11-20-1. 『機密回線通信』
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休暇2日目、23:57。
ティマクス王国の中央に位置する、王都・ティマクス。
人々は寝静まり、草原をそよぐ風と虫の音だけが響く。
青白い月が薄っすらと街を照らす。
そんな街に聳える王城。
その中の、とある一室。
そこから、王国南部の深い森に向かって一本の機密回線通信が飛んだ。
————誰だ?
「こちら第三軍団所属、バリー・ブッサン。報告なのだけどね、セット君」
————ああ、バリーか。いつも王国への潜入ご苦労。王国の動きはどうだ?
「いや、特に大きな物は無いね。前までの報告と同じく、少しずつ戦士と魔術師の戦力強化は進んでいるようだね」
————分かった。今後も正体がバレぬよう、細心の注意を心掛けるように。
「承知したね」
————所で、『白衣の勇者』について何か進展は有ったか?
「あぁ、そうそう。大収穫だね。彼と接触出来て、直接色々と聞き出せたよ。今日はそのための報告と言っても良いくらいだね」
————おぉ、そうか! 待ちに待ったよ、謎の強化用魔法を使う忌まわしき『白衣の勇者』の情報を! 是非聞かせて貰おうか!
「あぁ。まず彼の名前は『ケースケ・カズハラ』だね」
————名前などどうでも良い! 次!
「えーと……職は『数学者』と名乗っていたね」
————ほう、数学者か。…………いや。だがしかし、それでは腑に落ちない。間違いではないか?
「そんな事は無いね。間違いなく『数学者』と言っていたよ。……何が腑に落ちないのかね、セット君?」
————あぁ。人間の数学者が覚える魔法といえば【高速演算】【多重演算】【求解】【超暗記】と言った所だ。戦闘に有用な魔法は無く、そもそも強化用魔法を覚えられる訳が無い。
「そうだね。確かにその通りだね」
————…………まさかバリー、彼が『白衣の勇者』とは別の白衣の人間だったのではないだろうな?
「それは無いね。セット君に言われた通り、確認は十分に取ってある。中肉中背で黒髪。今まではテイラーに滞在して居たようで、昨日王都に到着したと言っていたね」
————……うむ、時間的には合っているな。
「それに、彼の周りには仲間が3人。剣術戦士と盾術戦士、それと水色のローブを着た水系統魔術師の子供だね。セット君の言っていた『白衣の勇者』の特徴とはピッタリ一致したね」
————……そうか。それでは人違いではないようだ。疑って済まない、バリー。
「いや、気にする事は無いね」
————とすれば、彼は本当に『数学者』であるのだな。
「そうだね」
————だとすると、魔術師でも不可能なレベルの上昇率を見せた『白衣の勇者』の強化用魔法は……一体何の魔法なのだろうか? 解せぬ。
「……まぁ、分からない事は考えても分からないね、セット君。取り敢えず落ち着くんだね」
————そうだな。それでは……他にまだ情報は有るか?
「あぁ、有るね。彼らは今後の予定を話してくれたね」
――――おぉ、本当か!
「彼らは明日から『港町・フーリエ』に向かうようだね。そこで魔物を狩って特訓する、と言っていたよ」
――――……そうか。という事は、『白衣の勇者』達は暫くフーリエに留まるという事だな?
「その通りだね。彼らの話し方を聞く限り、しばらくフーリエに滞在するみたいだね」
————…………フッフッフ……。これはチャンスだ。私にも幸運が訪れたようだ!
「ほぅ、何か思い付いたようだね」
————あぁ。奴がフーリエに留まると分かれば策を練るのは容易。第三軍団の総力を以って、あの『白衣の勇者』を消すだけだ。
「『第三軍団の総力』……、随分と壮大な作戦だね。だけど良いのかい? たったの勇者1人のために、軍団1つを丸々動かすだなんて……」
――――良いのだ。元々、ステータスを強化する【強化魔法】は足元にも及ばぬ筈の戦士や魔術師を脅威へと変貌させる。それを踏まえれば、謎の強化用魔法を使う『白衣の勇者』は戦士や魔術師の百人、いや千人よりも脅威であるだろう?
「まあ……そう考えることも出来るね」
――――これならば軍団長も首肯なさるだろう。魔王様の野望の障壁となろう者であっても、第三軍団の総力を前にすれば歯牙にも掛からない筈。
「では、セット君の3度目は、その作戦で行くのだね」
————そうだ。フッフッフ……、これで私の計画を2度も台無しにしてくれた『白衣の勇者』を消す事が出来る!
「3度目の正直、頑張るんだね」
————ああ。早速、この線で軍団長に提案しよう。後は私の傷が癒えるのを待つ事だな。
「あぁ。『傷』といえば、セット君の傷の調子はどうだい?」
————順調だ。あと1ヶ月程で完全回復する。その内に策を練り、準備をさせておけば私の完治と共に出撃できるだろう。
「そうか。それでは、傷をしっかり治して『白衣の勇者』を倒して欲しいね」
————勿論、全ては魔王様の理想のために。
「全ては魔王様の理想のために」
————それではバリー、今後も引き続き潜入を頼んだ。決して正体がバレぬようにな。
「承知したね」
その会話を最後に機密通信回線は切られた。
そして、深い森の中では密かに魔物達が蠢き始める。
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