11-10. 強盗
「うぉぉっ!」
僕達のすぐ後ろから聞こえた、誰かの叫び声。
突然発せられたソレに反応し、僕とアキが声の方を振り向く。
「ん?」
「何だ?」
そこには。
「痛たっ…………」
雑踏の中、紳士のような外見をした中年のオジ様が倒れていた。
地に手を付いており、その手元には帽子と鞄が落ちている。
そしてその横には、オジ様とぶつかったであろう大男が3人。
怪しげな仮面を被っており————
オジ様の鞄を持って、街道を逃げ始めた。
「……あぁっ、私の鞄がっ!」
痛みを堪えながらも、大男の背中に向かってそう叫ぶオジ様。
オジ様の叫び声に反応して、周りの人々も異常事態に気付き始めたようだ。
「お。おいおい、アイツら強盗じゃねぇか!」
「マジかい!」
どうやら大男達は後ろからオジ様を押し倒して転ばせ、鞄を持って逃げたようだ。
こんな朝っぱらから堂々と強盗なんて……
日本じゃ考えられない。
「と、とりあえず…………よし計介、俺はオジさんの方を見とくから、計介はアイツらを追っかけろ!」
「お、おぅ……」
機転を利かせたアキの指示が飛ぶ。
……が、あまりにも突然過ぎて頭に入って来ない。
「……おいオジさん! 怪我無ぇか?!」
「あ、ありがとう少年。大丈夫だが、膝が少々……」
そう言うとアキは直ぐにオジ様の方に向かい、声を掛ける。
……さすがアキだ。
こんな突然の状況でも落ち着いて行動できるなんて、やっぱりうちのアキは――――
「おい計介早く行け! 鞄を取り返して来い!」
「お、おぅ!」
アキに再びそう言われ、やっと理解する。
ハッ、のんびり考え事してる場合じゃなかった!
僕もやる事をやらなきゃ!
大男達が逃げて行った方を振り返る。
朝の北門通りには、往来する沢山の人々。
その中に、頭2つくらい抜きんでた影が3つ。
「居たッ!」
体格の良さ故に、人混みの中でも大男達がドコにいるか丸分かりだ。
それにまだ、そう遠くまで逃げていないようだ。朝の北門通りの雑踏を掻き分けて進んでいるようで、進みは遅いんだろう。
よし、これなら追いつける!
アキの指示通り、鞄を取り返すのだ!
「よし、シン、コース、ダン、アーク、行くぞ!」
……。
…………返事が返って来ない。
そうだった、アイツらどっか行ったままだった。
クソッ、こういう大事な時にッ!
……こうなったら僕一人で行ってやらぁ!
数学者舐めんなよ!
あと30m。
人混みの中を右に左に縫って走る。
気分はまるで、某日本一有名なスクランブル交差点で鬼ごっこやってる感じだ。
まぁ、やった事無いけど。
もし本当にやったらこんな感じなんだろうな。
あと20m。
時々人と人の間から大男の頭が見えるが、その距離はどんどん近づいている。
追いつくのも時間の問題だ。
あと10m。
あっという間に大男達の姿が近づいてきた。
まぁ、そりゃそうだよな。
アチラは体格の良い大男が3人、大通りの人々を掻き分けるようにして進んでいる。
対する僕は平均身長より一回り低めな身体でキビキビ進んでいくのだ。
あと5m。
そして、遂に直接大男の背中が見えた。
鞄はまだ大男が脇に抱えている。
よし、これなら追いつける!
