11-19. 視察
「君が、『白衣の勇者』かね?」
後ろから肩を叩いて声を掛けてきた人。
その人は、黒の背広にシルクハットを被ったご老人だった。
「た、多分そうです」
……にしても、なんだよその呼び方。初めて聞いたぞ。
一応僕は勇者といえば勇者、間違ってはいない。『勇者召喚』を受けてこの世界にやって来たからな。
だけどさ、自分で言うのもなんだけど『数学者』なり『血に塗れし狂科学者』なり呼び方はあるんじゃないの?
……なんか怪しい気がする。
まぁ、それは置いといて。
この人は一体誰なん――――
「あれ? バリーさんじゃねぇか」
「……ん? おぉ、アキウチ君か。久し振りだね」
なーんだ、アキの知り合いだったのか。
怪しい人なんかじゃなかった。
「なぁアキ。この人は一体どちら様で?」
「あぁ、この人は――――
「失礼、名乗るのが遅れてしまったね。私はバリー・ブッサン。僭越ながらティマクス王国・産業人部門の大臣を務めさせて頂いていてね」
「……っとまぁ、つまりお偉いさんだ。俺は配属の時以降、時々見かけることがあってな」
へぇ、王国の大臣さんか!
「大臣さんでしたか。お会いできて光栄です」
「いえいえ。こちらこそ、世界を救うという勇者に出会えて嬉しいね」
……『世界を救う』か。
そんなプレッシャー掛けないでくれ。
「ま、まぁ、頑張ります。それじゃあ……僕は数原計介。職は数学者で、冒険者もやらせて貰ってます」
「ほぅ、『数学者』ね」
「はい。よろしくお願いします」
「うん、こちらこそ宜しくね」
さて、お互いに自己紹介が済んだところで。
「アキウチ君、君が『白衣の勇者』……いや、カズハラ君と知り合いだったとはね」
「知り合いどころか、召喚前からの親友だぜ」
「へぇ、そうだったんだね」
「おぅ。所で、バリーさんは計介に何か用でも有んのか?」
「ああ、いや。今日は組合本部の定期視察で来ているんだけど、偶々白衣を着た人を見つけてね」
こんな血塗れで袖が燃えてるボロボロのロングコートだけど、『白衣』と見做してくれるとは。
……あ、そうだ。このロングコートも買い替えよっと。
「最近『白衣の勇者』についての噂を良く耳にするからね。白衣らしき後ろ姿を見て、もしや彼が本物かと声を掛けてしまったんだよ」
「そうでしたか」
なんだ。それだけか。
『この人誰だ?』と身構えた分、損しちゃった感があるよ。
「さて、カズハラ君に特に用は無いと言ったんだけど、幾つか質問をさせて貰ってもいいかね? やはり本物の『白衣の勇者』を目にすると、幾つか聞きたい事が浮かんできてしまってね……」
「あぁ、はい。僕で良ければ」
「それでは、まず……冒険者という事は、街を転々とすることもあるよね。見た所、カズハラ君はどこかから帰って来たばかりかね?」
「あぁ、はい。この前までテイラーに居まして。昨日王都に着きました」
「ほう、テイラーね……」
「凄ぇな、バリーさん。どうして分かったんだ?」
「えーと、それは……顔を見れば大体分かるね。顔に幾らか疲れの見える人は大概、旅の後なんだよ」
へぇ、成程な。
凄い観察力だ。さすが産業人の部門の大臣をやってるだけの事は有る。
「それでは、王都に暫く滞在するのかね? それともまたどこか旅に出るのかね?」
「あぁ、それなら――――
「私たち、これからフーリエに行く予定なの!」
「そこで強い魔物をたくさん狩って、修行するんです!」
「ついでに美味い物も沢山食うんだぞ!」
そこで会話に入ってくるシン、コース、ダン。
「あぁすみません、紹介が遅れました。この3人は僕の旅の仲間、シンとコース、それとダンです」
「「「よろしくお願いします!」」」
「おぉ、君達がカズハラ君の仲間なのだね。勇敢そうなお二方は剣術戦士と盾術戦士、で合っているかね?」
「「ハイ!」」
勇敢そうって言われて少し嬉しそうなシンとダン。
「それと……水色のローブのお方、何の魔法を使うのかね?」
「私はコースッ! 水系統魔術師だよー!」
「これは失礼、コースさん。水系統の系統魔術師だったんだね。水色のローブが良く似合うね」
「ありがとうー!」
これまたオダテられて嬉しそうなコース。
「そうか、カズハラ君は良い仲間にも恵まれているんだね」
「ありがとうございます」
「そしてカズハラ君は仲間達と港町・フーリエに行って修行や美味しい物を食べる、という事だね?」
「……んまぁ、そんな感じです」
……『強い魔物を狩って修行する』以外の予定はまだ立ってないんだけどね。
「うんうん、フーリエは港町だけあって海の幸は最高。街の周りに居る魔物も草原より強いから、修行の甲斐も有るだろうね」
「「「「はい!」」」」
「それでは、修行頑張ってね」
「「「「ありがとうございます!」」」」
そんな感じで、バリーさんの質問も終わったようだ。
「済まなかったね、カズハラ君。それとお仲間さん達、アキウチ君も。貴重な時間を頂戴してしまってね」
