11-16. 若葉
「数原くん、久し振りなのデスッ!」
アキに薦められた『スタンダー輸客会社』。
そのカウンターに立ってこちらに手を振る、見慣れた顔の男の子。
太めのぽっちゃり体型で眼鏡を掛けた、いまいちパッとしない男子だ。
しかし見た目で侮るなかれ。アイツは車やバイク、鉄道、飛行機といったあらゆる乗り物に精通している。
良く言えば『乗り物博士』、悪く言えば『乗り物オタク』。
それが、彼だ。
「おぉ、轟じゃんか!」
カウンターに立っていたのは、同級生の轟翔だった。
この世界に召喚され、王城を出て以来の再会だ。
轟とはクラスの中でも別段仲が良いって訳じゃなかった。
時々言葉を交わすってくらいのヤツだけど、それでもやっぱり同級生の元気な姿を見ると嬉しいね。
「久し振りだな轟! 会えて嬉しいよ!」
そう言い、スタンダー輸客会社の店へと駆け寄る。
「ぼくも嬉しいのデス! あぁー、数原くんが無事そうで良かったー!」
「轟も元気そうで何よりだな!」
そして、カウンター越しに握手。
「計介。お前が来るべき場所、それはクラスメイトの所だ。独りぼっちの数学者だった計介なら、嬉しいだろ?」
「おぅ! 勿論!」
後ろに立つアキからそう声を掛けられる。
今でこそシン、コース、ダン、そしてアークと言った仲間が居るけど、やっぱり見慣れた顔を見ると安心するよね。
彼らとも違った安心感がある。
「心配したんデスよ、数原くん。『配属先無し』で行くアテも無く王城を追い出され、その上しばらく行方不明になったりして……」
「おぅ、済まんな、心配かけちゃって」
「全くデス。そのせいで、秋内くんは『計介は死んじゃいねぇか』って、ずぅーっと気にしてたのデス。ぼくと会う度にいつも『計介を見てねぇか』って聞いて来て」
え、マジ!?
「おい轟、変な事教えんな! 恥ずかしいじゃねぇか————
「しかも! 数原くんの事を心配し過ぎて、一時はまるで廃人みたいになってたのデスよ」
顔を赤くして恥ずかしがるアキを無視し、更に続ける轟。
……そうか、アキは廃人になる程まで僕の事を心配してくれてたのか。
知らなかった。
「ありがとな、アキ。そんなに僕の事を気に掛けてくれてたのか」
「……お、おぅ」
茶髪の頭を掻いて照れながらそう答えるアキ。
「やっぱり、うちのアキは優しさが違うな」
「……だから俺はお前のモンじゃねぇ!」
「アハハハ……、相変わらず数原くんと秋内くんは仲良しなのデスね」
そんな感じで、しばらく友との再会を喜んでいた。
「そういえば数原くんは、冒険者をやっているようデスね」
「おぅ。そうだけど」
あれ?
なんで轟が知ってるんだ?
「そして、隣に居られるのがお仲間さんデスか? 少し人数が少ないようですが……」
なんだよ、仲間の事も知ってんのか。
「ええ。ケースケと一緒に、冒険をしているの。あと3人仲間が居るんだけど、今は別行動中でね」
「そうだったんデスか……」
そう言い、頷く轟。
「……にしても、これはこれはお淑やかな方デスね。申し遅れました、ぼくは轟翔。数原くんのクラスメイトなのデス。どうぞよろしく」
「わたしはアーク・テイラーよ。こちらこそよろしくね、トドロキさん」
轟の自己紹介に、アークも上品な挨拶とお辞儀で返す。
「……ハイッ、アークさんッ!」
なに途端に元気になってんだよ。
「ところで、なんで轟が僕の事を知ってるんだ?」
「あぁ、それは俺だ。昨日の夜に計介達と別れた後、俺と轟が偶然出会ってな。計介について色々と喋っちまったんだ。悪かったか?」
あぁ、成程ね。
「いや、全然」
「びっくりデス! 数学者の計介くんが冒険者をやっているなんて!」
「おぅ」
「冒険者をやっている間に、沢山の仲間とも出会ったようデスし!」
「おぅ」
「しかも、『血に塗れし狂科学者』なんて二つ名も貰っちゃって! 数原くん大活躍じゃないデスか!」
「……おぅ、ありがとう」
……いや、僕の活躍を祝ってくれるのは嬉しいんだけどさ。
その渾名で呼ぶのやめてくれないかな。
呼ばれる僕が凄く恥ずかしいんだよ。
「低いステータスながらも毎日戦っている数原くんは、ぼく達非戦闘職組の星なのデスッ!」
「…………ぉぅ」
……もう恥ずかしくて死にそう。
さて、少し僕の恥ずかしさも落ち着いた所で。
「ところで数原くん」
眼鏡をキリッと上げ、そう言う轟。
……あっ、マズい。この仕草はアレだ。
轟の自慢大会が始まる。
「……ん? どうした?」
「実はこの前、会社から『乗合馬車の運転許可』が下りたのデス!」
「……おぉ、凄いじゃんか! おめでとう!」
運転許可?
なんだかよく分かんないけど、とりあえずお祝いしとこう。
「『乗合馬車の運転許可』デスよ! ぼく達の世界で言えば大型二種免許! 沢山の人を乗せて運ぶ路線バスを運転出来るような物なのデス!」
「……お、おぅ」
「ぼく達輸客商人にとって、運転許可は正に必需品! 許可の下りていない輸客商人など、剣を持たない剣術戦士と同義! 魔法の使えない魔術師と同義!」
「……ぉぅ」
……ヤバい、轟がヒートアップしてきちゃった。
「そしてスタンダー輸客会社で特訓を受ける事2ヶ月、ついにぼくは『乗合馬車の運転許可』を手に入れたのデス!」
「……」
「形こそ無けれど、これこそがぼくの武器! ぼくが一人の輸客商人として、この世界に貢献する事が出来るのデス!」
「……」
……一度熱くなると、残念ながら轟は止まらない。
乗り物オタクな彼こそが一番の暴走列車なのだ。
「いやー、まさかこんなにも早くぼくの夢の1つである『バスを運転する』が叶ってしまうとは! …………聞いてますか、数原くん?」
「…………ん?」
……済まん、全っ然聞いてなかった。
「ちゃんとぼくの話を聞いてくださいよ! よそ見運転はだめデスよ!」
「……済まん済まん」
「けどよぉ、轟。お前のお喋りも速度超過だ。それも一発免停レベルの」
もはや轟の相手をするのが面倒になってきた所で、アキが助けに入ってくれた。
……ハァー、助かった。
「……ゲゲッ! 一発免停!?」
「勿論だ。それにお前は一度話し始めたら止まらないから、『ブレーキの整備不良』も追加で」
「……あ、秋内くん、勘弁して欲しいのデス……」
「じゃあ、轟の取り扱いにまだまだ慣れてねぇ『若葉』の計介には、もう少し優しくしてやってくれ」
「……分かったのデス。『初心運転者等保護義務』は怠りません」
「良し。頑張れ、轟」
「ハイッ……」
おぉ。
轟が無事に止まったようだ。
アキ、恐るべし。
……にしても、アキも意外と詳しくない?




