12-2. 座席
「数原くん、準備が宜しければ馬車にお乗り頂きたいのデス!」
発車時刻の8時も迫り、そう轟に促される。
「おぅ!」
「先生、乗っていいー?」
轟がそう言うなり、既に馬車の乗り口に手を掛けているコース。
「良いぞ、どんどん乗ってけ」
「はーい!」
「そんじゃ俺も!」
「それでは私も。失礼します!」
コースに続き、ダンとシンも乗って行く。
「アークも乗りな」
「ありがとう。それじゃ、お先に」
「おぅ」
アークも乗り、そして最後に僕が乗り込む。
地面に置かれた踏み台を使い、柵が外された部分から荷台に上ると。
「おぉ、広いな」
思わず、そう呟く。
シーカントさんの馬車の比にならない程、広い荷台。
そこに取り付けられた座席。
結構な席がもう埋まっている。
中央に通路を挟んで、左右に2人掛けの座席。
それが5列と、最後尾の6列目だけは5人掛けになっている。
全部で……25人も座れるのか(4×5+5)!
思ったより沢山の座席が用意されているんだな。
「そうなのデス!」
すると、下から轟にそう声を掛けられる。
「数原くん、この馬車だけで座席が————
「25人乗りだな」
「……そ、そうなのデス。数原くん、計算が速い!」
「おぅ。それにしても、これだけ荷台が広いと馬車自体もかなりデカイよな」
シーカントさんの馬車とは比較にならない大きさだ。
幅はともかく、馬車の長さは1.5倍くらいあるんじゃないかな。
「そう! これだけの荷台の広さを持つ、巨大な馬車。これこそが『運転許可』を必要とする理由なのデス!」
「成程な」
「これだけ車長が長いと『内輪差』が半端じゃなくて……左右ターンの練習ではかなり苦労したのデス!」
「……そ、そっすか」
……よく分かんないけど、多分色々と頑張ったんだろうな。
「先生、早く早くー!」
そんな事を考えていると、コースが僕を急かす声が聞こえる。
「おぅ、今行く」
「数原くん、席は特に決まっていないのデス。空いている所にお座り頂きたいのデス!」
「分かった」
右後ろの方に、ヒョコッと水色のとんがり帽子が飛び出て居る。
皆あの辺に居るんだな。コースに呼ばれてるし、さっさと座りに行こう。
通路を歩き、コースの居る方に向かう。
……のだが。
「僕の座る所無いじゃんか」
コースとアークで2人席を埋め。
シンとダンで2人席を埋めていた。
「ごめんねケースケ。わたし、コースと一緒に座る事になっちゃって」
「先生の座る所無くなっちゃったー!」
「……済みません、先生」
「ごめんな」
おまけにコース達の周りの席は満杯。
近くに座れる所は無い。
「……マジかい」
なんでコースは空席が無いのに僕を呼んだよ?
……結局僕は1人ボッチなんかい。
こんな事になるとは想像もしてなかったよ。
「……仕方ないな、全く」
でもまぁ、こうなったら1人で他の空いてる席に座るしか手は無い。
結局通路を引き返し、前側の席で適当に空いている席を発見。
「失礼します」
「あぁ、どうぞ」
ベージュのスーツに身を包んだご老人のお隣に腰掛ける。
しばらくまた1人だけど、とりあえず馬車からの風景でも見ながら旅を楽しみますか。
そろそろ発車時刻だ。
乗り場に置かれた踏み台を回収する轟を横目に、座席から王都の風景を見る。
東門は今朝も相変わらずで、狩りに出かける冒険者グループや荷物を満載した馬車が通っている。
そんな門の人を見守る門番さん。
本当にいつも通りだな……。
ボーッとそんな事を考えていると、後ろの方からコース達の会話が聞こえる。
「フーリエってどんな所なんだろー? アークは行った事ある?」
「いえ。わたし、王都だって今回が初めてだからね」
「あ、そーだったそーだった」
「フーリエにも行った事は無いけど、海に面した『港町』とはよく聞くわ」
