11-20. 白衣
休暇2日目、17:06。
陽はだいぶ傾き、空もオレンジから紫に変わりつつある。
組合本部の入口も、強い夕陽に照らされてオレンジ色に輝いている。
そんな入口から、満足気な顔をして出てくる6人。
「フゥー、今日は楽しかったねー!」
「本当だな! 色々食えたし!」
「新しい剣の伝手も分かりましたし!」
「私も、ネックレスを買って貰っちゃったし」
「僕も新しい白衣を買えたし」
「久し振りの休日、楽しめたぜ」
勿論、僕達だ。
買い物を終えてそんな事を呟きながら、綺麗な装飾が施された組合本部の入口を抜ける。
結局、僕達は1日をフルに使って組合本部を楽しんで来た。
あの後、お昼ご飯にアキが紹介してくれたお店は丼物のお店。
僕は焼鳥丼を頂いたけど、やっぱり出来立ては良いなって思った。
いつも焼鳥の缶詰を食べてるけど、ホカホカの白米が有ると無いとでは全然違ったな。
で、お昼を頂いた後は6人でお買い物だ。
シン、コース、ダンもちゃんと反省してくれていたようで、どっか走って行っちゃうようなことは無かった。
よしよし、偉いぞ君達。
まずは『魚・肉』のブースで缶詰を購入。
今までの旅で残りが減ってたから補充しておいた。
次に『雑貨』で各自色々と購入。
僕は足りなくなってきた紙を追加で買っといた。
続いて『呉服』のブースだ。
お腹の辺りが血塗れ、袖が焦げ焦げになってしまった白衣を買い替えようと思って適当に見て回った。
何か良いロングコートが有ったら買おうって思っていた。
……のだが。
なんと『白衣の専門店』とかいう攻めたお店を発見。
しかも値段が激安。……訳アリなのかな?
少し気になったのでお店のご主人に話を聞いてみると、どうやら前は科学者界隈では有名なお店だったらしい。王都にお店も構えていたようだ。
しかし、僕達が来る前の『王国科学者の総引っこ抜かれ事件』を機に白衣専門店は売り上げが激減。やむなく店を畳むことに。
だけど、それでも白衣を求める人の為にココで店をやっているんだって。
という訳で、少しどんな白衣の品揃えを見せて貰ったんだが。
まぁ……圧巻だった。店の中に並ぶ沢山の真っ白な白衣。
さすが専門店というだけあってサイズや袖・丈の長さ、生地の厚さ、肩幅とかのバリエーションが沢山あった。
そんな中から僕が選んで買ったのは2着。1着は普通の白衣。もう1着は厚手のヤツだ。
厚手のヤツは寒い時期には上着にもなるようで、割と便利だ。
……ってな訳で、僕の服装はついに『白衣風のロングコート』から『本物の白衣』になっちゃいました。
そんな感じで僕達の買い物は終わったので、後は適当にウィンドウショッピングを存分に楽しんだ。
午後の5時を過ぎた辺りで『そろそろ帰るか』って事になり、僕達は帰る事にした。
まぁ明日は朝8時に轟の馬車に乗る約束だ。遅刻は出来ないし、早めに宿に戻った方が良いよな。
シン、コース、ダンも流石に疲れたようだったし。
そして現在に至っている。
「楽しかったな、計介」
「おぅ」
ってな訳で今は帰途に着き、北門通りを歩いている。
アキの臨時休暇ももう少しで終わっちゃうな……。
まるで夏休み最終日のような気持ちだ。
「そういえば、アキと一緒に買い物とかいつ以来だっけ」
「んー……覚えてねぇな。けどまぁ、小学校の頃は良く行ってたよな」
「あぁー、行った行った。映画見たり昼飯食ったり文具買ったりとか」
「懐かしいな」
大通りを歩きつつ、アキと2人でちょっと思い出話だ。
良いな、こういうの。
こういう話をしていると、やっぱり異世界に居ても『現実なんだな』って実感するよ。
「そういや計介」
「ん?」
「懐かしいといえば。お前、金使い過ぎて電車乗れなかった事件もあったよな」
「…………ッ!」
……ゲッ。
やめてくれ、アキ!
「あの時は大変だったよなー、計介」
「……お、おぅ。大変だったな」
「俺も計介と一緒に歩いて帰ってやったんだよな。俺はちゃんと電車賃を残してたってのに」
「…………ありがとう」
「急行1区間分、歩いてどのくらい掛ったんだっけな?」
「……1時間半…………」
もう思い出したくない! 嫌な記憶を引き出さないでくれ!
