0-2. 登校
「……はっ」
目が覚めた。
木曜日の朝。
「んんっ……」
眠い目で勉強机の上のデジタル時計を見る。
8:40。
「……なっ、マジかよ!」
マズいぞ、1限が始まる20分前じゃんか!
急いで高校に行かなきゃ!!
「ヤバいヤバいヤバいヤバい……」
パジャマを脱ぎ捨て、高校の制服に着替えつつ勉強机の時間割を確認する。
えーと、今日は木曜だからー……。
木曜1限はーっと…………
「うわっ、数学だ……」
最悪だ。思い出さなければ良かった。
朝からユーウツだよもう。
もうこの際、二度寝してゆっくり行こうかな————
……いやいやダメだ。
ただでさえ遅刻カウントが生徒指導ボーダーのギリギリまで貯まってんだ。その線を超えたら本当に面倒な事になる。
まぁ、そんな現実逃避は置いといてさっさと出発だ。
うちの高校は真面目な校風だから、時間ギリギリで滑り込んでも『遅刻だ遅刻だ』って皆うるさいし。
ダンダンダンダンッ
「……もう僕だけか」
自室の有る2階から階段を駆け下り、1階のリビングをちらっと見るけど……もう誰も居ないな。
いつも通り、共働きの両親と中学生の弟は僕を置いて既に出発済みだ。
「あむっ」
キッチンから食パンを1枚取り出し、咥えたままで玄関へ。
ガチャッ
「よし!」
扉の鍵を掛けたら、家を出発。
走って高校に向かう。
「えーと……」
歯形の付いたパンを右手に、腕時計を確認。
「……45分か」
起きて5分の猛スピード出発だ。
幸い、高校までは普通に歩いて15分。急げば10分だ。
起きて5分で準備を済ませられたので、なんとか今日は間に合いそうだな。
パンを齧りつつちょい古めの住宅街の路地をくねくねと駆け抜け、片側三車線の幹線道路まで出ればあとは高校まで一直線だ。
「フゥー……汗かきそうだな」
GWも過ぎた、初夏。
五月晴れの青空の下、街路樹が鮮やかな緑の葉を茂らせている。
その横の大通りを、トラックや車、原付や自転車、人を満載にしたバスがビュンビュンと通り過ぎる。
……いつも通りの光景だ。
そんな事を考えながら、そこそこ広い歩道をひたすら走っていた。
「…………あっ」
そんな中、ここで昨晩見た夢を思い出す。
改めて考えれば、かなりリアルな夢だったよなー。
結局『夢の中だし、面白そうだし』って思ってつい快諾しちゃったんだけど、大丈夫かな……。
これで『今晩いきなり異世界に送り込まれちゃいました!』なんて起きたら、本当シャレにならないよね。
誰も信じてくれないぞ、きっと。
けど……もしも本当に起きちゃったらどうしよう?
まさか、軽い気持ちで精霊様のお願いに『僕で良ければ』とか言っちゃったのがウンノツキだったとか……?
「マズかったかもな……」
そう考えると、突然心配とともに後悔の気持ちが溢れてくる。
……いやいや、そんな事有り得ないって。
そもそも突然僕が異世界なんかに飛ばされたら、それこそ失踪事件だ。
異世界に飛ばされて失踪したとか、聞いた事無いし。
それに、飽くまで昨日のアレは『夢』だ。
昨日もバリバリ異世界系のラノベを読んでたし、そういうのに夢が引き摺られちゃったんだろうな。
そういや、某ひと狩り行くゲームもやった。昨日は白銀の氷原でデッカいモンスターをボコボコにしたんだったな。
『白銀色』の髪を持った精霊様とか、『真っ白な世界』も、ソレが夢に出たんだ。きっと。
うん、そういう事よくあるある。
異世界転移なんてのも所詮作り話だしな。
……ってか、精霊様の夢のせいで遅刻しかけたんじゃないか、今日?
きっとそうだ。そのせいだ。
精霊様が僕の睡眠を邪魔したからに違いない!
今度夢に出てきたら文句言ってやんないとだ!
……そんな感じで、夢の件は頭の奥底にしまっておいた。
さて、ここで遅ればせながら自己紹介といこう。
僕の名は数原計介。
好きなものはラノベとかゲームとか。最近は某一狩り行くゲームにハマっている。
対して嫌いなものは勉強、特に数学は何よりも嫌いだ。
大学受験を控えた高3生にして、極度の面倒くさがり人間。……だからといって面倒くさがりを脱出する気もさらさら無いけど。それ自体が面倒だし。
勉強に関しては……自分で言うのもなんだけど、全体的にダメだ。それは自覚している。
国語や地歴公民は程々に悪く、僕の最も嫌いな数学に至っては救いようのないレベルだ。
『算数からやり直せ』って言われても反論できない。
けど、英語と理科については先生曰く『手の施しようによっては』って感じらしいので、大学の進路は消去法的に理系となっている。
そして極度の面倒くさがりであるが故に、興味を持ったものしか実行に移さない。
とりあえず高校から家に帰ったら、ラノベを読み進めるか某一狩り行くゲームで狩猟を楽しんでいる。
……まぁ、そんな感じなので帰宅後に家で勉強するような事は無い。
宿題とか試験とかに関しては…………うん、持つべきは『友』、とだけ言っておこう。
そんな『友』が毎回宿題を写させてくれたり、試験の重要ポイントを教えたりしてくれていたお陰で、高2までは数学含め勉強面もなんとかやって行けてた。
友達バンザイだ。
だが、高3に上がってとてもヤバイ状況に陥ってしまった……。
高2の終わりには、高3で何の科目を履修するかを決められる。大学入試を受ける際に必要となる科目を選ぶのだ。
で、僕はなんとなく『理工学部向け』っていう言葉につられて『数学Ⅲ』を取ったんだけど。
なんとここで、友は『数学Ⅲ』を除外!
『俺は数Ⅲ使わねぇからな』って言って取らなかったのだ!
『ヤバいぞ。僕1人で数Ⅲをやるなんて無理だ……』
高2までの『数学Ⅱ』でも友頼みだった僕に、1人で数Ⅲなんて不可能だ。
そう思った僕は、周囲の知り合いで数Ⅲを受ける人を探したんだけど……残念ながらアテに出来そうな人は発見できなかった。
……そもそも他人をアテにすんなって話だけどさ。
ちなみにだけど、『友』は化学や物理、英語の授業なら僕と同じヤツを受けるらしいので、そこは手伝ってやると言ってくれた。
ソコは不幸中の幸いだった。
……まぁ、いずれにせよ『数Ⅲ』は僕一人で頑張らなきゃいけないようだった。
そして時は進み、現在は高3のGWも終わった所。
さらに5月の終わりには高3最初の試験が待っている。
————あと2週間しかない。
物理と化学は『友』に任せるとして、数Ⅲだけが未だ放置状態だ。
ヤバすぎる。
「詰んでる……」
ひとり歩道を走りながら、そう呟いた。
既に精霊様の件は頭の奥底に葬り去られ、数学の件で朝からどんよりとした気持ちになってしまったけど、なんとか走ったお陰で一限には間に合った。