは魔法を使う』って奴で間違い無えだろ」
やはり、そうですか。
……これが草原の首領、エメラルドウルフの力ですか……。
甘く見ていました。
『簡単に倒せる相手ではない』どころではありません。
このままではエメラルドウルフの身体に近づけるかどうかも怪しい所です。
さて、暴風をモロに受けながら周囲の状況を確認します。
アークは飛ばされる事なく、先程と同じ場所で暴風に耐えています。
周囲に残っていたカーキウルフ達は、姿が見えません。
どうしたのかと思ったのですが、よく見ると皆暴風を受けてコロコロと草原を転がって行くのが見えました。
そして、この暴風の風上に居座るエメラルドウルフ。
「チッ、この暴風……エメラルドウルフ、手下まで巻き込んでんのかよ」
「……このままではエメラルドウルフに傷一つすら付けられそうにありませんね……」
「どうする、シン?」
「どうすれば良いでしょうか……?」
2人して、頭を悩ませます。
この風ではエメラルドウルフに近づけず、私達の得物は使い物になりません。
アークの火魔法も恐らくダメでしょう。風に掻き消されるのがオチです。
こんな事は言語道断ですが、もし私達の剣や槍を投げてもエメラルドウルフまで届きはしないでしょう。
……手詰まりです。
やはり、私達だけではどうにも出来なかったのでしょうか……?
「【除法術Ⅰ】・INT2!!」
その時。
私の後ろの方から、そんな声が聞こえた気がしました。
それと同時、私達の全身を襲っていた暴風が急激に弱まります。
この変わった魔法の呪文、それにこの声は…………!!
∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵
「【除法術Ⅰ】・INT2!!」
暴風が吹き荒れる中、なんとか踏ん張りつつエメラルドウルフに向かって唱えた。
その直後、台風みたいに吹き荒れていた暴風がフッといきなり弱まる。
まるで春一番や木枯らしみたいな強風だ。
ッグルゥ…………
エメラルドウルフも、突然の異変に気付いたのか軽く唸る。
よしッ、デバフ成功のようだな!
そんな中、シンがゆっくりとこちらへ振り向く。
なんだか凄く悩んだ顔をしていたけど、こっちを見るなり笑顔を見せてくれた。
「……せ、先生!」
「おぅ、お待たせ」
それにつられ、ダンとアークもこっちを向く。
「けっ、ケースケ!」
「先生、来てくれたんだな!」
「勿論」
どうせ戦うなら、皆で一緒に戦いたいじゃんか。
……って事で、僕も東門を出て来ちゃいました。
という事で、暴風は強風くらいになった。
【除法術Ⅰ】でINTを減らせればどうにかなるかも、っていう予測は的中。良かった良かった。
だが、それでもまだ風は強い。風に逆らって歩くくらいなら出来るけど、それでもまだ気を抜けば身体が飛ばされそうだ。
……って事で、もう一丁デバフ行ってみよう!
「【減法術Ⅰ】・INT10!」
フッ……
エメラルドウルフのINTを半減させた上から、マイナス10を重ね掛けだ。
そう唱えた途端、再び風の勢いがグンと弱まる。
「……風が!」
「また弱まったわ!」
『割り算』と『引き算』のダブルアタックの効果が目に見えて現れた。
『台風級の暴風』は『春一番級の強風』に、そして今や『タダの風の強い日級』にまで落ちぶれてしまった。
「シン、ダン、アーク! コレで行けるか?!」
「はい、先生!……これなら行けます!」
盾に寄り掛かっていたシンが、そう言って立ち上がる。
風が弱まった事で、シン達もなんとか行動の自由を取り戻したようだな。
ダンとアークも立ち上がり、ポンポンと身体に付いた草を払う。
……さあ。カーキウルフは殆ど片付いた。
残るは巨体を誇る『草原の首領』、エメラルドウルフだ。
「よし……ダン、アーク、ここからが本番です!」
「おう! 待ちに待ったボス戦だな!」
「やってやるわ!」
そして、3人はエメラルドウルフに向かって駆けて行った。
ついでに僕も、3人の後を追って走って行った。
さぁ。
第2ラウンド、ボス戦開幕だ!