「いえいえ」
そう言い、僕と握手を交わすバリーさん。
「気にすんな、バリーさん」
「ありがとう、アキウチ君。ディバイズ商会にも宜しくね」
「おぅ」
続いてアキとも握手を交わす。
……ついでに、握手を求めたコースとも交わす。
「それでは、これで私は失礼するよ」
「はい」
「おぅ。またな、バリーさん」
そう言い、バリーさんは立ち去り、通路の人混みに紛れていった。
「……へぇ。アキ、王国の大臣さんとコネが有るのか。凄いな」
バリーさんが見えなくなった所で、アキにそう言う。
「ん? まぁ、コネって程でも無ぇよ。基本的に何でも取り扱う『ディバイズ商会』は王国御用達のようでな。大臣本人が直々にうちの商会に来る事も少なくねぇ」
「へぇ」
だからあんなに仲が良かったんだな。
「…………あぁ、そういえばなんですけど、先生」
「おぅ、何かあったか、シン?」
「先程のフーリエの件で思い出したのですが、いつフーリエに出発するんですか?」
あぁ、そうだ。
轟の馬車の件、伝えとかないと。
「ねーねー先生、実はさっきからシンがずーっと『早くフーリエに行きたいです!』って言ってうるさいのー……」
「だから、少なくともいつフーリエに向かうかだけでも教えてくれねえか?」
あらま。シンが何か焦ってるのか。
でも心配無用。出発の予定は決まってる。
「あぁ、それなんだけどな。実は明日の朝から出発しようと思う。……っていうか、出発するから」
明日出発することはもう確定事項なのだ。
残念ながら学生達に拒否権は無い。轟とそういう話にしちゃったしな。
「明朝8時、東門出発の乗合馬車に乗るよ」
「「「おぉ!」」」
「本当ですか!!? そんな直ぐにフーリエに行けるんですね!!」
「……お、おぅ」
……なんか、シンの喜び具合が凄い。
いつもの大人しい感じがゼロだ。珍しくはしゃいでいる。
コースとダンも少し引いている。
「……シン、何かあったのか?」
「あぁ、すみません……先程、武器屋のブースを見ていたのですが、気に入った剣が一本ありまして」
「おぉ!」
それは良かったじゃんか!
「買っちゃったのー?」
「いえ。……残念ながらその剣は見本品でして」
あらま。
「……ですが、店員さんがその剣を打った人を教えてくれました」
「ほぅ。それで?」
「その人の名前は……『カジさん』って言う人で、今フーリエに居るらしいんですよ!」
「成程な。で、一刻も早くシンの剣を新しく打ってほしいって焦ってんのか」
「はい!」
へぇ。
気に入った剣か。やっぱりそういう拘り、有るんだな。
僕みたいな素人から見れば、どんな剣も大体同じだけど――――
「お、おいシン!」
「なんでしょう、アキさん?」
突然話に割り込むアキ。
……どうしたんだろう?
「その剣を打った人、『カジ』ッつったか?」
「はい。そうです」
……ん? カジさん?
それって…………。
「フルネームは聞いたか?」
「はい、伺いました」
「ソイツって、もしかして……」
「「加冶鉄平だな」」
おぉ、アキとシンで答えが揃った。
「ヤッパリか。アイツ、フーリエに行ってたのか。道理で最近会わねぇ訳だ」
「えぇ、アキさんご存知なんですか!?」
「おぅ、勿論だ」
「なぁシン。僕も『カジさん』なら知ってるぞ」
「えぇ、先生もですか!? 一体どうして……?」
「「僕と同じ勇者だからな」」
「ええぇぇぇ!?」
衝撃の事実に驚くシン。
……そんなにビックリする事じゃないと思うんだけど。
「アイツは俺達と同じく、日本から飛ばされて来た奴だ」
「成程。あまり聞かない名前だと思ったのですが、そういう事だったんですね……」
「おぅ。そんじゃあ、フーリエに着いたらシン専用の剣を加冶に打ってもらおうか。僕からもお願いしてあげるよ」
「せ、先生……心強いです! ありがとうございます!!」
「おぅ」
シンが僕に向かってブンブン頭を下げる。
……もういい、シン。気持ちは十分わかったからさ。
やめてくれ。大丈夫だよ。
通路を歩く周りの人から『ヤバい奴がいる』って目で見られてるじゃんか。
「ただいまー…………」
そんな瞬間に御手洗いから帰ってくるアーク。
シンが僕に向かってヘッドバンキングする光景に、思わず言葉を失っている。
「…………シン、ケースケ、何が有ったの?」
「ん? 気にすんな。シンが少しバグってるだけだ」
「バグってるって……」
そう。
これはバグだ。シンの真面目さが故に引き起こされたバグ。
少し待ってみるが、ヘッドバンキングの勢いが止まる様子は見えない。
……もういいや。この際、シンの気が済むまでやらせておこう。
「よし、そんじゃあアークも帰って来たし、アキお薦めの店に連れてってもらおうかな」
「おぅ。……だけど、そのバグったシンは放っといて良いのか?」
「大丈夫大丈夫。それよりアキ、宜しく!」
「……ぉ、ぉぅ」
そんな感じで、お腹を空かせた僕達は『魚・肉』と書かれた柱の方へと歩いて行った。