「港かぁ……。そーいえば『海』も見たこと無いんだよねー。村の叔父さんとかは『この湖が大層デッカくなったモンが海だ』って言ってたけど、よく分かんない」
「あー、確かにそうね。わたしも『海』は絵でしか見た事無いけど、叔父さんの言う通り大きな湖って感じかな」
「へぇー。私もその『海の絵』、見てみたいなー!」
「……いや、今から『本物の海』を見に行くんじゃないの、コース?」
「あっ、そーだった」
いつも思うけど、コースとアークは本当に仲が良い。
……まぁ、コースはアークと合うまでは紅一点だったからな。
話が合う相手なのかもしれない。
「とりあえずフーリエに着いたら、美味いモンを沢山食うぞ!」
「そうですね。私も『海の幸』、気になります」
「組合本部の魚ブースで昨日聞いてきたんだけど、フーリエの港でやってる『朝市』ってのは良いらしいぜ! 組合本部でも食えねえような、新鮮な魚が沢山売ってるって言ってたな」
「朝市、ですか……市場みたいなものでしょうか?」
「いや、違うらしい。俺も同じ質問をしたんだが、どうやら山岳の街にある『商店街』みてえなモンのよう。港の近くの大通りに沢山の店が並んでるようで、毎朝獲れたて釣れたての魚が買えるようだぜ」
「へぇ、あんな感じなのですね」
「それに店先で新鮮な魚を捌いたり、焼いて食わせてくれる店もあるようだぜ! 楽しみで仕方ねえよ!」
「成程……。実は私も、早くフーリエに行きたいです! カジさんに会いたくてたまりません!」
「あぁ、剣を打って貰いてえんだったよな、シンは」
「はい! 私にピッタリの剣……、楽しみです!」
「まだ打ってくれるかどうかも決まってねえのに。気が早いぜ、シン」
「……そうでした。ですが、カジさんは先生のお知り合い。きっと大丈夫、そう信じてます!」
……おいシン。
そんなプレッシャー掛けないでくれ。
加冶とは仲が悪い訳じゃないけど、特に良くもない。
接点がほとんど無かったからな。
あー、こんな事になるんだったら高1の頃からもっと加冶と話したりしとけば良かった……。
そんな会話の間にも着々と発車準備は進み、轟が御者席に乗り込む。
柵に結んでいた手綱を解くと、轟がこちらに振り向いて話し始めた。
「えー……皆様、お待たせしたのデス。スタンダー輸客会社・東系統、フーリエ行きの馬車をご利用下さいましてありがとうございます! 御者を務めさせて頂く、轟翔なのデス。よろしくお願いするのデス!」
「「「「「「お願いしまーす」」」」」」
轟の自己紹介に、乗客が会釈なり挨拶なりで反応。
「安全運転で運転するのデス。4日間の長旅、どうぞお付き合い頂きたいのデス!」
そう言い、轟は一礼。
そのまま御者席に座り、手綱を掴む。
乗合馬車を引く馬っぽい動物は3頭。
2頭はともかく、3頭は馬車の操縦が難しそうだ。
これも『運転許可』が必要な理由なのかな。
「乗合馬車なんて初めてだよー! ワクワクするねー!」
「そうね。わたしは乗合じゃなくて、家族で乗った事はあるけど」
「へぇー、スゴーい!」
流石はアーク、お嬢様だな……。
「シン、気持ち悪くなったら言ってくれよ」
「あ、ありがとうございます、ダン」
シンは少し乗り物酔いが有るからな。
無理はしないでくれよ。
「皆様、それでは出発するのデス!」
さて、そろそろ出発だな。
轟が手綱を操ると、馬っぽい動物はそれぞれ一鳴き。
そして3頭同時に歩き出した。
グィっと座席に押し付けられるような衝撃。
それと共に、車窓からの風景がゆっくりと流れ始める。
そして、パカッパカッパカッという蹄の音。
フーリエに向けて馬車が発車した。
「「「おぉ」」」
後ろの学生達が発しただろう、感嘆の声も聞こえる。
馬車はそのまま進み、大通りの流れに合流。
そのまま人や他の馬車と並び、東門を目前にしてゆっくりと進む。
……のだが。
カンカンカーン!!
カンカンカーン!!
そんな鐘の音が、東門中に響いた。