戦場を覆う『タダの強い風』なんかじゃ気にも掛けず、シン達はエメラルドウルフへと迫る。
長剣を両手に構えて駆けるシン。
いつでも攻撃を受けれるよう身構えつつ駆けるダン。
燃え盛る炎の槍を携えて駆けるアーク。
そして、何も持たず白衣をヒラヒラさせて駆ける僕。
……カッコ悪い?
知らんわ! そういうの求めてないし!
「【除法術Ⅰ】・DEF2、MND2!」
エメラルドウルフのデバフ要員なのだ。
何も得物を持っていなくて当然です。
だが、そんな僕達を真正面から向かい合うエメラルドウルフは、まだ動かない。
「動かないわね……!」
「チッ、アイツ、迎え撃つつもりかよ!」
刻々と詰まっていく、エメラルドウルフとの間合い。
……それでも動かない。
「敵が動かないのなら、こちらが動くまでです!」
そう言ってシンが地を蹴り、剣を振りかぶる。
ウルフの真正面から鼻先に向かって跳んだ。
のだが。
そこで、ウルフの右前脚が動いた。
「やべえッ、シンが無防備だ!」
ダンがそう叫ぶが、どうにも出来ない。
ウルフの右前脚からは鋭い爪が飛び出し、シンに向かって動く。
しかし、それに気付いていないシンはそのまま剣を振り下ろす。
「【強斬————
グラアアァァァァ!!
が。
シンの剣より早く、ウルフの右ボディブローが命中。
巨大で鋭い爪がシンの脇腹を襲った。
ドンッ!!
「ぐッ!」
右前脚と身体がぶつかる鈍い音が上がる。
衝撃を受けたシンから声が漏れる。
そして、シンは横にブッ飛ばされた。
「「「「シン!」」」」
ダンプカーと事故ったんじゃないかってくらいの勢いで右に飛んでいくシン。
草原をゴロゴロと飛ばされ、20メートルくらい吹っ飛んで止まった。
「シン! 大丈夫か?!」
「……は、はいッ。大丈夫です」
僕がそう声を掛けると、四つん這いになってそう返す。
……良かった、大丈夫なようだ。
シンの脇腹にガッツリ爪が当たっていたのが見えた。
普通ならグッサリと入っているはずだけど、そこは4倍に上昇しているDEFが物を言ったようだ。
出血も見えないし、怪我は無さそうだ。
「チッ、やりやがったな!」
それを見て、次はダンが盾を構えて飛び出す。
その後ろにはダンの背中を追うアーク。
2人がエメラルドウルフに立ち向かっていった。
グルルゥッ……
小さくそう唸り、今度は左前脚が動く。
「次はソッチか!」
ダンが構えていた大盾を横に向ける。
ガアァァッ!
直後、ダンを襲う左ボディブロー。
「ふんッ!」
バシンッ!
それを大盾で受け止める。
「隙有り!」
その隙に、ダンの後ろからアーク前に出る。
一気に距離を詰める。
左前脚をダンに受け止められており、エメラルドウルフは動けない。
アークがウルフの懐へと入り込み、炎の槍を振りかぶる。
「ハァッ!」
そのまま、カーキウルフの胸元目掛けて槍を振り抜いた。
ヴオォッ!!
一段と燃え盛る炎と共に、ウルフの胸元を焼き斬った。
グルゥアアアアッッ!
苦しげな鳴き声を上げるウルフ。
そんなウルフの胸元には、赤く一筋の傷が斜めに入っている。
傷口からは血もダラダラと流れ始めた。
更に傷口周りの体毛は元の鮮やかな緑色を失い、茶色く焦げている。
ダンとアークの見事な連携プレーだ。
「ハハッ、ナイスだアーク!」
「どうよッ!」
そう言い、一度距離を取る2人。
2人ともやるじゃんか。
……だが、それがエメラルドウルフに火を付けてしまったようだ。
グルルルルルッッ…………
項垂れ、低く唸るエメラルドウルフ。
「ん? どうしたんだ?」
「……何が来るのでしょうか?」
なんとか帰って来たシンと呟く。
そんな事を思っていると。
グルルッッ…………
ァオオオオオオオオォォォォォォォン!!!
突然、エメラルドウルフが天に向かって大きく吼えた。
それと同時。
大量の薄緑色をした風の刃が――――突風と共に、僕達へと飛んで来た。