「小5の身体じゃかなりキツかったよなー、ハハハッ」
「………… 」
前言撤回します。
『思い出話』は必ずしも楽しいって訳じゃないようだ。
こんな辛い思い出、日本に置いて来れれば良かったのに。
休暇2日目、17:18。
辺りがだいぶ暗くなってきた頃、昨日アキと別れた交差点に差し掛かる。
「さて、そんじゃあ計介。そろそろお別れだな」
「おぅ」
「……ありがとな、計介」
何の前触れもなく、そう言うアキ。
「ん? なんで、そんな突然?」
「……いや、本当に計介が元気でいてくれて良かったって思ってな。あんなポンコツステータスで、職もロクに使えねぇようなモンを授かっちまった奴を心配しない訳無ぇだろ」
ポンコツって……。
アキの言葉が胸に刺さる。
「……けど、何よりその心配が杞憂に終わってくれて助かったぜ。もしお前が異世界なんぞで死なれちゃ、計介ん所のおばさんになんて言えば良いか分かんねぇ」
あ、アキ……
「だから、『元気で居てくれて』ありがとな、計介」
「……お、おぅ」
そんな事言われると、ちょっとこっちまで嬉しくなって来るよ。
「それに、計介のお陰で2日間の臨時休暇を貰えたしな。丁度仕事が立て込んでて『ゆっくりしてぇな』って思ってた頃だったんだ」
「それはお疲れ様だな」
「計介が突然現れなきゃ、『臨時休暇』なんてモンは存在しなかったしな。助かったぜ、サンキュー計介!」
「……お、おぅ」
……ちょっと感動してた所なのに。
僕を『休暇製造機』みたいに言わないでくれ。
「ところで計介達は……確か、明日から轟の馬車でフーリエに行くんだよな」
「おぅ」
「折角王都に戻って来たと思いきや、また出発かよ。早ぇぜ、全く」
「まぁ、最初から王都には立ち寄るだけのつもりだったし。色々やりたい事も有るしね」
「そうか、そんなら仕方ねぇな。フーリエでは強ぇ魔物を相手に特訓、だったよな?」
「おぅ」
「ハッ、どうして数学者の野郎が魔物を倒してんだか、訳分かんねぇわ」
「あぁ、僕『冒険者』でもあるからな。一応」
「あぁー、そうだった。『数学者』と『冒険者』、正反対の顔を持つっつぅ事か」
「おぅ。つまり二重人格だな」
「違ぇよ」
そう言い、2人で少し笑い合う。
「……まぁ、お前の『強さ』は今朝の強盗事件でよく分かった。重ぇレンガをあんなスピードで投げて、しかも直撃させんだもんな」
「あれは【演算魔法】のお陰だよ。ステータス強化も掛けてない、生身の僕には到底ムリムリ」
「知ってる。生身のお前の運動能力なんてタカが知れてんだよ」
「…………グハッ」
……再び胸に刺さる一撃。
確かに僕、筋肉も少ないし運動も得意じゃないけどさ。
「だからこそ、【演算魔法】をどう使って戦うか、だろ?」
「おぅ」
「ステータスが残念だからこそ、スキルで戦うんじゃねぇか」
「……成程」
そうだ。忘れかけてた。
剣でも斧でも弓でもない、【演算魔法】こそが僕の武器。
「だからさ、計介。お前がスキルレベルをⅩまで上げた【乗法術Ⅹ】を見てみてぇな」
……流石にスキルレベルⅩはキツイかな。
けどまぁ、僕は僕の出来る事をやるだけだ。
「ステータス11倍の超絶バフ、期待してるぜ!」
「おぅ、待ってろアキ!」
「おっと、こんな無駄話してる間にもう真っ暗じゃねぇか」
「そうだな」
そんないつも通りのお喋りをしてる間にも、お別れの時間は近づいて来る。
「じゃあ、また暫くお別れだな」
「アキ、明日からまた仕事頑張れ!」
「おぅ! 計介達に会えてリフレッシュ出来たし、幾らでも働いてやるぜ」
おぉ、やる気が漲ってるな。
「あと、シーカントさんにもよろしくな」
「分かった、伝えとく。計介も怪我とかすんじゃねぇぞ」
「おぅ」
「そんじゃ……今度会う時は、計介達の特訓が終わった後だな。フーリエでパワーアップしたお前達、楽しみにしてるぜ」
「おぅ」
そう言うと、アキは僕の隣に立つ4人に目をやる。
「シン、コース、ダン、それとアークも頑張れよ」
「「「はい!」」」
「ええ」
そう言い終わると、アキは一歩下がる。
……さて、時間だな。
「まぁ、長々と喋ってちゃキリが無ぇし、こんくらいで」
「おぅ」
沈む直前の夕陽に照らされ、交差点に立つ僕とアキ。
同時に右手を挙げ。
そして、同時に言った。
「「じゃあね」」
さてと。
港町・フーリエへの旅の途中で帰ってきた王都、そこで偶然再会したアキ。そして商会会長の粋な計らい。そのお陰で飯や買い物、お喋り、そして盗賊の撃退まで、久し振りの親友と2日間を楽しめた。
現在の服装は麻の服と新品の白衣。
重要物は数学の参考書。
職は数学者。
目的は魔王の討伐。
準備は整った。さぁ、フーリエへ特訓しに行きますか!




