2-4. 食堂
服を買った後、僕は宿へと戻った。
まだ夕食までは時間がある。部屋でのんびりとでもするか。
宿のオバちゃんに一言挨拶して、201号室に入る。
「フーッ、疲れた…」
ベッドを見た途端、どっと疲れが押し寄せてきた。
硬貨や参考書、着替えの入ったリュックを椅子に置いてベッドダイブ。
あー、フカフカのベッドが気持ちいい……
それにしても、普通の宿でもこんな羽毛布団を使えるなんて、流石は王都、贅沢だな。
あ、手洗いうがい忘れてた。
でも面倒だな、後でやろう。
あー……、眠くなってきたな——
そして、僕の意識はそこで落ちた。
目が覚めた。
「…っんー、よく寝たな」
とりあえずベッドの上で上体を起こし、大きく伸びる。
そこで欠伸をしつつ目を開くと、部屋は真っ暗だった。
窓から月明かりが射し込み、椅子の上のリュックを照らしている。
「あ、ちょっと寝すぎちゃったかな」
時計を見ると午後10時。5時間程も寝ていた。
思えば、召喚されてから色々と疲れが溜まっているのかもしれない。肉体的にも、精神的にも。
今でこそ重要物や職がどうしようもない件に対して気持ちの整理がついているが、職を貰ったり謁見をしたりと多忙だった昨日は精神的に追い付かなかったもんな。
人間、ショックな出来事があっても時間が経てばなんとかなるものなのだ。人間とは「慣れる生き物」だからな。
そして今日も宿探しと昼飯探しで割と歩き回ってたからな。体力を割と消費したな。
おっと、体力といえば、ステータスを見てみるか。
職を得て以降、数学者ショックのせいでHP以下のステータス見てなかったからな。
「オープン・ステータス」
ピッ
===Status========
数原計介 17歳 男 Lv.3
職:数学者 状態:普通
HP 40/40
MP 39/40
ATK 4
DEF 14
INT 19
MND 23
===Skill========
【自動通訳】【MP回復強化I】
=============
ほぅ…
これが僕のステータスか。
はっきり言って、これを見たら十中八九「本当に勇者ですか?」と僕に聞いてくるレベルのモノだ。
そういえば、王女様がステータスを教えていた時にこんな事を話していたな。
『普通の住民のパラメーターは、装備無しで大体HP・MPが良くて50、他のパラメーターが10〜15位ですね。冒険者ならHP・MPは100、ATKやDEFなら50まで行く人も居ます。勇者様方なら、その更に上でしょうか?』
となると、HP・MPは人並み、DEF・INT・MNDはチョイ高め、ATKは絶望、そんなところだろうか。
少なくとも勇者レベルでは無い。
あと、ちなみに武器や防具を装備する事でそれらの分のパラメーターは上昇するようだ。なので、冒険者は装備を整える等でパラメーターを稼ぐらしい。
数学者って、どちらかというと戦士職というよりは魔法職寄りなバランスのパラメーターをしているんだな。
グーッ……
おっと、ステータスの事を考えていたら僕のお腹が空腹を主張し始めた。
そうだな。遅めの夕食と行こう。
「あら、こんな遅い時間にどうしたんだい?」
宿のロビーを通る時、受付からオバちゃんに声を掛けられた。
「あぁ、昼寝をしてしまって。これから夕食です」
「そうかい。王都は安全だけど、一応気をつけて行ってらっしゃい」
「はい。行ってきます」
オバちゃんに見送られ、宿を出る。
さて、夕飯は何処にしようかな。
とりあえず東門通りに出て、街の郊外側に向かって歩く。
夜の街は中々綺麗だ。オレンジや白の光が窓から溢れ出す光景。どこぞの外国の観光地みたいだ。
まぁ、ここは異世界なんだけど。
夜も開いている店は少ない。屋台も大体閉まっている。しかし、酒場やレストランはチラホラ見えるな。