「おい強盗! 待て!」
3つの大きな背中に向かって、そう叫ぶ。
……まぁ、『待て』って言って待ってくれる訳が無いは分かってるけど。
「子どもが追いかけて来やしたぜ、ヴァートの兄貴!」
「どうするんだ兄貴?!」
「チッ、とにかく逃げろ! 振り切んだ!」
「「ぁい!」」
そんな会話が聞こえてくる。
……まるで本物のヤクザみたいだ。
そんな事を考えつつ追いかけていると、大男達が叫び始めた。
「おいテメェら、どけどけぃ!」
「邪魔だ邪魔だ!」
「退きやがれ!」
突然の事態にビックリする北門通りの人々。
だが、走り迫る大男の姿を見るや否や急いで避けていく。
大男達が叫んでから間を置かずして、『モーゼの海割り』よろしく北門通りの真ん中に出来た真っ直ぐな道。
そこを猪の如く全力疾走し始める大男達。
あと2m程まで迫っていた僕と大男達との距離が、グイグイと離され始める。
……ゲッ。
見た目に反してかなり足が速い。
僕も全力で走ってるハズなのに、距離は離れるばかり。
……これはマズい。
追いつけない。
このままじゃ鞄が――――
その時。
ふと、僕の右にいた馬車に目が留まる。
荷台にレンガを山積みしている馬車だ。
レンガか。
レンガ……、レンガ…………!
「よし、コレだ!」
ちょっと思い付きだけど、コレしか手は無いかもしれない。
このまま追いかけても振り切られそうだし、やってみっか!
……万が一しくじったら、その時は全力で謝ろう。
「レンガ1個借りますッ!」
「えっ、ええ、あぁおい、ちょっと……」
レンガ山積み馬車の前で停まり、御者席に座るハチマキをしたおっちゃんに断ってレンガを1個拝借。
許可は貰っていないけど、緊急事態だ。後でなんとかしよう。
金ならあるし。
「何するんだい、坊主……」
「コレをあの強盗共にブチ当てます」
「ブチ当てる……だって!?」
「はい」
大男達は今も物凄い勢いで北門通りを駆け、距離はグングン離されている。……けど、こっちにもアテなら有る。
このチャンスを逃す訳にはいかない!
「でも坊主、あんな遠くの野郎どもに当てられんのか? そもそもこの距離、それに当たるかどうかも――――
「大丈夫です」
……多分ね。
確信は無いけど、多分行ける。
僕の『武器』を使えばな。
「…………よし」
今も逃げていく大男達を視界に収め、レンガを右手で持つ。
『レンガをブチ当てる』とは言ったけど、今のままじゃレンガを投げても大男達までは到底届かない。
コントロールにも自信は無い。
――――じゃぁ、こうすれば良いじゃんか。
「【加法術Ⅲ】・ATK30……」
筋力に関わるステータス、ATKを上昇。コレならきっとアイツらに届く。
……あとは、コントロール良く投げれば直撃できる。
「ふっ…………」
レンガを持った右腕を大きく引き。
左足を前に踏み込み。
「コレが大男達に当たりますように……【確率演算Ⅰ】ッ!」
そう、願いを込めつつ。
右肩から腕をブンと振り。
「ぅぉらあぁッ!!」
掛け声と共に、レンガを投げ出した。
僕の腕から投げ出されたレンガは物凄い勢いで投げ出され、緩やかな放物線を描いて大男達に向かっていく。
【加法術Ⅲ】によって僕のATKが4から34に上がり、とんでもない速度でレンガを投げられるようになった。
そのお陰で、かなり遠くに居る大男達にまでも余裕でレンガを届かせられそうだ。
【確率演算Ⅰ】によって、僕の投げたレンガが大男達に当たる確率が格段に上がった。
そのお陰か、とりあえず投げてみたレンガはまるで狙ったかのように大男達めがけて飛んでいっている。
力が無ければ、そもそも届かない。
精度が無ければ、届いても当たらない。
生憎どちらも持ち合わせない僕は、武器の力を使ってソレを可能にしたのだ。
そんなレンガは勢いを落とすこと無く、狙いがブレることも無く、ただ大男達に向かって飛んでいく。
「なんちゅう力持ちだ、坊主……!」
レンガ山積み馬車の御者さんの呟きが聞こえる。
……まぁね。僕もあんなに飛ばせるとは思わなかったよ。
北門通りの左右に居る人々も一瞬黙り込み、レンガを目で追いかける。
中には腕で避けるような仕草を取る人も居るが、誰一人として悲鳴や叫び声をすら発することなく、レンガの行方を見つめる。
そんなレンガは一瞬で大男達まで距離を詰め……――――
ゴンッ!!
「ぁがッ!!!」
最後尾の、鞄を持った大男の背中に直撃した。