冒険者がワイワイガヤガヤやったりしている。
「おや、これはまた奇遇ですね。少年」
すると、後ろから声を掛けられた。
聞いたことのある声だ。
「あぁ、先程はありがとうございました」
「いえいえ、お気になさらず。それより、少年は今度は夕食を探しているようにお見受けできますが?」
「あ、はい。そうです」
「でしたら、夕食もオススメをお教えしましょう。一緒に来ますか?」
「本当ですか!?」
…っ、い、いや、待て。
つい流れでついて行きそうになったが、これがもしも誘拐とかであったらヤバイ。
というか、典型的な手口じゃないか。危うくまんまと引っ掛けられるところだった。小学生か、僕は。
しかし、この紳士が心からそう言ってくれているんだったら、それを無駄にするのも何だしな。
「……ちなみに、その場所とは?」
「あぁ、ここだよ」
そう言って紳士はすぐそこの食堂を指差した。
看板には「蕎麦」と書いてある。
「私も店に入ろうかという所で、少年を見つけたからね。こうして誘ってみたのだよ。ここも美味しいのでね」
ココか。東門通り沿いだし、夜とはいえ人の目もある。
大丈夫だろう。蕎麦も嫌いじゃない。
という事で、紳士と2人でその食堂に入った。
店内は丁度客が出払った所だったようで、店員らしき若い女性が机を拭いていた。
「いらっしゃいませ——あら、レーショ。今日は遅かったわね」
この紳士、レーショって名前か。
「あぁ、仕事が長引いてしまってね」
「あら、お疲れ様。それと、そちらの子は?」
「私がここに入る時に、夕食を探していたらしくてね。声を掛けたんだよ」
「あら、それはそれは。初めまして、この食堂をやっているアリスよ。よろしくね」
僕に微笑みを向けて、そう挨拶してくる。
と、とりあえず名前を言っておけばいいかな。
「え、えーと…計介です。よろしくお願いします」
「ほう、少年は計介というのか。いい名前だね」
「じゃあ、立ち話もなんだから、お二人とも席について、ね」
という事で紳士改めレーショさんと相席。
「じゃあ、私はいつもので」
「はーい、アレね」
あら、もうレーショさんは決めてしまったようだ。
壁に並べてあるメニューを見ると、大体日本の蕎麦屋とそう変わりはないな。
すると、店員が僕に話しかけて来た。
「あ、今ここではキャンペーンをやっててね。ザル蕎麦は銅貨35枚なんだけど、銀貨1枚で大盛りに出来るわよ!」
ほぅ、キャンペーンをやっているのか。
んー、でも何か引っ掛かるような気もするんだが…気のせいだろう。
日本の食堂やレストランでも、大盛りがあれば漏れ無くそうしていた。
よし、他に手は無いな。
「じゃあ、ザル蕎麦大盛で」
「はーい♪」
そう言うと、席の反対側に座るレーショさんは僕の顔を見て微笑んだ。
『よく食うな、元気で宜しい』とでも言うんだろうか?
あ、いや、それは僕の爺ちゃんの口癖だった。
その後数分して、アリスさんが2人分の蕎麦を持って来た。
2人で食べ始める。
「うーん、やっぱりコレだね」
そうレーショさんが呟く。
僕もここの蕎麦は美味しいと思う。日本の物に比べたらコシが弱く柔らかいけれども、十分美味しいと言っていいだろう。
大盛というだけあって、量も二人前、といった所だろうか。食べ甲斐がある。
そして食後、会計で銀貨一枚を渡し、アリスさんに礼を言って店を出た。
「この調子なら、また何処かで会うかもな。少年、いや計介くん。では」
「はい、おやすみなさい」
レーショさんは精霊の算盤亭とは逆方向に向かうようだったので、彼とも店の前で別れた。
いやぁー、お腹いっぱいだ。あとは宿に戻って寝るだけだ。
あ、そうだ。その前に風呂を沸かして入浴しよう。
——またしても騙されているとは、欠片も思わなかった。
 




